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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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異界オーバード⑦


「おや、お帰りなさい。随分長く話していたみたいですね」


 リサが長老との話を終えて宴席に戻ると、アリスはすぐにその姿に気付きました。



「あれ、魔王さんとコスモスさんは?」


「お借りした客間です。コスモスがもう眠くなってしまったみたいで」



 リサより先に戻った魔王は、客間のベッドにコスモスを運びに行ったようです。まだ日付が変わるまで二時間くらいありますが、子供状態のコスモスは体質が変わって、早い時間に眠くなってしまうのです。



「伝えておきたいことがあったんですけれど、眠ってるのなら仕方ないですね」


「コスモスにですか? 急ぎなら起こしてきましょうか」


「いえ、急ぎではありませんから、あとで自分で伝えます」



 リサとしては、例の「宿題」の答えを伝えておきたかったのですが、それはまたの機会にお預けのようです。

 アリスも、その件に関しては特に深く興味を持ったわけではないようです。それ以上深追いしようとはせずに、別の話題を口にしました。



「リサさんがいない間に村の方々と話していたんですが、この村の名物になりそうな料理が何かできないか考えていたんですよ」


「へえ、なんだか面白そう」



 話の発端は、先程コスモスが冗談半分に話していた村の観光地化の案に、たまたまそれを耳にした村人数人が興味を持ったことでした。

 あまり大規模に開発して今の生活が大きく変わってしまうのは困るけれども、これから外界と大っぴらに交流を始めるのならば、何かしら村の名物になるような物があったほうが良いのではないか。そんな方向に話題が流れ、アリスやコスモスも知恵を出して、目新しい特産品ができないかと考えていたのです。


 村の産物だけで出来る料理という縛りはありますが、必要な食料をほぼ完全に自給自足できているくらいですから、作ろうと思えばなんだって作れます。



「ああ、噂をすれば。ちょうど試作品が焼きあがったところみたいですね」



 アリスの視線の先には、ちょうど焼けたばかりの料理を運んでくるアンジェリカとエリックの姿がありました。料理担当の村人と一緒に、アリスの指示通りの品を作ってきたのでしょう。



「ピザ、ですか?」



 しかし、運ばれてきたのは特に飾り気のない、チーズと生地だけのシンプルなピザでした。これはこれで美味しいでしょうが、既にテーブルに並ぶ他の具沢山のピザ群に比べると、見た目のインパクトで見劣りする感は否めません。



「何か特別な味付けでもしたんですか?」


「ええ、そんなところです。なんでも、この村では養蜂もやっていると聞きまして」


「養蜂……ハチミツ……なるほど、アレですね」



 チーズだけのピザ。

 そして、養蜂。

 その二つのキーワードを聞いて、リサもピンと来たようです。

 アリスが卓上に用意されていた容器を傾けると、粘性の強いトロリとしたハチミツが、薄黄色のチーズの上に流れ出しました。



「アリスさま、ホントに美味しいんですか?」


「ええ、美味しいですよ。試しに食べてごらんなさい」



 ピザを運んできたアンジェリカたちは、そのハチミツがけピザが本当に美味しいのか少々不安なようです。

 養蜂をしているとはいえ、村民全員が常時口に出来るほどの量は作れません。この村で甘味を味わう機会は限られているので、貴重なハチミツを大胆に消費するアリスの姿に危機感を覚えたのでしょう。

 ですが、アリスに促されて恐る恐るハチミツがけピザを一切れ取って食べてみたアンジェリカは、


「……え!? あれ、なにこれ、すごく美味しい!」


 と、一瞬前までの不安など吹き飛ぶような感動に痺れました。








「要するに、クアトロフォルマッジですね」


 リサはその新作ピザを食べながら一人納得していました。

 クアトロフォルマッジとはイタリア語で「四種のチーズ」を意味する、ピザの一種です。今回は、村で作っている牛と羊と山羊の乳から作った三種類のチーズで作ったので、四種クアトロではなく三種トレフォルマッジと言うのが正確でしょうか。

 チーズだけのシンプルなピザに甘いハチミツをかけて食べることで、甘さとしょっぱさが組み合わさって極めて中毒性の高い美味になるのです。

 


「これは、いけません……太る、絶対太ります……」



 まあ、美味しい物というのはあまり健康によろしくないというのが世の常です。

 脂質と炭水化物と糖分を、これでもかと積み重ねたのですから食べすぎは禁物。ましてや、夜寝る前などに食べたら、体重がとても恐ろしいことになってしまうでしょう。

 リサは理性と乙女心を総動員して、どうにか一切れだけで止めておくことに成功しました。他の人々が大いに飲み食いする中で、一人だけガマンするのはかなりの苦行でしたが。



「発酵食品っていうのは土地ごとの個性が出ますからね。名物にもしやすいんじゃないですか」



 そう言うアリスは、いつの間に用意したのか、切ったチーズにハチミツを垂らしたおつまみを肴に葡萄酒を飲んでいます。この村のチーズの味が気に入ったのかもしれません。






「あらあら、珍しいお料理ね。美味しいわ」



 いつの間にか、宴席の輪の中に入っていた長老も、他の人々と共に目新しい料理を楽しんでいる様子です。



「魔界も随分変わったみたいね。せっかく行き来できるようになったみたいだし、一度里帰りしてみようかしら」


「そりゃあいい。いっそ皆で旅行にでも行ってみようか」



 お酒や料理を楽しみながら、村の面々とそんな話をしています。

 生への未練は薄くとも、こうして楽しみを見出せるのならばまだしばらくは大丈夫だろう、と物騒な頼み事をされたリサもひとまずは安心しました。







 ◆◆◆







 宴の最中、大いに盛り上がる皆が、誰からともなく歌い出しました。


 喜びも、悲しみも、全ては一夜の幻だ。

 人生なんて、しょせんは夢みたいなものなんだ。

 だけど、それでいい。

 ならば、せめて幸せな夢を見よう。

 心躍る夢に浸っていよう。

 明けない夜はない。

 暮れない昼もない。

 どんな夢もいつかは覚める。

 夜空の星もいつかは落ちる。

 だけど、それがいい。

 さあ、行こう。

 次の夢に向かって。

 さあ、想おう。

 次の夜明けを。

 その先に、もっと素晴らしい夢が待っていると信じて。




 今日を境に、内側だけで完結していたこの村は開かれました。

 永遠に続くかと思われた退屈な日々の繰り返しは終わりました。

 それが良い事なのか、それとも悪い事なのか、今はまだ分かりません。

 こうして明るく騒いではいますが、内心には不安もあるだろう事は想像に難くありません。

 けれど、彼らはリスクを承知で手を伸ばしました。その手の先に更なる幸福があると信じて。

 その決断は、とても勇敢で、そして尊重すべきものでしょう。

 


 リサは、アリスは、そして魔王は、果たして彼らのような決断ができるのでしょうか?





この話はここまでです。


クアトロフォルマッジはとても美味しいので、未食の方は機会があれば是非食べてみてください。すごく身体に悪そうな中毒性の高い味がします(褒め言葉)。

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