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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第五章 クレタスの激闘
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第103話 勇者テルキ

 シトスの耳が、通路の先から響く争いの声をとらえたのは、地下への長い階段を下りて間もなくのことだった。


 壁に設置された明かりは、人が通るのを感知すると点灯し、ほの暗く行先を照らしだしてゆく。一行は、先の見えない闇に向かって走らされているかのようだった。


(・・・争いの声。いや、これは)


 駆けながら、シトスは両耳に意識を集中する。音は、通路の先で行われている惨状を、シトスの頭の中に朧げなイメージとして浮かび上がらせた。


 廊下の先、扉一枚隔てた空間において、鎧を身に着けた一団が、命乞いや制止する言葉を聞き届けることなく、人々に刃を突き立てている。


「トゥームさん。囚われた方々の命を奪っている者がいます。鎧の音から、実行者は十名ほどのようです」


 シトスの言葉に、トゥームは一瞬表情を硬くした。


 トゥーム達の向かっている牢は、国家的・政治的な犯罪者を収容する目的で城の地下に設置されている。


 兵舎から地下通路で繋がっているとはいえ、一足飛びに到達できる距離ではなかった。


 平和の続いていた昨今、この地下施設が市井の話題に上るようなことはほとんど無い。王族や為政者らが、正しくあったが為と胸を張っていえればよいのだが、見逃されていたと言うのが本当の所だろう。


 盗みや殺人、はたまた野盗の類まで、犯罪をおかし捕えられた者は、警備隊の管理する施設へと収容される。牢獄と一般的に呼ばれ、使われているのはそちらのほうだった。


 だが、長年使われることが無いからといって、城の一施設である地下牢がさびれているかといえば、そうではない。多くの予算が割り振られ、堅牢な状態を常に維持し管理されていた。


 長年にわたり、予算のありかたすら検討してこなかった中央王都の王族や為政者らが、身をもってその堅牢さを実感させられるとは、皮肉ともいえなくはない。


「このまま突入するわ。三郎とシャポーは、戦闘が終わるまで前へでないように」


 トゥームは、通路に響くほど声を張って言った。後続で遅れてついてきている三郎へ、伝わるようにとの配慮だ。


 更には、セチュバー兵に気付かせることが出来れば、殺戮の手を止めさせる一助になるのではとの思いも働いていた。


「・・・動きに変化は無いようですね。扉がある様ですから、人族の耳で聞き取るのは難しいでしょう」


 トゥームの考えをくみ取ったシトスが、再び耳に意識を集中した後言った。


 廊下の先にある扉が遮音体となり、トゥーム達の接近すらセチュバー側は気付いていない様子だった。


「私が扉を突き破るわ。こんな閉鎖された場所だけど、精霊魔法は大丈夫?」


 修道の槍を握りなおし、長い柄を強くわきに挟み込みながら、トゥームがシトスへたずねる。


 他人の心配を口にしておきながら、トゥームは真っ直ぐ前方に構えなおした修道の槍に目を落とした。刀身こそ戦闘に十分耐えうる状態ではあったが、防御に使うヴァンプレート部は、ラスキアスとの一戦を経て著しく損傷しており、一部などは削り取られてしまっていた。


 防御面での動きに制限が出てしまうことになるであろうし、体力の消耗も少ないとは言い難い。


 ラスキアスほどの腕を持つ者や修道騎士であるモルーと相対すれば、後れを取るのは必至だろうという思いが、トゥームの頭を一瞬かすめていた。


「大気はこの空間にも満ちてますので、全く問題ないですよ」


「それに、影と闇の精霊が沢山いるみたい。トゥームが派手に注目を集めてくれたら、私達が影のように相手の懐まで入り込んでみせるから、任せて」


 トゥームの微かな不安に気付き、やんわりとした口調で言うシトスの言葉に続けて、ムリューが軽やかな声で返事を返してきた。


 二人の気遣いに、トゥームは口元を微かに引き締めると、浅い息を吐いて集中を取り戻す。


「なら、遠慮はいらないわね」


 そう言い残し、トゥームは重心を下げ走る速度を上げた。


 通路の先には、既に重厚な両開きの扉が迫っている。


 トゥームは、修道の槍へと循環させる魔力を強めた。槍の切っ先は、ぴたりと扉の中央に狙いを定めている。


 そして、一片の躊躇も無い修道騎士の刺突が、大きな破壊音と共に重い扉を打ち砕いた。




 その数刻前、勇者テルキは、牢の床に倒れて硬く冷たい床に額をあてながら物思いにふけっていた。


(とうとう、見張りの兵士すら必要ないと思われたのか。こんな状況で、オレって本当に皆が言うような勇者なのかな。牢屋に放置されられたまま人生終わるなんてこと・・・ないよ。ないない、だってオレ勇者・・・だもん、だよね)


 奮い立たせた気持ちも、すぐさま枯れ草のようにしおれてしまう。交代でもない時間帯に、見張りの兵が出ていったきり、牢獄内は静まり返っていた。


 手足には、頑丈な枷がはめられ、動かせるのは鎖の長さの分だけだった。自由に動かせず窮屈ではあるが、狭い牢屋の中で動くには十分とも言える。


 牢には、簡素なベッドと、腰の高さほどで間仕切られた用を足す場所だけが設置されていた。


 照明の類は一切なく、金属の格子をはさんで面している部屋から入る薄明かりだけが、周囲の状況をぼんやりと浮かび上がらせている。


 明かりの有る部屋は、廊下を幅広くしただけの長方形の大部屋だった。机や椅子があるだけの殺風景なもので、同じつくりの牢が上下二段となって壁の両面を埋め尽くしている。そのほとんどに、王族や為政者、諸王国の幹部などが入れられていた。


 テルキの入れられている牢は、下段の一番奥のようだった。


 王城へと続く扉は、見張りの交代などによって、開閉される音が聞こえていた。だが、テルキの牢からは、格子が邪魔をして目視することもできないほど遠い。


 だが、それとは別の重厚そうな扉が、テルキの牢からは確認できた。王城へと通ずる扉の対極に位置する扉で、投獄されてから一度も開閉されるところを見たことはない。


 刺激の少ない獄中は『拷問する部屋が、その先にあるのではないか』という不気味な想像力を無駄に駆り立て、テルキを身震いさせるのだった。


 見張り兵の交代と食事の配膳だけが、刺激とは呼べないまでも数少ない変化であり、一日という時の流れを知る術といえた。


 投獄された当初こそ、声高に抗議の声を上げる者もいた。だが『見せしめ』として囚われた中から処断される者が出るたびに、騒ぎ立てる者の数は減っていった。


(あの時、熱を出してボーっとさえしてなければ・・・)


 テルキが捕えられた日、セチュバーが内乱を起こしたという騒動を聞きつけたちょうどその場面で、突然に高熱を出して倒れてしまったのだ。


 意識こそ失うことは無かったのだが、朦朧とする頭でまともに体を動かせるはずもなく、簡単に捕虜の身となってしまったのだった。


 それ以前にも、二度ほどであるが、同じように高熱を発症することがあった。


 初めて高熱を出したのは、クレタスに召喚されて一ヶ月が過ぎようとした頃だ。


 王室医師の見立てにより、体内に魔力を含む物質が蓄積されてきたために、体が適応しようとして発熱しているのだと説明された。それと同時に『マガン物質の蓄積により勇者は力を得る』というのは、中央政府の機密事項とされているので誰にも話さないようにと強く言い含められたのを覚えている。


 二度目は、戦闘に慣れるため野盗討伐の軍に同行した際に高熱を出した。


 戦闘の最中、体内へと何かが流れ込む感覚をおぼえ『おお、これが魔力がたまるってことか』と思った矢先の発熱であった。驚いた軍幹部の人達が、大急ぎでテルキを王城まで担ぎ込んだのを、霞む意識の中で覚えている。


 三度目の発熱は、屈辱と共に思い出される捕虜となった時だ。その時も、体内へ流れ込む何かの感覚があったように思うのだが、悔しさの方が勝ちすぎていて、よく覚えていない。


 半日もたつ頃には熱も治まり意識も回復したのだが、既に手枷足枷をされ頑丈な牢の中に入れられていたため、打つ手の無い状況となっていた。


 そして数日経った今朝ほどから、召喚されて以来四度目となる高熱を発していた。


(朝の食事が出てからずっとだ。でも、今までとは違う。熱があるのは分かるのに、意識が今までよりはっきりしてるんだ)


 ひんやりとした石の床は、額を当てると気持ちが良く、体の熱も吸収してくれるようだった。


魔含まがん物質が身体に流れ込んでるって、こういう感覚のことを言ってたんだ)


 熱を持った全身へ、吸収されるように入り込んでくる魔力を感じながら、テルキは寝返りをうった。


 初めて聞いた時は、何を言われてるかさっぱり分からなかったのだが、召喚されてから四ヶ月程の間に、剣術の訓練を受け魔力についても教えられてきた。


 体内魔力の操作の手ほどきも受け、まだまだ上手いとは言えないまでも使えるようになってきている。


(今なら、こんな手枷くらい壊せるんじゃないか)


 そう考えた時、王城へと通ずる扉が開くと、数人の兵士が慌ただしく駆け込んできた。


 手近にある牢を開放し、中に居る者を引きずり出すような音が、テルキの牢にまで届いた。


(助けが来たのかな。助かっ・・・!?)


 牢から引きずり出された男の悲鳴が響いた。


 次の牢が開けられ、命乞いをする声と同時に、絶命の声が牢獄にこだまする。


(助けじゃないよ。これ、絶対助けが来たんじゃないよ。なんだよ、何が起こってるんだよ)


 牢を開放する音は、まだ遠くながらも確実に近づいているように聞こえる。


 テルキは、驚きと恐怖のあまり、床にしがみつくように体をこわばらせていた。悲鳴が聞こえるたびに、奥歯がカチカチと上手くかみ合わず音を鳴らす。


 更に、追い打ちをかけるかのように、テルキの心臓を跳ね上げることが起こったのは、その時である。


 牢から見えていた重厚そうな扉が、轟音と共に吹き飛んだ。


 拷問部屋へ続いてるのかとさえ想像していた、かの扉だ。


 テルキは、弾かれたように起き上がると、舞い散る扉の破片の奥に一人の女性の姿を見た。


 高く結い上げた金髪の女性で、長い武器を手に、凛とした表情で正面を見据えていた。


 吹き飛ばされた入口から、無数の影が踊るように飛び出すと、それに続くように女性も姿を消していた。


「・・・」


 勇者テルキは、完全に言葉を失ってしまうのだった。

次回投稿は9月1日(日曜日)の夜に予定しています。

内容を詰め込みすぎて、まとめるのに手間取ってしまいました。

投稿が遅れ、申し訳ないです。テルキの登場を、次回に回せばよかったかなと猛省しています。

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