第十六節.未来へ
赤城さんが、久遠織から聞き出した情報を元に明るい無機質な廊下を辿っていく。
何も考えられず、心を空にして一歩一歩踏み出す。
十分ほど進んだ後に、階段が現れた。階段は廊下とは真逆の真っ暗な空間であり、それを登っていくと鉄製の冷たいドアが現れた。ドアの隙間からは、オレンジ色の光が滲み出ている。
赤城さんが、ドアノブを握り扉を開けるとそこには廃棄された倉庫のような空間が広がっている。そして、割れた窓や穴の空いた屋根から太陽の光が薄暗い倉庫を部分的に照らしている。
しばらく歩いて倉庫を出ると、赤城さんと三輪さんと同じ黒いコートに身を包んだ人たちが俺たちを取り囲んだ。
肌に触れる冷たい空気が、熱った体を冷ましていく。
「赤城特等、増援として派遣された礎 美里准特務執行官だ」
赤い髪を後ろで束ね、切れ目のある細い瞳で俺たちを見つめる礎 美里と名乗った女性。その後ろに並ぶ五人の執行官。
「礎准特務、増援で派遣されたところ申し訳なく思うが首謀者はこちらが確保した。そして、後ろにいる女と少年は現地で協力をしてくれた魔術師二人だ。それと、三輪高等が重傷、少年が抱えている子が死亡者、そして首謀者、久遠織は意識を失っている」
「あぁ、了解した。後ろの二人、今回は協力感謝する。悪いが今は、事態の収集が先決だ。報奨はまたの機会に伺う」
あまりにも簡潔で、無駄のない会話。
礎さんは久遠織を回収し、後ろに待機していた他の執行官がそれぞれ三輪さん、そして颯の遺体を回収する。
颯を抱えていた時の重さは、しばらく腕から離れなかった。
「手の空いている者は、有間班と合流しここ一帯を調査しろ」
分散していく執行官達。場に残るのは、礎さん、赤城さん、御門さん、そして俺の五人となった。
「ねね、礎さん?だっけ、今何月何日の何時?」
「現在の時刻は、二月四日午前六時二十分だ」
「それと、今回の件は協力に感謝する。公安としても、今回の事案を見誤っていたことを謝罪する。二人の報奨は期待してくれていい。そして、赤城特等と三輪高等も昇進は確実と考えていいだろう」
深く頭を下げた後に語られる報奨と昇進の話。
そんなことを、いきなり話されても実感なんて湧かないしそれ以上に必要がない。金があったって、死んでしまった人は、もう戻らないのだから。
流れる沈黙の後、礎さんが話を続ける。
「……まあ、お前たちは今は休め。今度、再び話を聞くことになるだろう。その時は、よろしく頼むよ」
そう言い残し、立ち去っていく礎さん。
「……御門、東雲。今回は、改めてありがとうな。そして、すまない。俺たちの不手際のせいで、関係のない人間たちを巻き込んでしまった。東雲、特にお前には謝罪してもしきれない。辛かっただろう、友を手にかけたのは」
「……いえ、俺は大丈夫です」
心にある虚無感とは裏腹に、精神はいたって平常心を保っていた。
というより、平常心を保つしかなかった。
「……楓」
「まあ、そういうことだ。三輪にも、感謝しろと伝えておく。お前たちは、もう休んでくれ」
「わかったよ、赤城くん」
そういい、足早に去っていく御門さんを横目に踵を返そうとしている俺を赤城さんが呼び止めた。
「俺は不思議で仕方がないんだ、東雲。一般人のお前が、この件に関わる必要はなかったはずだ。なのに、なぜお前は関わろうと思ったんだ」
投げかけられる問い。察するに、俺のことは御門さんから聞いたのだろう。
全ての始まりを思い出す。
一月の終わり。霊獣に襲われている同じ高校の生徒を見た時、それを見て何もできず逃げ出したことを。あの時感じた無力感や、やるせなさ、罪悪感は、どこか俺と颯のライバル関係に似たようなものだった。
「……多分、負けたくなかったんだと思います。今度は、颯じゃなくて自分自身に」
「……そうか、引き留めて悪かったな」
赤城さんの言葉を聞いた後、軽く頭を下げ俺もこの場を後にする。
朝日に照らされる道を辿っていく。この倉庫は、西区の一番端。御門さんの廃ビルとは正反対の位置にある数年前に放置され霞坂市では有名な心霊スポットとなっている場所だった。何度か肝試しで足を運んだこともありなんとなく帰り道はわかった。
でも、その道がひどく長く感じる。歩いても歩いても視界に入ってくる景色が残酷に、自身の孤独を感じさせる。友人の少ない俺に、そして一方的に突き放していた俺に唯一関わってくれた友人。
気づけば、見慣れたアパートの使い慣れたベットの上だった。
風呂にも入らずに天井を見つめている。
唐突に襲ってくる、颯を失ったことの実感。
堪えていた、押さえつけていた感情が滝のように溢れていく。
これも、現実なんだ。
失ったことへの悲しみ、何もできなかった無力感。これも、全部含めて俺なんだと。溢れ出した涙は止まらず、一秒ごとに勢いを増していく慟哭。
思い出すのは、ずっと走っていた日々。ただひたすらに颯を追いかけ続けた七年間。春夏秋冬、どんな日も頭にあったのは追いつきたいという感情。
俺はあの日々がたまらなく楽しくて、幸せだったんだ。
勝てない事実も、それでも走り続けた事も、それでも勝てなくて悔しい思いをしたこと。勿論、颯に追いつきたかったのも事実だ。でも、それ以上にただひたすらに走り続けた日々が、かけがえのない、何にも代え難いものになっていたんだと。
それに気づいた時には涙は止まっていた。
涙で濡れた顔を腕で拭い、窓の外を見つめる。
『もう、逃げるな。』
——あぁ、逃げないさ。
あの時言えなかった言葉を口にする。ベッドから立ち上がり、履き慣れた運動靴に足を通す。
気づけば体が勝手に走り出していた。
喪失感も、悔しさも、否定しない。全部抱えて走るんだ。もう、止まることはないんだと。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
もしよろしければ感想やリアクションをしていただけるとこれからの創作の励みになりますので、お時間がある際にでもしていただけると嬉しいです!




