プリンセス旅行記⑥
楽しい時間は過ぎるのが早いもの。
イリーナ姫の旅行も、もう帰国前日の夕方となりました。
「くくく、今日まで我が戯れに付き合ってくれて感謝するぞ。異郷の同胞達よ……くすんっ」
「まあまあ、姉上。いずれまた皆と会う機会もあるでしょうし」
「だってだって、せっかく仲良くなれたのに寂しいじゃない。シモン、国に戻ったら皆にお手紙を書くからちゃんと渡してね?」
「ええ、承りました」
ここ数日やっていたのと同じように公園で近所の子供達と遊び、別れが辛くてちょっと泣いてしまったのはご愛敬。それだけ充実した時間だったということでしょう。鬼ごっこやかくれんぼ、おままごとにボール遊び等々。どれもこれもごく当たり前の子供の遊びばかりでしたが、城育ちのお姫様にとっては大変に物珍しく刺激的な経験だったようです。
「お土産はもう買ってあるし、あとは魔王さまのお店にご挨拶に行くだけね」
「ええ、姉上の送別会をやってくれるということでしたね。何やらリサも一緒になって、特別な料理を用意するとか言っていましたが」
「特別なご馳走……えへへ、何かしら?」
ここ数日、毎日少なくとも一度は魔王のレストランに寄って色々食べてきたイリーナですが、あの店の品書きの豊富さ、無節操さには感心しきり。単純な腕前だけを比べるなら城勤めの料理人達だって決して負けてはいないにせよ、提供されるメニューの方向性というか自由度というか、そういった部分で魔王の作る料理が大変に気に入ったのでしょう。
果たして、そんな魔王達が用意する特別料理とは如何なるモノか。
まさか単にいつもより高価な食材を使っているとか、そんなつまらないオチではないでしょう。ただの高級食材であればイリーナもシモンも見慣れています。
「うーん、ドラゴンの丸焼きとか?」
「たしかにインパクトはありますが、そもそも店に入りきらんでしょう」
二人仲良くああでもないこうでもないと予想しながら歩いていたら、目的の魔王の店まであっという間に到着しました。答え合わせの楽しさと、旅の終わりに近付く寂しさを胸に秘め、ドアを開けたイリーナの前に広がっていた光景は――――。
◆◆◆
「パン?」
フロアの一角に並べられたテーブルの上に並んでいたのは、いくつものパン籠に山盛りになっている様々な種類のパン。それから同じく何枚もの大皿に盛られているお肉や魚、野菜に果物、バターやチーズ。瓶入りの調味料や香辛料など。
「これが特別なお料理なのかしら?」
たしかにそこそこの華やかさはありますが、見た限りでは特別な料理という風には見えません。果たして、どんな狙いがあるのだろうかと姉弟揃って首を傾げていたのは束の間。
「やあ、いらっしゃい二人とも」
「ちょうどハンバーガー用のミニハンバーグが焼きあがったところなんだ。いっぱい用意したから、侍女さんや護衛の人達にも食べてもらおうかなって」
「これは魔王さまにリサさま。本日はお招き頂きありがとうございます……それで、ええと、今日はどういった趣向のアレなのでしょう?」
待ち人の気配に気付いてか、厨房で仕上げ作業をしていた魔王やリサもフロアに出てきました。そんな彼らが用意していた特別料理とは、
「手巻き寿司のサンドイッチ版というか、セルフサービス形式のサンドイッチバイキングというか。まあ要は好きなパンと好きな具を組み合わせて、好きなサンドイッチを自分で作って食べようの会ですね」
「な、なるほど……自分で作るのですね」
と、このようなモノ。様々な組み合わせを楽しめるようにか、よくよく見ればパンや料理のサイズは標準的な大きさよりかなり小さめに作られているようです。
「ほら、イリーナさんってお城ではなかなか出来ないことを喜んでるように見えましたから。わたしから魔王さんやアリスに提案して、こういうのはどうかなって」
「光栄です、リサさま! さあ、それではせっかくのお料理が冷めてしまってはいけませんし、早速いただきましょうか」
手巻き寿司や焼肉や鍋料理。
そういった卓上で食べる人間が調理の仕上げに携わる料理というのは、ただ運ばれて来た完成品を口にするのとは違うワクワク感があるものです。
本日のサンドイッチ会も、発想の根幹にあるのはそのあたり。パンには予め切れ目が入れてありますし、ただ肉や野菜を挟むだけなら料理の経験がなくとも問題なく楽しめます。
「どれにしようかしら? ええと、このゴマの付いたバンズに小さいハンバーグを入れて。そうそう、忘れずにケチャップも塗らないと……できたわ!」
「お見事です、姉上。ミニサイズのハンバーガーですか」
「シモンのは鶏肉を焼いたのにレタスとマヨネーズ? それも美味しそうね。良かったら一口交換しない?」
「ええ、喜んで。まさか姉上の手料理を口にする機会があるとは」
イリーナのハンバーガーとシモンの照り焼きチキンサンドを交換したりもしましたが、どちらも実に良い出来です。料理と呼ぶにはあまりにもお手軽ですが、まあ料理初心者が手作りの雰囲気を味わうのが別に悪いということもないでしょう。
「リサさま、それは……豚のお肉に柑橘のママレードですか?」
「ええ、しょっぱいお肉とジャムやママレードの甘い味付けって意外と合うんですよ。お肉以外でもチーズとハチミツの組み合わせなんて定番ですし」
「なるほど。せっかくですし、勇気を出してチャレンジしてみます!」
時には未知の組み合わせに挑んでみるのも楽しいもの。
リサに勧められた組み合わせ以外にも、ワサビ醤油を垂らしたローストビーフをバターを塗ったコッペパンに挟んでみたり、スモークサーモンと桃の薄切りをクロワッサンに合わせてみたり。
「このメンタイコとピーナッツバターはあまり合わないみたいね……」
色々な組み合わせの中にはお世辞にも美味しいとは言い難いモノもありましたが、そういうハズレを食べるのも不思議と嫌ではありません。そういった失敗も含めて全部が楽しい。お城にいては出来ないことをさせるというリサの方針は、どうやら大当たりだったようです。
最初のうちは遠慮していたイリーナとシモンの付き人達も途中からは食事の輪に加わって、皆であれこれ試したり、気に入った組み合わせを教え合ったり。そういうことができるのも、こうして自分の手で作る趣向ならではのことでしょう。
「ふふっ」
「おや、姉上。どうかなさいましたか?」
「ううん。ただ、思い切って旅行に来て良かったなって」
「それは何より。案内役なら、またいつでもお任せください。できれば、次回からは事前にご連絡いただきたくはありますが」
思いつきで来た旅行は、イリーナが想像したより何倍も何十倍も楽しい思い出となりました。ずいぶん無理をしてスケジュールを曲げたので、帰国したら当分は忙しくなるでしょう。次に迷宮都市まで来られるのは来年か再来年か。
年齢や立場的にはそろそろ縁談話が来ても不思議はありませんし、下手に外国にお嫁に行ったりすれば今回のようなワガママは言い難くなってしまいます。まあ、まだ何も決まっていない今のうちからそのあたりを心配しても仕方ありませんが。
「ああ、楽しかった!」
この先の人生がどうなるにせよ、この旅は心の底から楽しかった。
今はただそれだけで十分です。
この思い出は、今後の人生で間違いなくイリーナの支えとなってくれるでしょう。
◆◆◆
以下、今回の余談。
「あ、姉上!? 兄上まで、何故!?」
帰国したイリーナは迷宮都市への旅行がどんなに素晴らしかったかを、それはそれは熱心に語ったようです。さて、それを聞いた他の家族はいったい何を思うでしょうか?
当然、そんなに楽しいなら自分も行ってみようと考えるわけでして。各々のスケジュールが空き次第に、やんごとなき身分の方々が次から次へと迷宮都市まで押し寄せてくるようになりました。
「分かった、分かりました!? ちゃんとご案内しますから!」
ちょっと見ぬ間にすっかり頼もしく成長したらしい末弟の姿を見るのも、彼ら彼女らの大事な目的の一つ。イリーナに対しては親切丁寧にもてなしたのに、他の兄姉は適当に雇った案内人に任せるというわけにもいかず、以後しばらくの間シモンはガイド役として大変な苦労をすることになりましたとさ。
ひとまず迷宮レストランの更新は今回で一区切りとさせていただきます。
近頃は思いつくままに色々と短編を投稿してはおりますが、まだ次に何をメインに書くかは決めていないので当分は修行を兼ねた短編中心になると思います。迷宮アカデミアの本編後番外編なども書きたいですし、まあ何にせよ気長にお付き合いいただければ幸いでございます。





