終節.霊獣事件
気づけば、一ヶ月の時が過ぎもう卒業の時期だ。
今回、霞坂市で起きた事件は表向きには『連続少年少女失踪事件』として犯人が捕まったことが発表された。しかし、一部の人間主に魔術師には『魔術師が起こしてた人間の霊獣化実験』として認知されているらしい。
そして、発表と同時に俺と御門さんには報奨としてそれぞれ約一千万(非課税)が振り込まれた。どうやら、国家としてもこの件は重大な魔術犯罪の事案だったらしく、これの解決に繋がった協力者としての謝礼として。
それにしても、この魔術の世界は本当に理解の範疇を超えている。
それに加えて、俺には追加で五千万の振り込みがあった。勿論、こちらも非課税で。
これの理由は、どうやら赤城さんが事件の報告書で俺が元一般人ということを記載したのだという。赤城さんや三輪さん、そして御門さんの証言で俺はある意味で知り過ぎた、ということでの口封じだそうだ。
最後に、この事件による死者三名。最初に遭遇した高校生、御門さんとの夕食の帰りに発見した霊獣に捕食された一般人。そして、ある意味この事件の一番の被害者小泉颯。先の二名は通常の殺人事件として、小泉颯は行方不明者として現在処理されている。
颯のことについてはまた話すことがあるという。
……そして、とうの俺はというと
◇
今日から学校が再び始まる。
授業は特になく、学校への奉仕活動や卒業式練習が中心だった。学校が始まってすぐに、学校全体に颯が行方不明になったことの説明もあった。
今まであまりクラスメイトと関わろうとしなかったが、俺から関わろうと思った。
最初こそどこか遠慮や距離感があったが、一日二日経てば簡単に馴染むことができた。卒業式ムードのおかげだろうか。
「なあ楓、お前変わったな。なんか、今まではどっちかってゆーと暗いイメージだと思ったけどめっちゃ話しやすいわ。こんなことならもっと早く話かけてればよかったわー」
「それなー、でも楓は陸上で忙しかったんじゃね?つか、この清掃いつまでやんの」
「え、普通に後二時間はやるらしい」
「え、それは聞いてない」
「終わったら、みんなでメシ行こう」
「いいぜ、楓」
「俺ラーメン食いてえ!」
廊下掃除をする俺を含めた三人。
俺が避け続けたクラスは、こんなにも暖かいんだと今になって気づいた。新しい暖かな日々は、心の隙間を埋めていく。
しかし、喪失感だけはどうやっても心に残り続けた。
◇
卒業式の前夜、どうしても眠れることができずに夜道を散歩した
特に何か理由があった訳でもないが、俺が魔術と関わってから足を運んだ場所を巡っていた。
初めて御門さんと会った場所。
そして三輪さんと張り込みをした通学路。
初めて霊獣と戦い勝利した場所。
颯と戦った場所。
そして、俺が魔術を学び身につけた廃ビルへ。
もう、御門さんとは会えないかもしれない。最後の別れ際、御門さんは俺を避けるように去っていったのを覚えている。
廃ビルはやっぱり夜の雰囲気と合わさり不気味だった。
それでも、この不気味さが心を落ち着かせるのを感じる。記憶を、思い出をなぞるようにあたりを探索する。初めて術式を使った、魔力の扱い方を学んだ廃ビル裏の開けた土地。
そして、廃ビルの中へと入っていく。
魔術の世界について教えてもらった一階。
螺旋階段を登る。
赤城さんと御門さんと共に張り込み作戦について語った部屋。
螺旋階段を登る。
一回も見ることがなかった、御門さんの工房のような部屋。
そして、屋上へ。
重い扉を開き、開けた空間へと出る。
月光が夜空を照らし、星々が夜空を彩っている。春風が吹き、落ち葉を巻き上げ斑に咲いた桜を散らしている。
そして、月明かりを反射し夜空を髪に閉じ込める一つの女性の影。
御門さんだ。
「楓、不法侵入はダメでしょ」
呆れるように、でもどこか嬉しそうに、それでも隠しきれない悲しむような表情。
「御門さん、ようやく会えました」
言葉を口にした瞬間、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ軽くなる。そんな俺を見て御門さんは小さく笑う。
「会えた、だなんて大袈裟だよ」
「だって、解決してから全くと言っていいほど顔出さなかったんですから」
どうせもう、会えないのなら別れの言葉の一つや二つくらいは欲しかった。
「まあ、色々忙しかったのよ。魔術師ってやつは。それに、あんまり長く一緒にいると別れづらくなるしね」
何度も聞いた軽い口調。でも、その声はどこか無理をしているような印象だった。
一際大きい春風が吹き、地面に落ちた桜を巻き上げる。舞い上がった桜は星空という大きな川に流れるようにゆっくりと落ちていく。
「楓」
不意に、真面目な声を出す御門さん。
「変わったよね、本当に」
「そう、ですか?」
「最初に会った時はさ、今にも壊れそうに脆くて危うかった」
「あの時というか、楓はずっとさ自分のことを許せなかったでしょ」
否定はできなかった。
助けられなかったこと、何もせず逃げ出したこと。それ以上に、颯との関係、颯がいなくなった後の陸上、俺を取り囲むあらゆる現実。その重圧に日々感じていたのも事実だ。
全部、今でも残っている。
「でも、今の楓は違う。ちゃんと痛がっているのに止まっていない。傷だらけのまま、それでもと前を向けている」
一瞬途切れるが、それでも御門さんは話を続ける。
「それって、楓が思っている以上にすごいことなんだよ」
颯との日々。走り続けた時間。逃げ出した夜。失ったもの。全部が、胸の奥で静かにつながっていく。
「ありがとう、ございます。」
御門さんは視線を、静かに星空から俺へと移す。
「……楓」
「はい」
「君はもう、」
――一人で走れるよ。
喉が熱くなっていく。言葉にしようとした瞬間、声が詰まるのを感じる。
「はい」
静かに笑う御門さん。
「それじゃあね、楓。私はしばらく霞坂市から離れるよ」
「また、会えますか」
「いつか、また会える日が来るよ。私達は魔術師なんだから、そんな簡単な奇跡を起こせなきゃ、カッコつかないでしょ」
気丈に振る舞っているが、声は震え瞳の端には確かに涙が浮かんでいる。
つられて、俺も涙が込み上げているのを感じる。
「そうですよね!」
「それじゃあ、ばいばい。楓」
いつか、また会おうね。
最後の言葉は春風に乗り、夜空を泳いでいく。
一瞬、視界が白けたかと思えば目の前から御門さんの姿は消えていた。
「本当に、ありがとうございます。御門さん」
届くはずのないその言葉は、何故か御門さんにだけは確かに届いたはずだと、確信する。
痕跡の残らない、寂れたビルを出て家に帰っていく。
私こそ、ありがとう。楓。
◇
一週間が過ぎ、学校で卒業式が開かれた。
卒業式が無事終わり、桜が舞う街。
クラスメイトとの最初で最後の打ち上げをした。カラオケ、ボウリング、そして一番最後はクラス全員で東区の焼肉店を貸切。
今まで食べてこなかった、とろけるように柔らかく口いっぱいに芳醇な香りを放つ肉、そしてソフトドリンクをミックスした謎ドリンクを罰ゲームで飲まされるというプチイベントを経て、打ち上げは解散となった。
今にも吐き出しそうな腹を抱え夜の道を辿っていく。昼間は、少しづつ暖かくなっているのに対し夜は変わらず冷えたままだった。
家につき、郵便受けを開けると差出人不明の封筒、そしてドアの前には大きめの段ボールが置かれていた。
家に帰り、シャワーを浴びて封筒を開封する。
開いた紙に書かれている文言に、思わず目を見開く。
公安局より通達
以下の者を、正式に公安所属の執行官として任命する。
東雲 楓 階級.中等執行官
四月四日、同時に送られた荷物の中にある制服を着用し新宿駅にて赤城晃一准特務執行官と合流することを命じる。
「は?」
ようやく訪れた平穏な日常が、遠ざかっていく。




