第100話 王城へ駆ける
ラスキアス・オーガは、体内魔力エネルギーが血液と共に失われてつつあるのを感じていた。
手も足も動かせない状態で、中央王都の固い石畳の上に大の字に倒れ空を見上げている。戦いの喧騒など知らぬかのように、平和で穏やかな青空が目の前に広がっていた。
投薬された魔力によって強制的に興奮状態となった神経系が、通常なら意識を失うほどの激痛にもかかわらず、気絶することを許してはくれない。
セチュバーのためとはいえ、多くの罪なき命を奪ってきたことへの報いなのかと、自嘲じみた考えが思い浮かぶ。部下に投薬を受けさせ、機巧槍兵としたことも含まれるかもしれない。
なぜなら、現在のラスキアスと同じように、機巧槍兵となった者は命の灯が消えるまで、意識を失うことも許されず最後まで苦しまねばならないのだから。
(頭を潰されるか、首を飛ばされちまえば別か。こいつぁ、地獄の苦しみってぇやつだな)
セチュバーの指揮官であるラスキアスが倒されたにもかかわらず、戦いの音は鳴り響いていた。
痛みに邪魔されながらも、ラスキアスはそれを確認すると、満足げな表情を口元に浮かべる。
ラスキアスの脳裏に、この広場での戦いにおける『敗戦』の二文字が浮かんだのは、グレータエルート達の動きに変化が生じてからだ。
機巧槍兵が、全力をもって対峙しなければならない相手に、第一兵団や通常の魔装兵等が後れを取るのは明白なことだった。
その上、機巧槍兵は全力を出せば、投薬された魔力を消費してしまい戦闘の継続性が損なわれてしまう。開発した魔導師曰く、体内魔力の循環として使おうとも、自分のキャパシティーを超えた魔力を循環させれば徐々に漏れゆくものらしい。
勝ちはないと判断したラスキアスは、隣で槍を振るっていたモルーに、王城へ引き返してセチュバーの王バドキンと合流し、中央王都正門にいる宰相メドアズの軍と共に王都正門からドートの軍へ打って出るように伝えた。
中央王都から撤退するには、被害がでようがそれしか無いとラスキアスの『勘』がいう。
ラスキアスの表情を見たモルーは、深く頷くだけでラスキアスの言葉に従った。見送る背中へ向けて、柄にもなく心の中で頭を下げたのを覚えている。
指揮官が倒れてなお、広場にいる兵士達が戦闘を続けているのも、ラスキアスの命令が行き届いている証拠だった。機巧槍兵含め第一兵団や魔装兵へ向け、バドキンの出撃まで時間をかせぎ、そのしんがりとして働くよう命令を下していた。
「モルー、あんまり時間かせげなかったがよ・・・ごふ、まぁ何とかしてくれ」
呟いたラスキアスの口元から、こみ上げた血液があふれ出る。
その時、ラスキアスは、自分へと近づいてくる足音があることに気付いた。
青空ばかりだった視界の中に、足音の主の姿が映る。
「翔底我の使える奴が、もう一人居るなんざ、モルーの野郎言ってなかったぜ」
「・・・何故、父と母の名をあの場で口にした」
相変わらずの笑いを口元に浮かべるラスキアスに、トゥームが静かに問う。
問われたラスキアスは、トゥームから空へと視線を戻すと、その表情から笑いが消えた。
「手合せできるってぇ、嬉しさ・・・いや、二人への懺悔かな。信じるかどうかは、おめぇさんの自由だが・・・」
今となって思えば、ラスキアスは薄々トゥームに負けると感じ取っていたのかもしれない。それ故に、トレジアとユーゼの娘に、真実を伝えたかったのではないだろうか。
ラスキアスが、尊敬できる数少ない騎士の内の二人だったのだ。
だただた冷静な表情でラスキアスのその言葉を受け取ると、トゥームは「そう」と静かに答えて修道の槍を振り下ろした。
グレータエルート達の戦闘に、トゥームが加わると形勢は一気に傾いた。
それに加え、トゥームがラスキアスに止めをさしたと同時に、二人の機巧槍兵を討ち破っていたシトスの加勢もあり、グレータエルートが優勢となるのに拍車をかける。
ラスキアスと側近にあたる機巧槍兵が倒されても尚、残存している敵兵は撤退どころか戦闘停止の気配すら見せていない。
「トゥームさんの討ち果たした者が、指揮官であったのは間違いないでしょう。仲間の耳が、その様子を聞き取っていますので保証します」
三郎とシャポーの周囲にシトスの部隊は集まり、戦いの動向について話し合っていた。
なぜなら、シャポーの防御魔法『ゼロ式:反動の障壁』の解除が最終段階へと突入していたからだ。要するに、三郎とシャポーが身動きの取れない状況なので、仕方なく集まっていると言うのが正しい。
残念なことに、機巧槍兵に飛ばされてしまったグレータエルート以外にも、一名が命を落としているうえ、全員が無傷といえる状態では無かった。
「当方と同様に、指揮官の変更がなされたのでしょう。けれども、作戦指示が変更された様子は見受けられません。その上、気がかりとなるのは、裏切っていたとされる修道騎士について、どこからも報告が入っていないことでしょうか」
三郎達の姿を見つけたケータソシアもその場に加わっており、生き残っている教会の兵やグレータエルート達から上がっている情報について、トゥームやシトスに伝えていた。
『チーン!』
「や、やっと終わったのですぅ」
何かを温めるのが終わったかのような音を響かせて、防御魔法が完全に解除された。一時、全員の視線が集中するも、すぐに話へと戻る。
「で、モルーさんの姿がここに無いってことは・・・中央王都正門の軍への加勢に行った。もしくは、王城内へ向かったかのどちらかだってことなのか」
シャポーの肩を「お疲れさま」と二度ほどたたき、三郎が話の輪へと加わる。
解除の合間に進んでいた、今後の動きについての話の中で、モルーの存在が気がかりだとケータソシアが言うのだ。
「そうなのですが、王都正門を攻めている軍からの情報で、ドート及びカルバリ軍の統制が悪く優勢ではないと、王国の剣団長スビルバナン殿から報告が入っています。何でも、一度は正門を破壊し侵入を開始したのですが、正門が再び構築され軍勢が分断されてしまい、突入していた部隊は壊滅的な状況とのことです。セチュバー側が優勢である場へ、加勢に行かせることはないと考えます。こちら王城側の方が、戦力としての必要性は高いですから」
「なら、王城内へ向かったと考えるのが妥当ね」
ケータソシアの説明を受け、トゥームが短く言葉を続ける。ケータソシアは、肯定するように頷き返した。
「セチュバーの王のもとへ向かったと考えてよいでしょう。王城は、見る限りグレータエルートに対し篭城するには適しておりません。セチュバーの王が生き延びる道として考えられるのは、王都正門の軍へ合流し統制の取れていないドート等の軍勢を抜けるのが唯一かと」
ケータソシアは表情を微かに曇らせて言う。
その考えが正しいならば、現在広場に残っている敵兵は、王の退路を確保するため必死に戦っているのだ。
「そうなると、人質とされている王族や、諸王国会議に参加していたという者達の命が危険ですね。セチュバーの王が生き延び、今後のことを考えていれば尚更・・・」
「殺しておくでしょうね」
シトスが一瞬ためらった言葉を、トゥームが冷静に答えを口にする。
本来、三郎達の任務は、王城内へと侵入し『囚われた者達の救出』をすることであった。
それは、王城の守りが手薄で、城内の制圧が教会とグレータエルートの軍勢によって速やかに行えると考えられていた時点での話だ。
だが現在、王城前の広場ではなおも戦闘が続いている。
囚われた者達の命は、教会が出撃した時点をもって人質としての価値を失ったと言える。そして、セチュバーの王が生き延びた場合、王族や国政に関わる者の多くを亡き者としておけば、セチュバーへの報復へと立ち上がる時間を稼ぐことにもつながるのだ。
捕虜として同行させることも考えられなくはないが、現状を鑑みても『お荷物』を増やすだけでメリットが少ない。
「急いだほうがよさそうですね。サブロー殿には、シトスの部隊と共に本来の任務の遂行をお願いしてもよいでしょうか。我々はこれより、残存する敵兵を倒し王城制圧へと向かいます」
三郎やトゥームが即座に頷くと、ケータソシアがグレータエルート特有の合図を口から発する。合図を受けたグレータエルート達は、王城へ向かわんとして戦闘が激しさを増してゆく。
戦線が王城へ向けて押し上げられる中、三郎はトゥームと肩を並べるように走っていた。
「危ないわ、もう少し下がって」
「はぁっ!はぁっ!・・・いや、何て言うかさ。トゥームの様子がさ。気になったからさ」
余裕で駆けるトゥームの横へ、必死に追いついてきた三郎がトゥームに答える。戦場にいるのだから、トゥームが鋭く冷静になるのは分かっている。
だが、先ほどの話し合いの最中、トゥームが必要以上に冷静さを作っている様に、三郎には感じられたのだ。
防御魔法の解除を終えたシャポーへ何の声かけも無かったし、結論を急ぐような受け答えばかりをしていたように思える。
片眉を上げ、何を言っているのだと首を傾げるトゥームへ、三郎は言う。
「この戦い、終わったらでいい、何があったか、話だけは聞くから。絶対に、聞くから」
息を切らせながら言ってくる三郎の顔が、あまりにも必死だったので、トゥームはつい可笑しくなって表情をくずしてしまった。
「何でもないわよ・・・でも、話だけ、ね。分かったわ」
トゥームは、普段見せる半分呆れたような表情を作ると、三郎に小さく返事を返す。そして、少しだけ走る速度を上げ、三郎の前へとでるのだった。
次回投稿は8月11日(日曜日)の夜に予定しています。
100話まで続きました。読んでくださっている皆さまのおかげです。
今後も頑張って更新して行きたいと思いますので、よろしくお願いします。




