第一節.公安
「え、なにこの手紙」
俺が、公安に配属?
しかも、中等執行官としてだなんて。確か、公安の執行官の一番最初の階級は初等執行官のはず。一階級飛ばした状態での入局なのか。
そもそも、なぜ俺が公安に所属することになったのかなにもわからない。
困惑しながらも、手紙に記載されていた通りならこの段ボールの中に公安の制服が入っているはずだ。
ガムテープをカッターで切り、中を覗くとそこには透明の薄い袋に包まれたスーツ一式が入っていた。ワイシャツは真っ黒、ズボンも黒の灰色のストライプが入ったもの。そして、ネクタイも灰色の物と、全体的な夜に溶け込むような色合いだった。
手紙には、制服と記載されていたが赤城さんや三輪さん。そして、この前初めてあった別の執行官の人たちはデザインこそそれぞれ違うものの結構似通っていた。
しかし、段ボールに入っているものはどちらかというと、サラリーマンが着るようなスーツのようだった。しかし、ジャケットなどは入っておらず、ワイシャツとズボン、ネクタイだけのようだった。
手紙と段ボールには他になにも入っておらず、ただただ報告しそれに必要なものを送りつけてくるという、俺を否応無しに公安に引き入れようとする意志を感じ取る。
日付的には、一週間後の日程だ。もしかしたら、別の手紙も届くかもしれないという僅かな希望を抱き眠りに落ちる。
◇
結局手紙なんて届かず、俺は今東京都の新宿駅にいる。
指定された時間は、夜の二十一時。あまり見ない、黒いスーツに身を包む様は目立ちしそうだが人混みにより思いの外目立たなかった。
しばらく待っていると、
「久しぶりだな、東雲」
記憶から消えかけていた、赤城さんの声が再び鮮明になっていく。
「赤城さん、お久しぶりです。というか、なんですかこれ」
赤城さんは、気まずそうに後頭部をかきながら口を開いた。
「とりあえず、歩きながら話すか」
夜の喧騒の中、黒いスーツを着た身長差のある影が歩みを進める。
「いや、俺としても想定外なんだが。どうやら、小泉の検視や俺や三輪の証言で上がお前に興味持っちまった。特に、術式への適正と成長速度。そして、魔術を秘匿するためなら一番近くにおいた方がいいと判断したらしい」
「へ、へー。そうなんですか」
正直、予想外すぎて言葉が出ない。そもそも、俺は今まで魔術なんて知らなかったから自分がどのレベルなんて考えたことなかった。それより、『秘匿するなら一番近くに置いといた方がいい』俺五千万貰ってるけどそれで本当にいいんだろうか。
そんなことを話しながら、気づけば大きなビルの目の前に立っていた。
「え、ここですか?」
「あぁ、ここだ」
魔術を秘匿する組織が、こんな高いビルを持っていいのか甚だ疑問だ。想像していたのは、颯と戦った時のような地下にあるものだ。
辺りをキョロキョロと見回しながら、赤城さんに連れられエレベータに乗り込む。
エレベーターは最上階へと辿り着き、静かに扉が開かれる。
ゆっくりと開いていく扉と共に視界に入っていくフィクションのような世界に圧倒される。
エレベーターの扉から続いているレッドカーペット。
レッドカーペットの先にある宝石で装飾された左右両開きの金色の扉。
そして、その扉を挟むように佇む二つの護衛の影。
目の前の光景に息を呑み固まっていると、赤城さんが俺の手を引き歩き出していた。そして、護衛の人たちと話をしている。
「赤城晃一准特務執行官、そして東雲楓中等執行官、お待ちしておりました」
「中にお入りください。公安局最高議長、伏神巖雷様がお待ちです」
音を立てずに開かれる両方の扉。
扉の向こう側は、先ほどまでの現実離れしたような空間ではなく大きい広場のような広さの空間が広がっている。真ん中には大きめのテーブルとそれを挟むように高そうなソファが置かれている、シンプルな空間だった。
そしてそのソファに腰をかけ肘をテーブルにつけ両手の甲で顎を支える老人が、胸に響くような低い声で言葉を発した。
「二人とも、ソファに腰をかけたまえ。」
その声に圧倒される。油断したらその言葉の質量で今にも押しつぶされそうな重圧を感じる。
赤城さんに合わせうようにソファに腰掛け、伏神巖雷と呼ばれた老人の話を聞いた。
「まずは、東雲くん。今日は突然呼び出してしまって悪かったね。赤城くんも、忙しいのに彼を案内してくれてありがとう」
先ほどまでの印象とは違い、朗らかで暖かい話し方だった。そのギャップに思わず拍子抜けしてしまう。
「東雲くん、先日の霊獣事件に関しては本当に感謝している。その上で一つ無理を言わせてくれ。我々公安に、君の力を貸してほしい」
発される言葉は止まらない。
「君の、その変速の適性は世界のどこを探しても存在しない。そして、魔術を扱い始めて一ヶ月足らずで防御結界の習得。さらにはそれを発展させた術式結界の使用、変速以外の才能はなくとも君には魔術のセンスがある、だからこそ、協力してくれないか」
俺の力があれば、近年増加している魔術犯罪の被害者を減らせる。
つまり、俺と同じような経験、大事な人を現実では受け入れられないような死因で失う人を減らせるかもしれない。ありえたはずの未来を、見れないまま死んでしまう。
その悔しさを、理解したからこそ俺は
「俺にも、やらせてください。一度足を踏み入れてしまった以上は、元の日常に戻れないという覚悟はしてました。それに、俺みたいな経験をする人を減らせるのなら尚更協力したいです。」
「本当にありがとう、東雲くん。そしたら、まずは明後日から白黎修練院というものに入ってもらおうと思う。そこは簡単に言えば執行官っていう資格を取るための教習所だ。四ヶ月の講習を受け、最終試験に受かった後に正式に執行官として登録される」
魔術界の、それも公安の執行官という資格を取るための教習所。車の免許を取るのと同じものなのか。
「白黎修練院なら、魔術界の常識とかもしれるだろうしね。それと明日は渡すものが色々あるから、それも赤城准特務に案内してもらって」
伏神さんは、説明すべきことを全て語ったのか腕時計を確認している。俺もそれに倣うように、壁に立てかけている時計を確認する。
時刻は二十二時。今から家に帰ろうとしても、電車ではギリギリ乗り換え先の電車に間に合わない時間だ。
「もう結構、遅い時間になってしまったね。二人とも引き止めて悪かった、東雲くんは近くのホテルを使うといい。費用は私が出すよ。呼んだのに帰れないだなんて申し訳ないからね」
「あ、ありがとうございます。なんだか申し訳ないです」
「いいよいいよ、霊獣事件のお礼もしたいからね、それじゃあ赤城准特務、東雲くんに案内よろしくね」
「かしこまりました」
深く頭を下げる赤城さん。
◇
というか、今までスルーしていたが赤城さんの階級が上がっている。特等執行官の一つ上の階級である准特務執行官だ。目まぐるしく変化する自分を取り囲む環境の変化に気を取られすぎて全然気付かなかった。
「あの、赤城さん昇進したんですね」
ホテルまでの道のり、声をかけたのは自分からだった。
「ん?今更か、そりゃああの事件解決の第一人者だからな。公安内では毎日お前と俺のどちらが解決に貢献したかが議論されてるぞ。話題にすら出ないあの二人にはなんか申し訳がないがな」
「三輪さんは、大丈夫なんですか?結構重傷でしたけど」
「一命は取り留めたぞ、御門がいなかったら今頃死んでいたそうだ。感謝してもしきれないって言ってたぞ」
「無事で、よかったです」
そんなこんなで、まだ肌寒い夜の下ホテルにたどり着いた。
どうやら取られていた部屋は俺のみで予約されていたらしく、赤城さんは近くにある自分のアパートに帰るという。俺も、フロントで鍵を受け取り、予約されていた部屋に足を運ぶ。
部屋に着き、風呂に入った後電気を消しベッドに横になる。
今日だけでも、移動だけじゃなくて環境の変化で心も少し疲れているのを感じる。明日から始まる新生活に備え早めに眠りについた。




