最後の晩餐
街道を馬車が行く。
依頼を受けた俺は揺れる馬車を揺りかごに、荷台で寝転がっていた。
整備された街道では、ちらほらとすれ違う人達も見られる。
それはそのまま、街道における治安のよさを物語っていた。
なのになんで――
「たまには御者を代わってくれてもいいんですよ?」
俺の思考を遮り、エマが上機嫌で話しかけてくる。
これから死地に向かうと思えない能天気さだ。
きっとこいつの頭にはバラ色の未来しか見えていないのだろう。
「馬車の運転なんてできねえよ」
「依頼を受けた割には随分と不機嫌ですね?達成可能と踏んだから受けたんでしょ?」
「本意ではない……とだけ言っておく」
正直なところ、今回の件は乗り気ではない。
少し……ほんの少しだけ報酬に目が眩んでしまって依頼を受けてしまったが、受けた今でもこの判断が良かったのか迷っているところもある。
そもそも冒険者(仮)は騎士団や傭兵と違って命のかかる依頼を受けない。
当然だ――
「俺は生きるために仕事をしてるんだ。仕事に命を懸けたら本末転倒だろうが」
その言葉にエマは「うーん」と、少し考え
「そうですか?私はお金のない人生なんて、死んでるのと同じだと思いますけどね」
「……いっそ、清々しいよおまえは」
流石に女だてらに旅商人をしてるだけはある。
余談だが、この世界における女性の人権は結構高い。組織の長を務めたり、一人で行商ができるくらいにはだ。
本来の中世ヨーロッパレベルの文明ではありえないことだが、きっとこれには信仰上の最高神が女性である女神教が影響が大きいのだろう。
後は、スキルやレベルによって男女の戦闘力の差がなくなることも多少は影響があるかもしれない。……数が少ないから多少だがな。
「くくく……この商いが成功すれば、念願の自分の店を持つことも夢じゃない……」
かといって、ここまで野心丸出しの奴も珍しいけどな。
……まあ、今から神経を尖らせても仕方ないか。
こんな整備された街道で襲ってくる奴などいないだろう。
本番は、山道に入ってからだ……
平原の切れ目から山へと向かう道が見えてくる。
ここが件の山道である。
日が暮れてきたせいか、それとも俺の気分の問題か、山全体から不気味な雰囲気が漂っている。
心なしか、山道の入り口が人を飲み込む魔物の口にも見えて……いや、気のせいだな。
「……今日はここで夜を明かして、明日の早朝から山道に入る。いいな?」
「まあ、流石に夜を徹して山道を超えろなんて言いませんよ」
どうだか、俺は言われる覚悟はしてたぞ。……気絶させても止めるつもりだったけどな。
意思確認も済んだので、二人で野宿の準備をする。
「…………」
俺も仕事柄野営の経験はあるが、それほど頻繁に行うわけではないので結構まごついている。
その点、エマは手際がいい。
「流石行商人といったところか」
「当然ですよ。私はプロですよプロ。野営のプロですから!」
せめて、商人のプロであって欲しかった。
「あ……あれ?火打石……ないな?……どこいったかな?」
野営のプロ……なにをやってるんだ。
エマは焚火に火をつけようとするところで、火打石が見つからず右往左往している。
……仕方ないな。
「ちょっとどいてろ」
俺はエマをその場から退かし、重ねられた薪の前に手をかざす。
そして頭の中で火が起こるように念じると、手のひらから火が飛び出た。
「うそ……0魔法……?」
エマが驚愕の表情を浮かべる。
ふふ、気分がいいぜ……
火のついた焚火を囲み、夕食の準備をしながらエマが話しかけてくる。
「まさか2スキルを持つあなたが0魔法を習得してるなんて思いませんでした」
「まあ、何かと便利だからな」
エマが驚いたのには理由がある。しかしそれを説明するには魔法の解説をする必要がある。
魔法――異世界三大チートの一つに数えられるこれは、この異世界にも存在した。
スキルとしてだ。
しかし、【魔法】スキルを持っている奴しか使えない……ということではない。
どうやらこの世界には魔法というものが元々存在するらしく、故に訓練さえすれば誰にでも扱うことができるのだ。
………………訓練期間十五年くらいだがな。
そりゃあ驚かれるよ……扱う人少ないしな……
その上、困難を乗り越え習得したこの魔法……威力が大したことない。生活するには便利ではあるが、戦闘に耐えられるレベルではない。スキルを所持することによって始めて魔法が戦闘レベルまで昇華されるのだ。
――スキル保持者以外の魔法が、0魔法と呼ばれる所以である。
……それにしたって、レベルにしても0魔法にしても、どうしてこんなに習得に年単位の時間がかかるんだよ……他の異世界転生系主人公なら挫折してるぞ。打ち切りだよ打ち切り!
――ん?この世界の住人に魔法を習得してる人が少ないのは何故かって?魔法が使えるようになるなら何年かかっても、みんな訓練するだろうって?
いや?しないだろ。……そりゃあ、前の世界の住人だったらみんな取得するだろうよ。なんせ、この世に存在しないはずの奇跡なんだからさ。
だが、この世界にとって魔法は珍しいが奇跡って程じゃない。0魔法じゃ威力も低い。
そんな物のために毎日毎日訓練に時間をさけるのか?十年以上、何の成果も出ないのに?
……あ、いや、確か主婦は0魔法を習得する人が多いって聞いたことあるな。確認したことはないが。
「いや~私も時々は訓練はしてるんですけどね?いろいろ忙しくて……習得はあと十年……いや、出来ないかもしれませんね」
この反応が、この世界の人の一般的な回答である。
「まあ、無くて困るものでもないからな」
「……でもよくよく考えれば、その年齢で0魔法習得してるっておかしくないですか?失礼ですが、年齢は十五~六くらいですよね?」
「どうしても使ってみたくてな、集中的に訓練したんだ」
ちなみにこれは半分本当で半分嘘である。
習得に十五年かかるというのは毎日少しずつ訓練した時の話であり、集中的に訓練すればもっと習得は早まる。そして俺は精力的に魔法の訓練を行ってきた。だから習得が早まったところはあるだろう。
だがこの若さで扱えるのは……0才から訓練開始したからだ。
ふふ、異世界転生のアドバンテージを使わせてもらったぜ……
俺は持参した食材を取り出し、夕食の準備を始める。
「ず……随分豪華ですね……」
「俺はね、騎士団や傭兵の様に食べられれば何でもいいなんて、殊勝な考えは持ち合わせていないんだ。無論、一人で食べるつもりはないから安心しな」
「あ……ありがとうございます……」
ふふっ、報酬を考えれば安いものだ。
「一つ疑問があるのですが……」
二人で料理を作っていると、エマがポツリと呟いた。
「何故あなたは……いえ、あなた方は、今回の件をそこまで警戒されてるのですか?正直、そこまででもないかと思うのですが……」
「過剰……に見えると?」
「私から見れば」
エマは鍋の中身をかき回しながら続ける。
「私も商人の端くれ、これまで護衛を雇ったことも沢山あります。その中にスキル持ちもいましたが……はっきり言って、常軌を逸した強さとしか表現のしようがありません。……ましてやあなたは2スキル。同等の相手と出会うことだって稀でしょう?それが何故、山賊ごときに恐れているのですか?」
そうか……そう見えるのか。
「それは認識の違い……いや、情報不足だな」
「情報不足ですか?いったい何の……?」
「騎士団のだよ」
エマは俺の言葉に対し「騎士団……?」と返すだけであった。あまりピンときてないのだろう。
「そもそも山賊が現れ騎士団が山道を封鎖したと聞いたとき、おかしいと思わなかったか?」
「え?いや、珍しいとは思いましたけど……」
「俺はこう思ったよ。何故討伐できなかったのかと」
「それは……相当手ごわい山賊集団だったんじゃないんですか?」
「それが間違いなんだ。いいか、この国に騎士団を超える戦闘集団なんて存在しない。高レベルだろうが2スキルだろうが奴らに目を付けられたら終りだ。お前の言葉を借りるならば、常軌を逸した集団を取り締まれるのが騎士団なんだ」
――この国における騎士団とは、前の世界における軍隊に相当する。
そして軍隊である以上、この国において比肩すべき戦力などあってはならない。
故に騎士団の構成員は、ガチのぶっ殺し集団である。
血反吐を吐く程の戦闘訓練を、スキル持ちと戦う為の戦闘考察を、レベルを上げる為の戦闘実践をすべての団員が高い水準で実践している。
……しかし、エマが勘違いするのも無理がない。騎士団は基本的にクリーンなイメージを人々に与えている。警察的な仕事もしてるし、何より規則が厳しい。
……それが、俺が騎士団に近付きたくない理由でもある。
「そんな騎士団が討伐にてこずり、山道の封鎖をするしかなかった。こんな状況の山で何もないということはないだろ。……俺が思うにだがな、早々に諦めた商人はそれをわかっているんじゃないか?」
そんな俺の言葉にエマは顔を青くする。
「……どうする?」
「え?」
「今ならまだ引き返せるぞ、依頼料も全額返したっていい」
「いえ、行きます!」
エマが脊髄反射で答える。
「私も覚悟をしてここまで来ました。例えどんな結果に為ろうとも、こんなはずじゃなかったなんて言うつもりはありません」
どうやら意志は固いようだ。ならばもう何も言うまい。
事ここに至っては、覚悟を決めるしかない。ならば――
「これが最後の晩餐にならないことを祈るか」
「縁起でもないこと言わないでください!」




