第101話 新たなる駒
セチュバーの宰相にして魔導師であるメドアズは、指揮下に預かっている全軍を束ね、急ぎ王城へと向かっていた。
なぜなら、ラスキアス含め機巧槍兵がグレータエルートに敗北すると、教会側の軍が勢いを増し、王城に突入されるのも時間の問題だとの報告が入ったためだ。
王都内部へ侵入したドート兵を孤立させ一掃したところであり、浮足立った敵兵へ向け正門より打って出るという、次の段階へ移行している中での作戦変更だった。
中央平野では、第三兵団がその数の大半を失いながらも、ドートの巨大魔導ゴーレム五体を行動不能なまでに破壊し、カルバリの魔導師達に魔力の枯渇を引き起こさせるにまで至っていた。
メドアズの策として、上々に事が進んでいた矢先、勝利すると考えていた王城方面での敗北は痛手だといえる。
グレータエルートの動きや規模について、高司祭であるモルーから知らされていたため、第一兵団と魔装兵団の多く、そして機巧槍兵までをも王城側へまわしていた。策を講じた上での敗北なのだ。
「ラスキアス殿の指揮下で敗北するとは。グレータエルートが、モルー様から教えていただいていたより大規模だったのか?まさか、迷い人なる人物の存在が、関係している可能性も捨てきれないのでは・・・」
メドアズは、馬を走らせながら小さく呟く。
グレータエルートの強さについては、多くの書物などで把握していた。それを踏まえた上で、十分な戦力を王城側へと配備したはずだったのだ。
モルーから知らされていたのは、グレータエルートの増援や規模など、教会にもたらされる情報の数々だった。その中から、戦に必要な情報を吸い上げ、策を作り上げるのがメドアズの役割であった。
その一つに、教会が聖典的扱いをしている『教え』に記された『迷い人』なる人物が、教会の人間としてクレタスに存在しているとの情報も含まれていた。
知った当初こそ、セチュバーにとって障害になるのではないかとメドアズは考えた。だが、モルーから『迷い人』について「武芸の覚えもなく魔力も少ない凡庸な人物であった」との詳細を聞かされ、『迷い人』本人が勇者相当の実力を発揮しない限り、こちらから手を出さず注視しておけば良いと判断したのだった。
メドアズは、その判断は正しいと考えている。迷い人とされる本人が、勇者相応の力を発揮したとの情報など入ることは無かったのだ。
迷い人『サブロー』なる人物の存在は、セチュバーの王バドキン以外、メドアズまでしか知るところではない。
その理由の一つに、魔人族との関係があった。
北方にあるメーディット・ロエタ国から、魔人族の協力を取り付けていたため『勇者以外にも召喚された者が存在する』と魔人族側に情報がもれるのをさけたかったのだ。どこから情報がもれたのか、公表前だと言うにもかかわらず勇者が召喚された時点で、斥候らしき魔人族が侵略者の洞窟に姿をあらわす頻度が格段に上がっていた。
メーディット・ロエタ国もそうだが、他の魔人族の国々に三郎の存在が知れれば、クレタスに侵攻してくる可能性は非常に高い。
もう一つの理由として、セチュバー側に抱き込んでいた中央王都の貴族や政府の者達との関係だ。
彼らが、勇者召喚で巻き込まれた『勇者と出所を同じくする者』が教会に匿われていると知った時、教会との関係を重要視してセチュバー側を裏切るのは明白だと考えられた。なぜなら、内乱終結後の地位や権力を考えセチュバーに与しており、公表された現在の勇者テルキの恩恵にあやかれていない勢力の者ばかりであったからだ。
「いや、考えすぎか。報告から見ても、グレータエルートの力が、私の知る以上のものだった。それが真実だろうからな」
メドアズは首を軽く振ると、想定外のことが起きたた際、全く別の可能性を考えようとするのは自分の悪い癖だったなと思い出す。
それは、剣の腕と戦勘によって魔装兵団の団長まで上りつめたラスキアスから言われた『お前は、自分の知識に自信を持ちすぎている』との一言だったと記憶している。
なればこそ、優勢であった王都正門を放棄し、メドアズの指揮下全軍をもって向かうことにしたのだ。
教会とグレータエルートの兵力について、第一兵団との戦いで減っているのだから全軍で行くのは過剰だとか、魔装兵団との激戦で消耗している可能性だとか、機巧槍兵が修道騎士等の主力たる難敵を削っていることなどは、伝えられた情報で承知していた。
だが、ラスキアスを討ち破った何かがあると、メドアズの『勘』が囁く。
「無駄に考える必要性などない。バドキン様が命を落としてしまえば、この戦いの意味もなくなってしまう」
メドアズは、表情を引き締めて正面を向く。
中央王都を二分するように走るヴィーヴィアス大道は長く、メドアズのはやる気持ちに拍車をかけるのだった。
***
ケータソシアの用兵は、的確であり慎重さを兼ね備えた見事なものだった。
ラスキアスという指揮官を失いながらも戦い続けるセチュバー軍を分断し、時には引き込むように消耗させてゆく。
それでも尚、敵兵の数は多く王城までの道を切り開くに至っていない。
必然的に、トゥームやシトスの部隊も戦いへと突入しており、三郎を守りながらの戦闘を余儀なくされていた。
「トゥームさん、少し下がります」
「了解したわ」
グレータエルート間で交わされている戦場の動きを、シトスがトゥームに伝える。
グレータエルート達は、戦乱の喧騒の中でも互いに声と合図を送り合うことで、一つの群体のように動きを変化させて戦う。
その中にあってトゥームは、ムリューやシトスから一声受けただけで、グレータエルート達の動きへと見事なほどに同調してみせた。
突然、右翼側で戦闘していたグレータエルートの部隊が、トゥームにも聞こえるほどの警戒の合図を戦場に響かせる。
「右手前方。街の方面から新手が現れたみたいね」
ムリューが、トゥームと三郎とシャポーに合図の内容を教えた。
「まだ、兵力を残していたのか。それとも、正門で戦ってたセチュバー軍が、王城側に来たってことなのか」
「正門の軍が向かったとしても、現れるのが速すぎるわ」
三郎が、警戒の合図のした方へ目を向けて言うと、トゥームが後者ではないことを伝える。ならば、セチュバー軍は、街中に待機させていた軍を動かしたということになる。
それなりに長身な身である三郎だが、新たな軍勢を戦乱の先に見つけることは叶わなかった。
「流石にまずいよな。俺とシャポーは、先に下がっておいた方がいいか」
三郎は、一歩引いて身を寄せてきたトゥームに判断をゆだねるように聞いた。
新たに現れた軍勢の規模も何も分からないが、グレータエルートと教会が優勢とはいえども、敵の増援が増えるのは素人である三郎にも苦しい状況だと分かる。
「そうね、私も同行するから、シトス達が動きやすくなるよう、下がっておいた方がいいかもしれないわね」
トゥームは、三郎の言葉に頷き同意する。
だが、二人のやり取りが実行に移されることは無かった。
「サブロー殿、ベーク・ルルーガなる人物に心当たりはありますか。兵を率いて、大声でサブロー殿の名を口にしながら、セチュバー軍へと攻撃を開始したようなのですが」
風のように姿を現したケータソシアが、三郎に不審な表情をありありと浮かべて問いかける。
「ベーク、何とかさんですか。どっかで聞いたような気が・・・」
「あまりにも、私利私欲にまみれた響きをもっていましたから、サブロー殿にお伝えした方が良いかと思ったもので」
ケータソシアが言うには、教会評価理事であるサブロー殿と知己とした間柄であり、エルート族の加勢に参上したと豪語しているのだという。加えて、教会側が優勢になったから戦闘に加わったのだと言う響きまで、聞き取られてしまっていたのは悲しいと言わざるをえない。
ケータソシアが、不審感を抱くのも仕方ないことだった。
三郎は、隣にいたトゥームの嫌な名を聞いたとでも言いたげなため息で、途端に記憶が繋がり思い出した。
一月ほど前になるか、警備隊の宴に呼び出され、言葉尻を取り合う会話を交わしながらも、最後は『お見知りおきを』と愛想笑いで挨拶してきた相手だった、はずだ。
「あー、長官です。警備隊の長官、ベークド何某さんですね。一応、知り合い、になるのか?」
三郎は、ケータソシアに知り合いであると伝える。言葉尻は、トゥームへ向けた疑問形となってはいたが。
「警備隊長官ベーク・ルルーガ公です。サブローも私も、一応面識のある人物ではあります。公が率いているのならば、中央王都の警備隊だと思われます」
三郎が話を振ってきたので、トゥームが仕方なくケータソシアに説明する。
「そういったご関係なのですね。お二人の言葉の響きから、だいたい把握できました。では『戦力』として活用させてもらうことにしましょう」
ケータソシアが、何とも言えない良い笑顔を残して去っていった。
中央王都警備隊の思わぬ加勢によって、三郎達は無事王城へたどり着くのだった。
次回投稿は8月18日(日曜日)の夜に予定しています。




