『小鳥と自転車とおせっかい』
春の朝は、ちょっとだけ冷たい。
みなとは駅までの通学路を、自転車でゆっくり走っていた。
いつもの道。変わり映えのない住宅街。
けれど、今日は少し違った。
「あ……」
アスファルトのすみに、ちょこんとしゃがみ込んでいる小さな生き物。
黄緑の羽根。細い足。
一羽のスズメだった。
「……怪我、してるの?」
慌ててブレーキをかけ、地面にしゃがみ込む。
スズメは飛ぶことも鳴くこともせず、じっと彼女を見上げていた。
自転車を倒して、ハンカチでそっと包む。
羽根の端が、少し傷ついていた。
「大丈夫、大丈夫だよ。びっくりさせないから……」
自分の声が少し震えていた。
リュックから小さなペットボトルを取り出し、ふたに水を注ぐ。
ほんの少しだけ、小鳥がくちばしを動かした。
(よかった……生きてる)
そのまま10分ほど、しゃがんだ姿勢で様子を見守る。
でも、ふと気づく。
「あれ……やばい、時間……!」
時計を見ると、始業まであと15分。
駅まで行っても、もう間に合わない。
(でも……置いて行けない)
どうしよう。
胸の奥がざわざわしてくる。
そのときだった。
「……真白さん?」
聞き慣れた低音の声に振り向くと、そこには天城コウが立っていた。
「こんなとこで、どうしたの?」
「えっ、あ……あの、スズメが……怪我してて……」
みなとの声が、少し上ずっていた。
まさか、こんな姿を見られるとは。
彼は一歩近づいてしゃがみ込み、小鳥を見下ろす。
「……羽根、やられてるな。とりあえず保護できそう?」
「うん。わたし、学校、ちょっと……遅刻しても、いいから」
そう言ったとき、コウは小さく笑った。
「乗れよ。後ろ」
「え?」
「自転車。送ってく。学校、方向同じだし」
言葉がうまく返せないまま、みなとは頷いていた。
◇ ◇ ◇
二人乗りは、違反だってわかってる。
でも、今はそれを考える余裕がなかった。
自転車の後ろ、コウの背に軽く触れる位置で、みなとは小さくつぶやく。
「……なんか、ごめんね。迷惑かけて」
「ん? 別に。おせっかいって、案外悪くないだろ?」
その言葉が、どこか優しくて。
顔が勝手に熱くなった。
「……でも、重くない?」
「軽い軽い。るるより軽いかも」
「それ、褒めてる?」
「もちろん」
自然に出てくる会話。
不思議と、落ち着く。
(背中、あったかいな……)
(……なんか、だめだ。距離、近すぎて)
胸がドキドキしているのを、必死で押さえる。
だけど、風が優しくて、日差しが眩しくて、
この時間がずっと続けばいいのにと、少しだけ思った。
◇ ◇ ◇
学校の門が見えてきた頃、
コウがペダルをゆるめて言った。
「ほら、見えてきたぞ。ギリ、セーフだな」
「ほんと……助かった……!」
みなとは笑いながら降りる。
リュックのポケットから顔を覗かせるスズメも、ほんの少しだけ元気そうだった。
「……ありがとう、ね」
「おう。あと、気をつけて。保健室とかに相談すれば、多分預かってくれる」
「うん……!」
一歩歩き出して、ふと振り返る。
「ねえ、コウくん」
「ん?」
「わたし、今日――いいことした、かな?」
その問いに、彼は少しだけ照れたように、けれどしっかり頷いた。
「うん。めっちゃ、いいことした」
みなとは、もう一度笑った。
「そっか……よかった」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
部屋で小鳥を思い返しながら、ふと自分の頬を触れる。
「……あれ? ずっと、熱いな……」
もしかしたら、風邪かも。
もしかしたら、違うかも。
その理由を、まだ言葉にする勇気はなかったけれど。
「……なんか今日、いい日かも」
そう呟いて、みなとは目を閉じた。




