第一話 弟子入り拒否 後編
始業式が終わり、生徒たちが自身の教室へ帰っていくのを教員と共に二人は見送る。それもそのはずで、彼らには自身の所属するクラスというものが存在しない。教員と同等の権限を持つ彼らはこの学園では聖騎士会としての業務をこなすことで授業への出席が免除されているのだ。
「また君はああいうことを言う」
人の居なくなった体育館で教員が一人、彼に苦言を呈した。
「いいかい。確かに騎士は強くなければいけない。けど、それは後から付いて来るものだ。何も初めから強くなることを目的にしなくてもいいんだ」
「お言葉ですが、それでは俺の立場がないでしょう。俺はこの学園で最も戦闘能力に秀でているが故に騎士科の代表としてあの場に立ったのですから」
直樹が反論すると教員は苦い顔をする。
「確かにそうなんだけど……」
「いえ、先生がおっしゃることも理解しています。力を持ったとして、騎士道精神が根付いていない者では道を外れるかもしれませんから」
「そ、そうか」
「けれど、俺のスタンスは変わりませんから」
そう言い残し直樹は踵を返す。彼が出口の方へと歩き出すと、壁際で腕組みをしていた秋が顔を上げた。
「終わったか」
教員から解放された直樹の姿を見止めると彼女は歩み寄ってくる。隣に並ぶ彼女の方を直樹は一瞥もせず歩みを進める。
「ようやく会長解任かな?」
「馬鹿言え。単なる小言だ」
「まあ、あんなことを言えば当然じゃないかな。騎士に求められるのは強さだとか、さすが学園最強の会長様は言うことが違う」
彼女はからかう口調でそう言う。そんな彼女に直樹はため息を一つ漏らす。
「お前も同じようなものだろう」
「いやいや、私なんかが会長様と同じだなんておこがましい」
彼女は組んでいた腕を解き、やれやれと言った様子で首を振る。
「それに、会長様曰く私は“弱い”みたいだからね」
「……それについては謝っただろう」
「私は根に持つタイプだからな」
彼女はそう言いながらも、あまり真面目に彼を責めている様子はなかった。そんな彼女もまた役職を持っているが故にこの場にいる。
学園最強の隣を歩く彼女は学園次席の実力者である。聖騎士会の会長を決める一戦、一対一の決闘で彼に敗れた彼女は聖騎士会の中で副会長の座を与えられた。その時、彼が彼女に言い放った言葉が『弱いな』だったのである。
「あの時は頭に来たが、理由を聞けばなんてことはない」
秋は愉快気に笑みを浮かべながらに語る。その憎たらしい程に勝ち誇った表情に直樹は嘆息を漏らした。
「誰にも言ってないだろうな」
「もちろん言わないさ。それに、言っても誰も信じないだろうからね」
彼女が直樹との距離を詰めようと一歩近寄ると、それに合わせて彼は一歩遠ざかる。何度かそれを繰り返し、彼女は彼の顔をニヤリと口元に笑みを浮かべ見つめた。
「まさか学園最強の騎士様が女性恐怖症だとはね」
学園最強の戦闘能力を有する彼であったが、唯一の弱点がその女性に対する恐怖心であった。最も、ただ戦うのであれば恐怖も何もない。彼は女性の女性らしさに恐怖を覚えているのである。
「過度に近づくな」
「大げさだなぁ」
ふわりと香るシャンプーや石鹸の匂いでさえ苦手意識を抱くのだから、彼が彼女の接近に応じて後退するのも無理のないことである。
「女の子に寄られたくないから遠ざける意を込めて『弱いな』だって?」
「だから悪かったといってるだろう」
近寄り難い雰囲気を出せば彼の危惧する女子の接近は避けられるだろうと考えていた直樹であったが、負けん気の強い秋には逆効果だったようで『弱いな』と言われたことを根に持ち、何度も突っかかってくるのだから彼もその理由を打ち明けざるを得なかったのだ。
そうして二人が体育館から出て渡り廊下に差し掛かると、既にホームルームが始まっている時間であるにもかかわらず一人の女子生徒がそこに立っていた。
二人はそれを不思議に思いつつも廊下を渡ろうとすると、少女は二人の前に立ちふさがった。それに立ち止まると直樹は少女に視線を向ける。その顔には見覚えがあった。短めの髪をふわりと浮かせ、輝きを含んだ大きな瞳が彼を捉えて放さない。
「あ、あの!」
意を決したように口を開いた少女の声は存外大きかったようで、直樹だけでなく彼女自身もいくらか驚いた様子を見せた。
「会長さんですよね」
「そうだが……君は?」
「あ、ええと、私は騎士科一年の伊吹冬華っていいます」
冬華は頭を下げる。
「新入生がなんのようだ」
彼女が新入生であると分かると、直樹は少し語気を強め威圧するように問いかける。それは新入生に近寄り難いと印象付けるためであったが、頭を上げた彼女の表情を見るにあまり効果はなかったようだ。
「会長さんにお願いがあるんです」
冬華はその言葉と共に一歩、直樹に近づく。適度な距離を取り対応していた彼はこちらに踏み出してきた彼女に少し焦る。
「おやおや」
そんな彼の様子を秋は口元に手を当て愉快気に眺める。冬華は直樹との距離をどんどん詰めていき、最後には十数センチの辺りまで迫った。
「私を……」
「……」
身長差を表すように冬華は直樹の目を見上げるように見つめた。
「私を、弟子にしてください!」
「断る!」
直樹が間髪を入れずに断ると冬華は驚いた表情を浮かべ、秋は堪え切れずに笑い始めた。
「ど、どうしてですか⁉」
「どうしてもなにもない。俺は弟子を取ってはいない」
「あ、じゃあ、私が一人目ですね。一番弟子に恥じないように頑張ります!」
「なぜ取られた前提で話す。俺は弟子は取らないと言っているだろう」
「大丈夫です。二番弟子でも不貞腐れたりしません!」
「話が通じないのか!」
「お願いします、私本気なんです!」
すがるように迫ってくる冬華に直樹は後退しながら拒絶し続ける。けれど、一向に折れる気配を見せない冬華と事情を知っているが故に腹を抱えている秋の姿に直樹はとうとう耐えきれなくなり、渡り廊下の手すりを飛び越え中庭へと飛び降りた。
「ええっ⁉」
「あっはっは」
予想外の出来事に驚愕を顔に浮かべながら冬華は逃走する直樹を目で追った。自分も飛び降りるべきかと思案しつつ、渡り廊下から見下ろした地面が思ったよりも遠くに見え、手すりに乗り上げた体を戻すのだった。
「断られてしまいました……」
「残念だったね」
肩を落とす冬華に秋が声をかける。
「貴方は?」
「私は紅葉秋。聖騎士会の副会長だよ」
「あっ、そうですよね。会長さんと一緒にいるんですから聖騎士会の人ですよね」
冬華は一人納得するように何度か頷いて見せた。
「あの、会長さんはどうして弟子にしてくれなかったんでしょうか」
「んー、どういうべきかな。君が悪い訳じゃないとも言えるし、君が悪いとも言えるし」
「やっぱり、私が一番弟子に値しないからでしょうか」
「そこは論点じゃないかな。一つだけ言えることは、君に非はないってことかな」
その言葉に冬華は首を傾げる。
「私が悪いのに、非はないんですか?」
「そうだね」
「難しいですぅ」
再び肩を落とす冬華を励ますように秋は彼女の肩を叩く。
「押して駄目なら押し付けろというだろう。君のその体で当たっていけば、いつか折れてくれるさ」
直樹の慌てふためく様を想像しているのか、秋は愉快気に口元を緩めながら冬華に助言する。
「そうですよね! 私、また会長さんにお願いしてみます!」
秋のどこか可笑しな助言を冬華は一切の疑問を抱かず受け取る。落ち込んだり元気になったりと忙しい彼女の様子を秋は楽しそうに眺める。
「ところで、私には弟子入り頼まないの?」
「はい!」
「あ、そうなんだ……」
元気よく答える冬華の無垢な笑みに秋は何とも言えない気分になるのだった。




