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ありす前線。  作者: 左傘
8/9

⒎ありすより、飲み干したいつかとともに。

「ねぇ、ゆうい」

「なんでしょう」

「また会えるかなぁ」

「さぁどうでしょう?」



 ◆◇◆



 手を繋ぎ、歌を歌って、踊りだす。

 くるり回って弧を描く、スカートの裾追いかけた。


 絡んだ指がほどけたら。


 さぁ、ここからはじめましょう。



 ◇◆◇



「ゆういってあの美人様とそういう仲なわけ?」

「そういう、とはどういう?」

「恋仲?」


 自分で言ってから随分古い言い回しだと思う。恋仲って。

 すると、ゆういがなんとも形容しがたい表情をして私を見た。


「頭沸いてるんじゃありませんか、従姉妹様」


 ただ、雰囲気やとげとげしい言葉尻から彼女が酷く気分を害していることだけは分かった。


 かつかつ、と少し早くなった足音が暗闇に響く。


「でもそういう風に見えたよ、なんていうか。絵になる?」

「あなたとお義兄(にい)様もとてもお似合いだと思いますよ。ええ、それはもう」

「あー、えっと、この話やめようか」

「賢明ですね」


 なんでゆういがうちの問題まで知ってるのかは突っ込まないでおく。家族構成とかは知っててもいいけど、家族間の感情についてまで言及されるのはちょっとえぐい。


「でさ、ここってどこなの?」

「どこ、と言われましても。道、としか」


 ここは、どこか私がゆういを探す間に落ちた暗い場所に似ている。どこまでも暗く、まさに一寸先は闇。けれど指先はちゃんと白く、目の前を歩くゆういは当たり前のように目に映る。

 歩くたびにかつん、と硬いヒールが床を打つ音がした。


「あとどのくらいで着くの?」

「さぁ。運次第、です」


 彼女は私の一歩先を行く。

 先程美人様から受け取っていた日本刀は腰に佩いていた。ファンタジックな服装に何故だかそれが酷く似合っている。


「そういえばさ、賭けって何してたの?」

「ああ、そうでした。いえ、あなたが折れるか、という賭けでした。主任は折れるに賭けて、私は折れないに賭けました。それの結果がこれです」


 ひらり、彼女は振り向かないまま片手を上げた。


「手?」

「ええ。壊れてしまった方です」

「治してもらったの?」

「正確には行使範囲の限定解除、ですけどね」


 行使範囲の限定解除とな。うん。わけがわからない。

 よく分からなかったのでひらりと揺れる白い手を掴んだ。冷たい手だった。けれど、人の温度のある柔らかな手だった。


 ゆういは私を振り返る。


「安心しましたか?」

「ええ、きっと」


 そうですか、彼女はそう言ってまた私から視線を逸らし歩き出す。するりと抜けた手を追って私は彼女の横に並んだ。ちらり、彼女は私に目をやって、言った。


「道すがら、説明でも」


 私は何も言わなかった。最後まで口を挟まずに聞こうと思った。


「これから行く場所は私の実家です」

「……はい?」


 けれどそれは無理だった。

 あれ程苦労して、美人様と一戦交え、さぁやっと支度が整った。許可が下りたぞ。というところでまさかの帰省。実家とは、そんなにも行きづらい場所でしたか。


「……従姉妹様はご存知ないかと思いますが私の家……神々廻はあの方々(・・・・)の手でお取り潰しになった家ですよ」

「ええと、あの方々というのは……ゆういの上司の方……とか?」

「その通りです。涙なしには語れないキャッチーな悲劇があったんですけどね。まぁその辺は割愛させていただきます」


 どうしよう、涙なしには語れない、とキャッチーがどうしても繋がらない。キャッチーと悲劇も繋がらないけれど。

 ゆういはなんでもないことのように淡々と語る。


「あの世界には、神様がいないのですよ」


 それはなんてことない言葉に思えた。私は、世界に神様がいるとは思っていない。いたとしても、それが自分にとって都合のいいものでないことくらい、当然のように知っている。

 だから、吐き捨てるように言われたその言葉にほんの少しの違和感を覚えた。

 その言葉に込められた重さも何も知らずに。


「ところで、従姉妹様はどう思われますか。命というものに貴賎はあると思いますか。私はないと思っているのですけれど」

 どれも等しく無意味ですからね。


 彼女は小さく言った。


「私には、ある、と思う。私にとっては家族とそうでない人って、全く違う生き物って言ってもいいから」

「では、全てが他人であったなら……?」


 全てが他人であったなら。きっとそこにあるのは私か、私でないかの二択になるなのだろう。

 それは。


「……それなら、きっとなんの価値もないんだろうなぁ」


 それは、ひどく寂しい事だろう、そう思った。

 そして、ほんの少しだけ、価値などないと吐き捨てた彼女の気持ちが分かった気がする。あの時胸を過ぎった感情の意味も。

 私にとって彼女は最早切り捨てる事の叶わない家族であるのに、彼女はまるで私すら、他人であると言わんばかりの言葉だったから。


 相手に感情を抱けば抱く程、その感情が何であれ、私たちはきっと相手の心を望むのだろう。相手に私が向けるのと同じ大きさを。

 だから、相手から何も返ってこなかったなら、その時私は。


「少なくとも、私たちはそう思っています。けれど主任を含め、私の上司の皆様は違います。あの方々がよく口に出す価値、という言葉からも分かる通り、命に貴賎があると、彼らはそう言います」


 息が止まる気がした。


「上司……は、神様?」

「ええ、そうです」


 淡々と、彼女は言った。表情をひとつも変えぬまま、当たり前のように。

 そして、例えば、と続けた。


「舞台を、見たことはありますか」

「舞台?」

「ええ、劇です。華やかな衣装、煌びやかな照明、鮮烈な台詞。そういったものからなる、白々しいつくりもの」

「……ないよ」


 わざわざ見に行くものでもないだろうと、そう思っていた。映画や小説、なんなら漫画でも構わない。私たちの周りには溢れんばかりの娯楽があったのだから。


「では、想像していて下さい」


 舞台は、役者と観客との距離が近い。それこそ、他の娯楽よりずっと。生きている他人が手を伸ばせば届きかねない距離にいる。私は、それがあまり好きではなくて。それもきっと舞台を好まなかった理由のひとつ。


「舞台に必要なものとして、真っ先に挙げられるものが台本でしょう。即興劇(エチュード)なら別でしょうけれど」

 まぁそれは置いといて、と。

「世界は次のように例えられます。曰く、舞台である、と」


 一瞬、私は足を止めた。半歩先を行くゆういの背中は小さい。


「脚本を書くのは神様。それを元に世界は作られます。そして、必要な要素(キャラクター)を絶妙に配置した超大作。それが世界の全容です。それぞれの世界には管理者権限を持つ神様が大抵ひとり。シナリオから外れることのないよう監視をしているのです」

 ーーとはいえ、神のいない世界は破綻し、壊れるのですけれど。


「……なんのために、そんな」


 まるで、私たち個人に価値がないと言わんばかりの。

 まるで、私が私でなくても構わないと言わんばかりの。


「楽しませるためですよ。たったひとりを(・・・・・・・)


 息が止まった。

 思い出して息を吸う。ちっとも楽にならない。苦しいばかり。


「従姉妹様、駄目ですよ。息は、吐かなくちゃ」


 ああ、そうだ。吸っていても意味はない。私に吹き込まれた祝福など。

 けれど、それなら私が息を吐くことに意味は?


「ね、従姉妹様。最初のお話に戻りましょう。命に貴賎はあるか、否か、と。彼らはある、と答えると言いました。言い換えるなら、主役と、脇役、名もない端役。その程度の違いですが、ということですよ」


 足を止めたゆういは私を仰いで手を差し伸べた。

 足を止めていたことに気付いた私はぎこちなく足を動かして、彼女に追いつく。そして、その手を取った。途端、じわりと滲む暖かさに強張りが溶けるような気がした。


「当然、主役は優遇されます。舞台の上で、シナリオに沿う限り。身を焼く照明。割れんばかりの拍手。溢れんばかりの賛辞。それらは惜しげもなく与えられるでしょう。……けれど、可笑しいですね。何故だか、それは酷く哀れに思えてならない」


 ゆるり、手を引かれる。うっすらと微笑んだ彼女は美しい。

 そうだね。酷く、哀れだ。だってそれは、彼らでなければならない理由にはなりえない。貴賎はないなんて、嘘だね。皆等しく舞台の上で糸引かれるだけの人形みたい。

 ああ、でも、きっと神様のようないと高き方々にとってはそれ程の価値もないのだろうな。


 振り返った彼女が酷く(いびつ)に口を歪めた。


「それでは従姉妹様、ご覧下さい。これこそ、あの方々が疎み、それでも手放すことのできなかった禁忌の象徴。私の故郷。神様のいない世界。【神々廻の世界(ハコニワ)】です」


 途端、世界は白く塗り潰されて何も見えなくなる。

 澄んだ音で小さく、鈴が鳴った。



 ◆◇◆



 柔らかな光を瞼の裏に見て、目を開けた。ぬるい、春の空気が私を取り巻いていた。淡い紅の花弁がひらり、目の前をよぎる。


「桜?」

「ええ。ここは変わりませんねぇ」


 懐かしそうに目を細めて私の隣でゆういは空を見上げていた。私もつられて彼女の目線の先を追うと、古びた日本家屋と、それに寄り添うような桜の木。

 空は春霞。なんの変哲もない春の風景。


 繋いだままの手が引かれる。


「さぁ行きましょう、従姉妹様。そろそろカーテンコールの頃合いです」


 白い砂利を踏みしめて、桜の方へ。


「ところでご存知ですか?桜の木の下には屍体が埋まっているんですって。妹様やお義兄様が埋まっていないと良いですね」

「縁起でもないこと言わないでくれる?」


 助けに来たのに死んでちゃ困るのよ、言いかけて口を噤んだ。淡く微笑むいとこに何かを感じ取ったのかもしれない。

 ただ、私は彼女に手を引かれるだけ。


 くすくすと彼女は笑って、冗談ですよ、とそう言った。


「ようこそ、従姉妹様。こちら、神々廻家本邸にございます。……さぁ、こちらですよ奥にいると思います」



 ◇◆◇



 ひらりひらり、どこからか桜の花弁が降り注ぐ。空いた片手でひとつつまむ。

 淡い色合いに、濁った墨の色。

 音のない屋敷の中でさらさらと降り積もっていく。

 まるで絵画のようだ。


 彼女は足を止めた。目の前には閉じられた白い襖。

 そして彼女はいつかのように、蹴り飛ばした。


「ちょっ、何やって

「ほら、ご覧下さい、あちらにおわす方々を。お義兄様と妹様ではありませんか?」


 無視かよ。枠から外れてぱたりと力なく倒れた襖に哀れさが募る。

 けれど、彼女に促されて見た先に私は思考を放棄した。せざるを得なかった。


 打ち捨てられた人形のように転がる長い黒髪の少女。片方の腕は、どこにもなくて。残った腕から赤い紐が伸びていた。

 括られた赤い紐の先にはぴくりとも動かないもうひとり。可笑しな方向に捻じ曲げられた手足はどうして。

 ひらりひらり、薄墨を落とした花弁が降り積もっていく。酷く幻想的で、酷く恐ろしい光景。あれは、私のきょうだいだ。


 ただ、理解出来なくて、したくなくて、それでも理解した私は倒れ伏したふたりに駆け寄ろうとする。

 けれど、それすらも出来なかった。


「従姉妹様、正面を」


 手を、引かれた。


「足元をよくご覧になって。そして、その核になっているものを。今の従姉妹様ならきっと出来ますから」


 機械仕掛けの人形のような、ぎこちない動きで黒い影が視界の端をよぎる。それは、人の形をした不吉だった。それは、妹のすぐ側に立っている。

 そして、よく見れば、倒れ伏した兄妹の下には赤い光が揺らめいている。曲線、直線。交わり離れ、複雑な軌跡を描いていた。鼓動のように明滅する赤い光が私に見えていなかったもの。


「これ、踏んだらどうなってた?」

「巻き込まれていましたよ。そうなったらもう、戻れないでしょうね」


 どこに、なんて言いかけて止めた。これ以上何もなくしたくないのに。


「あれは、なに?」

「あの黒いやつですか?」


 私は頷いた。


「そうですね、この場に酷く相応(ふさわ)しいもの、とでも」

 少し、分かりにくいでしょうか。


 なんて、彼女は繋いだ方と逆の手をすい、と上げた。途端、小さく鈴の音がしたような気がして、ざあ、と風が吹く。そして、ざわりと捲れ上がった黒い影の頭にあたる位置、布が一枚閃くように内側が覗く。あまりにも白く、潔癖な汚穢。不吉な、


「……人の、骨」

「見えたようですね」


 虚ろな眼窩がこちらをじっと見つめているような気がした。


「ほら、従姉妹様。桜と死体はワンセットなのですよ」


 かたり、音がした。

 黒い人影が片手を持ち上げる。端から零れ覗いた白い骨。その手から伸びる、赤い糸。ざあざあと風が泣いて、薄墨の花弁が出鱈目に空を舞う。無彩色を、赤い光が切り裂くように溢れ、染める。

 淡い青は灰とさして変わらなかった。


「少し、五月蝿いですね」


 ゆういは上げたままだった手を薙ぐ。途端、赤い光はひび割れ、澄んだ音をたてて散り散りに。花弁と共に舞って、どこかへ消えていく。

 それと共に、黒い靄が少し剥がれ真白い顔が覗く。


 なにも言えない私を見て、ゆういは淡く笑った。


「さぁ、従姉妹様。準備が整いましたよ。御膳立てはこのくらいで良いでしょう?あなたの望んだものは全てここに。あとは、あなたが選ぶだけです」


 私が望んだもの。

 私は、ただ。私のものを取り戻したかっただけ。私の家族を。

 けれど、今はどうなんだろう。沢山というには余りにもお粗末な経験と知識しかないけれど、確かに私は知らなかったことを知って、見えなかったものを見て、変わらざるを得なかった。彼女はそんな私をどう見ているのだろう。何を思い、全て、なんて。


 手が、ほどかれる。私は一歩、影に踏み出した。


 か、か、と軽い音と共に黒い影が首を傾げた。かたり覗いた、目に刺さる白さとぽっかりと空いた眼窩がこちらを見据えていた。それを埋める眼球はどこにもないのに、視線だけは酷く痛い。

 口を開いた。


「ねぇ、どうして……?」

 どうして、私の家族を、と。


「……目的、なド」


 虚ろに濁って、金属をこすり合わせるような。そんな、酷く不快な声だった。ぱかり、開かれた白い口から溢れた言葉は。


「招ク、ダけだ」


 どこを向いているかなんて、正確に分かる筈も無いのに。それなのにその目線が、私を通り越してゆういを射ていることが分かった。


 招く。とは。


「コの場は相応しイ」不快な声は言った。「神ヲ、奪わレた故に」

「回りくどい言い方は止めて」

「ケレど、足りぬ」


 腕を上げた。細い、小枝に似た指が指し示す。


ソレ(・・)が、神々廻である故に」


 花弁がざあ、と視界を遮った。


「故に、故に」


 無彩色の、


「降ろすのだ、神を」


 滑らかな声が。


 再び目に映った世界は色が溢れていた。空は青く、振り上げられた刃は白く、外套は黒く、零れ出す色は赤いのだろう。

 閃く切っ先はいっそ無慈悲な程美しい。それは眠ったような妹の胸元を向いている。まるで、絵画の一幕。


ありす(・・・)!」


 スローモーションのように、余りにもゆっくりと。けれど、確かに。私を呼ぶ、誰かの声と。


「『×××××』!」


 悲鳴によく似た、私の声。



 ◆◇◆



 色を失った世界は死んでいるようだった。

 ひらり、舞い上がったまま落ちてこない花弁。触れる寸前で固められた刃。空の青も赤い糸も褪せて暗い。


「従姉妹様」


 呼び掛けられてびくり、肩を震わせた。しゃがみ込んでいた私は後ろのゆういを振り返れない。


 ああ、やっぱりゆういに魔法の呪文は通じないんだ。


「叔父さんですね、その式は」呆れるように、溜息を吐くように彼女は言った。「時間を止めるおまじない」


 彼女にはどこまで見えていたのだろう。兄妹が攫われたこと。捕らえられた時こと。賭けに勝ったこと。

 この場で、行われること。

 どこまで見えていようと、関係はないのだけれど。


「従姉妹様」

「どうして、こんなことになっちゃったのかなぁ」

「……解除、しないと」

「どうしたら、良かったのかな」

「いつまでもここにいるわけには」

「でもそうしたら『ありす』が死んじゃう!」


 宥めるような、それでいて急かすような声に私は弾かれたように振り返る。

 だって、駄目だ。

 まだありすは生きてる。けどここでやめたらどうなるの。銀の刃先は胸を抉るでしょう。確かな殺意で怖されてしまう。そんなのは駄目。もう一度(・・・・)失うなんて、そんなの耐えられない。


「なんでありすだったの」

「……」

「神様なんて、沢山いたじゃない」

「……」

「引き摺ってくれば助かったの。ねぇ。私たちは『普通』だよ。……ねぇ」

「……」

「なんとか言ってよゆうい!」


 死んだ世界でただ、彼女の纏う色彩だけが鮮やかで、確かなものだった。凪いだ、悲しげな目が哀れむように私を見ていて、それが酷く気に触る。

 全て知ったような目で、私を見て何が言いたいの。分からないよ。私には分からない。私は凡人だから、知る権利すらないの?


「……私は、あなたに全てを話すことは出来ません」

今までも、これからも。


 乾いた声だった。


「けれど、巻き込んでしまったことに対して、まず謝っておきます」


 ひとつもぶれないで彼女は頭を下げた。ごめんなさい、と添えて。そして頭を上げないまま続けた。


「これは神々廻と本部の不始末であり、あなたには関係のないことでした。神々廻を出た叔父にも関係のないことでした。それに巻き込んでしまったこと、心よりお詫び申し上げます」


 硬い声で。

 すい、と上げられた能面のような顔で、目だけが何かを悔いるように歪んでいる。

 そして、囁くような小さな声で彼女は小さく語りだした。


「この世界における神とは、神々廻そのものでした。代々顕現する力に神の威光を見ていたのでしょう。本質はそんなものではないというのに。……そして、それは破綻しました。詳しい話は省きますけれど、その折に一族郎党皆殺し、お家断絶となったのです。故に、現存する神々廻の血は私、弟、叔父、そしてあなた方一家です」


 十中八九、そのお家断絶事件には彼女の上司やらが関わっているのだろう。そのことは想像に難くない。


「あの骸骨を見ましたね。あれは、この世界にしがみついた弊害ですよ。神のない世界は破綻するだけ。生きることも死ぬことも出来ずに朽ちるのです。そしてあれはもう一度、を願った」


 ゆういはネジが飛んでいるくせに無駄にスペックが高い。そもそもあの組織に属しているのだ、手の出しようがない。彼女の弟については知らないけれど、双子だというからそう遠くないのだろう。そして父は基本的にどこにいるのか(・・・・・・・)分からない(・・・・・)。そこで手を出しやすかったのが私たち?


 もう一度を疎む私が、もう一度を願うものに。


「大方、神々廻でなくとも自らに都合の良いものでも呼べれば良いと思ったのでしょう。都合の良いことに、神々廻の血と巫女の血を混ぜ合わせた、器としては最適なものが転がっているのですから。あとは邪魔な中身を弾き出して別の、それこそ神を押し込めれば良いとでも」

「巫女の」

「元来、巫女とは神を降ろして託宣をいただくもの。神を受容するに良い土壌ですから」

「でも、私たちは」

「あなた方はすべて、半分ずつ持ち合わせていますよ」

ーーそもそも、アレ(・・)が一番望んでいたのはあなたですしね。


 ひたと、ゆういと私の目が合う。

 視線は逸らされなかった。だから私は。


「ゆうい」

「はい」

「お願いは有効?」


 ぱちぱちと、不思議そうに目を瞬く。


「お願い、ですか」


 なんだかね、私には理解出来そうもない程遠い話をされると逆に考え込んでしまうね。そうしたら、す、って落ち着いてなんで悩んでいたんだろうって。

 だってそうじゃない。私にはどうしようも出来ないことだよ、これは。けれど、今までだってずっとそう。私一人で出来たことなんてひとつもない。いつだって私は手を引かれて。

 だから、私は太々しく開き直ってお願いする。


「ゆうい、助けて」


 ゆういは、驚いたように目を丸くして。

 そのあと仕方がないな、みたいな顔をして淡く笑った。

 世界が、弾けた。



 ◇◆◇



 くるりと、弧を描くスカートが可愛いなと思った。端から見えるレースだとかフリルだとか、そういうのはチラリズムという言葉の意味を再確認させる。真っ赤なリボン良く似合っている。

 なんて言ったら怒るかな。あんまり、この服は気に入っていないらしいから。コスプレみたい、と言っていた。

 そういえばあの刀は気に入っていたようだけれど、良かったのかな。


「ねぇゆうい。あの刀、大切なものだったんじゃないの」

「いえ、ただの形見です」

「予想以上に大事なものだった!」

「別に、構いませんよ」


 構いません、て。

 ……誰の形見だったんだろう。


 とりあえず、と私はゆういの前で居住まいを正し、頭を下げた。


「ごめんなさい。私、何も出来ないくせに迷惑かけて、邪魔だったでしょう。五月蝿かっただろうし。口ばっかりで」


 そう言うと、彼女は確かに、と言った。


「従姉妹様は……そうですね。確かに口だけだなこのクズ、とは何度か思いました。なんて甘やかされてきたんだろうって」


 ……面と向かって言われるとそれなりに傷付くな。自分で言ったことだけれど。しかもボロクソ言いやがる。


「けれど、何も出来ないくせに、は違うかと」


 ゆういから思いもしない言葉が零れる。思わず、顔を上げてしまう。私の目は見開かれていたに違いない。

 ゆういは小首を傾げた。


「あなたは、声を上げることをよくご存知のようですし。何より、あの上司に食ってかかった時は驚きました。頭悪いのかと思いました」


 頭悪いって。



「それに、私に助けを求めたのはあなたですからね」



 何それ。馬鹿みたい。なんで言えたら。

 いつもなら、わけわかんない、なんて言えただろう。助けを求めたのが私だからなんなのって。何も出来ないから、助けてって臆面もなく言えるんだって。厚顔無恥になれるんだって。

 けど、どうしてだろう。どうしてだか、今はそんなこと言えなかった。緊張の糸が緩んだとか、今までの非日常を思い出したとか、言い訳ならいくらでも思いつくけれどどれもしっくりこない。

 なんだか、酷く目が熱い。


「ほら従姉妹様。そんな顔しないでください。大円団が台無しですよ」


 手が差し伸べられる。いつだって、彼女は半歩先で私の手を引いていく。

 それを私がどれだけ尊く思っているかなんて、彼女は知らないのだろう。


 けれど、それで良い。


「ねぇ、ゆうい」

「なんでしょう」


 差し伸べられた右手を右手で握る。


「ありがとう」


 一瞬、驚いた顔を見せたゆういは美しく微笑んで、握られた手に力を込める。


「どういたしまして」


 まるで握手だね。

 まるで対等みたいじゃない?それって素敵なことだね。


「ねぇ、ゆうい」

「なんでしょう」

「また会えるかなぁ」

「さぁどうでしょう?」



 けれど、と悪戯っぽくゆういは笑った。


有子(ありす)が望むなら、それはそう遠くない未来でしょうね?」


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