第十五節.選びたかった未来
Last 東雲楓 vs 小泉颯
重なり合う拳と短剣。高速で繰り広げられるその戦闘で、術式が加速度的に体に馴染んでいくのが分かる。一手、短剣を振りかざす毎に加速していく体とそれに順応するように繰り出される徒手空拳。
「小泉!」
俺と小泉の魔力の込められた力強い踏み込みにより、コンクリートで補装された地面がどんどん削られ無機質な地面の隙間から土が顔を覗かせている。
一歩、踏み出すたびに足場が崩れ落ちそうになる感覚。
それでも、止まらない。
いや、止まれるはずがないのだ。
「かぇ、で!」
小泉の擦れた声が、必死に絞り出したかのようなその呼びかけが劈くような戦闘音の隙間を縫うように鼓膜を振るわせた。同時に、動きを止めじっと俺の瞳をまっすぐと見つめる小泉。
動き出した、加速した体は止められるはずがなかった。
止まれ、と頭では理解しているのに加速し切った体は意志よりも速い。
刃が触れる。
肉を裂く感触が、遅れて伝わってくる。
やめろ。
そう思った時には、もう遅かった。
停止し動きを止めた小泉の体、全身の主要な関節部を中心を容赦なく短剣が滑り抜けていく。
力が抜け仰向けに倒れる小泉の体と、無抵抗な小泉に覆い被さる俺の体。
荒い呼吸がぶつかり、視線が合う。
黒く濁っていたはずの瞳が、色を取り戻している。しかし、その瞳は今までの小泉とは比べ物にならないほど弱々しく今すぐにでも意識を手放しそうなほど危うかった。
正解なんて分からない。とりあえず、当初の目的通りの小泉の無力化は達成された。疲労と、状況把握で頭がうまく回らない。
「か、ぇで。」
「小泉!」
そんな俺を現実へと引き戻したのは、他の誰でもない小泉自身だった。
小泉へと呼びかける声は震え裏返っている。
小泉はわずかに笑い応える。
「……か、で。お、れはもウだ、めだ。いつ、いしきが、のまれルカわからない。」
言葉は止まらず、力のこもってない冷たい小泉の手が短剣を握る手に触れる。
言わずともその意味は理解できた。それでも、その言葉は容赦なく小泉の口から鮮明に、そして克明に俺の鼓膜に刻まれる。
――殺してくれ。
「……は?」
停止する思考と、硬直する意識。その言葉の意味を理解するのに、時間は必要なかった。
「ま、待ってくれよ。だって、ほら戻ってるじゃんか!」
自分でも、何を言っているのかわからなかった。
「今だって、ちゃんと喋れてる。ちゃんと、俺のことだって見てる!さっきだって、止まっただろう!なあ、まだ戻れるって、助かるって!」
根拠なんて、どこにもない。
そんなことわかっているのに、一度動き出した口は止まることを知らなかった。取り留めのない、支離滅裂で荒唐無稽な言葉を並べてしまう。
ただ、どこかで小泉はまだ助かるって信じたかった。
『小泉 颯の無力化。』
赤城さんの言葉の意味を深く考えず、自分にとって都合の良い現実を見ようと逃げていただけだと残酷に思い知らされる。
それを、理性では理解しているのにも関わらず感情が否定し言葉は止まらない。
「だから、だからさ!また、一緒に……!」
そんな俺の言葉を遮り、小泉は話し出す。
「にげ、ルなよ。か、で。このま、まだとおれはいろ、イろなひとをこ、ろして、しまう。」
「そんなこと、俺が絶対にさせない。だから!」
「む、リダ。」
小泉は即答し、掠れた声で言葉を紡いでいく。
今にも消えそうな呼吸。
「もウ、おれは。もどれ、ない。モ、うだれも、きずつけたない。」
「いやだ!」
涙も、否定も止まらない。
小泉は荒く息を吐く。今にも意識が途切れそうなほど弱々しかったその瞳が、一瞬だけ強い光を取り戻した。
次の瞬間。
俺の頭を両手で鷲掴みにし、無理やり顔を引き寄せる。状況を理解する間もなく今までにないほど力強く小泉の言葉が耳に届いた。
「お前が、傷つきたくないだけだろ!もう、逃げるな。どんなに間違っても、どんなに苦しくても、足掻いて捥がいてその先にある、未来から目を背けるな、絶対に!」
小泉のその言葉を、その覚悟を理解する。
もう、逃げるのは終わりにしよう。迷いも、願いも、全部を断ち切るんだ。
小泉ともっと走りたかった未来。
小泉を避け続けた過去。
小泉と友達としてもう一度やり直したいという願い。
小泉を殺すということへの迷い。
これらは全て、現実から逃げて俺だけが救われるためだけのものだ。
小泉は、そんな誰かの救いを求めてるわけじゃない。自分の救いすら捨て、ただ理性的に、合理的に、これ以上の被害者を出さないために、俺に託しているんだ。
命のバトンという、罪を。逃げ続けた過去の罰を。
小泉は、ゆっくりと手を離し俺に微笑みを向ける。
――さあ、振り下ろすんだ。
淡く光るその心臓に短剣の切先を翳す。
――そうだ、それでいい。
スルリと入っていく短剣。
徐々に失われていく小泉の力と心臓の光。
涙は枯れ果て、呼吸すら忘れるほどの静寂。
目の前に広がる現実。
それから逃げ出したい自分。
そんな心を押さえつけ直視する自分。
微笑みを崩さないまま呼吸を止める小泉。
小泉は、もう動かない。
重なる肌の冷たさが、死を物語っている。
握っていた短剣がやけに重かった。
気づけば周囲の戦闘音は止み、赤城さんたちが俺と小泉の下へと歩いてきた。
赤城さんに抱えられている三輪さんと、御門さんが引きずっている久遠織の体。
「■■■、■」
言葉は聞こえなかったが、意味は理解できた。
短剣をしまい、立ち上がる。
視界に埋まる、小泉の亡骸。
枯れたはずの涙が、いつの間に頬を伝っていた。
「ありがとう、小泉。」
違うな。
――ありがとう、颯。
冷たくなった体を抱えて立ち上がり、赤城さんたちの後に続き部屋を出る。
背後では、崩れた研究施設が軋むような音を鳴らしていた。
もう、戻れない。
それでも俺は、前に進かなければならない。
颯が命を賭けて繋いだ、この未来を。
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