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騎士学園のドン・キホーテ  作者: かきな
オリジナル
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第二話 見定められる体力測定 後編

「体力測定の監督をする、聖騎士会会長の千宮直樹だ」


 春の陽気に照らし出されたグラウンドの中央で直樹は幾人もの体操着の新入生の前に立っていた。体育座りで並んだ新入生の眼差しを一身に受け体が強張る。それもそのはずだ。どういうわけか、彼の目の前に並ぶ三十人の新入生は皆、女子生徒なのだから。


「今日はお前らの基本的な身体能力を知るためのテストを受けてもらう。学籍番号順に各種測定を行っていくぞ」


 確かにこの日の体力測定の監督を聖騎士会は引き受けていた。その方が騎士科の学生にとってはやる気も出るだろうという学校側からの申し出だったのだが、それに茶々を入れたのが副会長の秋である。


『私が男子を見て、君が女子を見た方が一層やる気が出るとは思わないかい?』


 不純なように思えるが、それによる効果も確かにあるだろうと学校側は判断したのだろう。故に直樹は今この場で必死に平静を保ちながら女子生徒の視線に晒されているのだ。


 そんな中で一際輝いた視線を浴びせているのが身長故なのだろうか最前列に座る冬華であった。依然として寝癖を付ける彼女の頭を見て直樹は呆れたように嘆息する。しかし、そのおかげか直樹は少し余裕を取り戻した。


「始めるぞ。名前を呼ばれたら前に出ろ」


 そうして始まった体力測定。比較的薄着の女子の相手をすることは直樹にとっては中々に苦痛ではあったのだが、入学したばかりの彼女たちの方も学園最強である彼と接することに緊張しているので、彼にとってはあり難い距離感が新入生との間にあった。


「次、伊吹冬華」


「はい!」


 学籍番号は名前順に付けられているため、冬華の名前はすぐに呼ばれた。威勢よく返事をした彼女はグラウンドに白線で書かれた円の中に入り、そこに置かれたハンドボールを手に取った。何度か感触を確かめるように握るも、どうやら手が小さいせいで上手くグリップできていないようだ。


 投げるまでの準備に四苦八苦しているとようやく納得できる握り方ができたのか、一度大きく息を吐き出す。そして、大きく息を吸い込むとその瞳を見開いた。


「いきます!」


 冬華は円の端から助走を付けて思い切りよく振りかぶった腕でボールを投げた。その投球フォームは基本に忠実で、お手本かと思うほど様になっていた。彼女の動きに対して直樹は素直に感心する。体の使い方をしっかりと理解しており、さらにそれを実践できる能力は評価に値すると思ったのだ。


 けれど、それで結果が出るのはボールをしっかり握り、前に投げることができた場合のみである。


「はうあ!」


 どういうわけか真上から落ちてきたボールが頭を直撃し、冬華は可愛らしい声を上げた。


 上手く握ることのできなかったボールはその完璧な投球フォームから直上に飛び立ってしまったのだ。


「……二メートルか」


「え、え? どういうことですか?」


 不幸中の幸いだったのは景気よく跳ね上がったボールが前に落ちたことだろうか。冬華は遠方に放り投げたはずのボールが目の前に転がっていることが理解できず戸惑った様子を見せていた。


「あ、もしかして校舎に当たって跳ね返ってきたんですか?」


「校舎まで何メートルあると思ってるんだ、お前は」


 どこか腑に落ちていない様子を見せるも冬華は転がるボールを拾い上げ、二投目を行う。


「えいっ!」


 先ほどの反省を生かしたのだろう。冬華はしっかりとボールを握りしめ、投球を行った。そう、彼女は失敗から学ぶことができるのだ。


 けれど、それが必ずしも成功につながるとは限らない。強く握りしめられたボールはリリースされるべき場所で手から離れず、振り切った場所で彼女の手を離れた。故に、向かう先は地面であり、叩きつけられたボールは天高く跳ね上がるのだった。


「……」


 直樹は天を仰ぐ。そして、それが落ちてくるのを待たず手元のクリップボードに挟まれた記録用紙に結果を書き込む。


「記録なし」


「そんなぁ!」


 冬華の足元に残るボールの跡が哀愁を漂わせる。


 こうして、冬華のハンドボール投げは記録二メートルという最低点を記録した。その後も上体起こしや立ち幅跳び、握力などを測定していく。


 そうして無事に体力測定の全工程を終え、更衣室へと新入生たちが去っていったグラウンドで直樹は手元の記録用紙を無言で眺めていた。


「……」


 伊吹冬華。全ての測定において人一倍の懸命さを見せていたのだが、それに結果が伴うことは一つもなかった。いや、唯一長座体前屈という柔軟さを測る種目だけは人一倍に見合った記録を出していた。


「これは……」


「どうでしたか、師匠!」


「うおっ!」


 測定を行った女子生徒は全員帰ったものだと思っていた直樹は突然、隣から顔を覗かせた冬華の姿に思わず驚きの声を漏らす。


「まだいたのか」


「はい。結果を教えてもらってませんから」


 自身の結果は知っているはずなのにまだ希望があると思ってるのかと直樹は呆れるも、彼女の姿を視界に入れるととっさに距離を取った。


「師匠?」


 いきなり距離を取られたことを不思議そうにする冬華の姿は先ほどまでの体力測定で流した汗で体操着が張り付き、その小柄ではあるが健康的な体のラインがはっきりと主張していた。汗に濡れる髪も直樹の目にはどこか扇情的に見え、それ故体が強張るのだった。


「どうしたんですか、師匠」


「なんでもない」


 そう言って近づこうとする冬華に合わせて直樹も下がる。


「え、でも、距離がありませんか?」


「気のせいだろう」


 それでも近づこうとする冬華とそれでも近づかせない直樹の二人は一定の距離感を保ったままグラウンドをぐるぐると回り始める。記録を眺めながら後ろ向きに歩く直樹はとうとうため息を吐いた後に立ち止まる。


「伊吹だったな」


「は、はい!」


 名前を呼ばれて冬華は立ち止まる。


「手応えはあったか」


「もちろんありますよ! 私、自分の全力を出し切りましたから」


「そうか」


 どこまでも能天気な自信を持ち続ける冬華に直樹は事実を突きつける。


「伊吹冬華、騎士科一年女子三十二名中、三十一位」


「ええっ⁉」


「なぜ驚く……」


 呆れる直樹に冬華はどこか恥ずかしそうに頭を掻く。


「いや、あの、次の測定のことで頭がいっぱいだったので、他の人の結果を見てなかったんですよ」


 冬華は照れ笑いを浮かべるも、次第にその表情を暗くしていく。弟子になれなかったことが、それほど残念なのだろう。


「言った通り弟子にはしない。他を当たるんだな」


「……はい」


 そう言って直樹は踵を返し、校舎へと歩き出す。振り返ることはしない。自分の背中を見る彼女がどんな表情をしているかを見たくなかったからだ。


「これでいい」


 罪悪感を押し殺すように自分に言い聞かせる。これで彼女は自分に寄ってこなくなる。これで学園最強の威厳を汚す心配がなくなる。


 夕日の赤がどこか自分を責めているようで、直樹は痛む胸に手を当てるのだった。


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