第一話 弟子入り拒否 前編
桜舞う校内を初々しい表情を浮かべた少年少女たちが練り歩く。張り出された案内に従い彼らは一つの流れを作り出した。校舎の二階から渡り廊下を進み、彼ら新入生は体育館へと誘導される。入学式を終え、この春原学園は始業式を迎えようとしていた。
「今年も、男女比は相変わらずか」
そう言って三階の窓から校門辺りの様子を伺う、おそらく在校生であろう青年が呟いた。短く切られた前髪はくせ毛に曲がる。寝ぐせの様に乱雑な頭髪は毎朝のブラッシングに打ち勝った天然の癖なのである。
窓枠にもたれるようにし、外を眺める青年の名前は千宮直樹。この学園の騎士科に所属する三年生である。
「それもそうだろう」
彼がその視線を室内に戻すと、彼同様、制服に身を包んだ少女の姿があった。
「年々騎士科の女性人気は高まる一方だ。最も、その理由は様々だがな」
吐き捨てるように言い放つ少女の名前は紅葉秋。長く伸びる髪を後ろで括った彼女はその尻尾のような髪を揺らしながら大げさに嘆いて見せた。
「カッコいい私だけの騎士様を探すためにやってきて、お姫様気分で三年間を過ごす。何とも騎士科の本分にそぐわないとは思わないか?」
「そうだな」
同意を求められ直樹は頷く。それに満足した秋は教室というには少し狭い部屋の中央に置かれた長テーブルの上に腰掛けた。制服の短いスカートから健康的な足が覗く。それから目を逸らすようにして彼女の前を通りすぎる。
「はしたないぞ」
「おや、学園最強と名高い君が私程度の魅力に参ってしまったのかな?」
ふふんと、鼻を鳴らし秋はどこか勝ち誇った顔をする。けれど、そんな秋の挑発的な表情を一瞥することなく直樹は部屋から出て行ってしまう。
「あ、ちょっと」
そんな彼を追うように彼女もまた部屋を後にする。二人がでてきた扉の上には『聖騎士会室』と書かれたプレートが設置されていた。
「置いていくことはないだろう」
「時間だったからな」
追いついて来た秋にそう言うと、二人は並んで歩く。二人の間に空けられた距離が彼らの微妙な関係性を現していた。
彼らはこの学園に設置された聖騎士会に所属している。聖騎士会とは、学園の、主に騎士科の運営をスムーズにすべく、生徒の中から選抜された者達によって構成される組織である。主な目的はイベントの補佐であるが、その権限は教員のそれと同等に与えられており、施設の使用や行事の企画立案なども一任されている。
「始業式の会長挨拶だっけ。ちゃんと考えてきているんだろうね?」
「当然だ」
そんな聖騎士会の中で彼は会長という役職を持っていた。騎士科からの選抜は主に騎士としての実力、つまり戦闘能力によって決められる。彼に与えられた会長という役職はつまるところこの学園最強を表しているのだった。
学生たちが体育館に移動し終えたであろう頃、二人は人の居ない渡り廊下を進み、体育館へと辿り着いた。中に入ると、所狭しと並べられたパイプ椅子に座る生徒の背中が見えた。皆が一様に制服に身を包むので、赤と白の垂れ幕の様に縁起の良い光景が広がっている。
二人はそんな紅白を避け、体育館の脇を通り前方に用意された役員用の席に腰を掛ける。隣に座る教員たちに頭を下げていると、体育館のスピーカーからノイズが鳴り出し、司会進行を行う教員の声が室内に響き始めた。
「ただいまより、春原学園一学期の始業式を始めます」
そうして学園長の話が始まる。
この学園は普通科と騎士科の二つの学科が存在する。普通科では他の高校と変わらない教育が受けられる。学園の人気もあって偏差値は高いが、私立高校であるが故に学費が高く、普通科の生徒の大半が金持ちであった。
一方の騎士科は国策として設立された騎士団の団員育成のため学科であり、独自のカリキュラムによって騎士の育成を行っている。
そんな二つの学科が一堂に集まるのだから学園長の話も当たり障りのない内容になってしまい、騎士科に所属する二人にとっては退屈な時間であった。
「続いて、騎士科生徒代表、千宮直樹くんからの挨拶です」
司会の言葉に直樹は立ち上がる。すると新入生の方がざわつき始めた。あれがこの学園の最強。それは新入生たちの興味を引くには十分すぎる肩書であった。
そうしたざわめきを背に直樹は壇上に登る。中央のマイクの前に立ち全校生徒の方に向き直る。皆が学園最強の姿を認めた時、どこからかガタリとパイプ椅子のなる音が聞こえてきた。
直樹がその方向へ目を向けると、そこには一人立ち上がりこちらを見つめる新入生の少女の姿があった。その少女は驚きと歓喜が入り混じったような表情で彼を見つめていた。けれど、その大きな瞳に射抜かれた彼は怪訝そうに眉をひそめる。
「席に着いて下さい」
司会者の注意により少女は我に返ったのかしきりに頭を下げながら着席するのだった。
なんだったのだろうかと思いつつ、直樹は一つ咳払いをしてから挨拶を始めた。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。ここには普通科の生徒もいますが、私は騎士科の代表として挨拶をさせて頂きます」
落ち着いた声が響くと新入生たちのざわめきも鳴りを潜めた。
「皆さんは本日より騎士になるために一層鍛錬していくこととなります。その中で騎士に必要なものは何か、という疑問を抱くことでしょう。騎士道には騎士の十戒というものがあります。それは勇気であったり、忠誠であったり、信念であったり。それらは騎士に求められる行動の規範となるものであり、それらは騎士の持つべき思想を表しています」
幾人かの教員が直樹の言葉に頷く。騎士とはかくあるべきであるという思想は現代に不似合いな固定観念かもしれない。しかし、そこに示された規範はこの現代においても確かに求められている騎士像であり、この学園が育成していく健全な精神の指針であった。
「けれど、その中に一つ例外が存在します。それは戦闘能力、騎士は何よりも強くあるべきだと騎士道は定めています」
その言葉に頷いていた教員たちは途端に眉をひそめ始めた。
「勇気、忠誠、信念。確かに大事な思想であり、それを抱くことが騎士としての規範となるだろう。だが、何かを成すためには、何かを貫き通すためには、何者にも屈しない力が必ず求められるだろう」
余所行きの口調が崩れていく直樹を秋はどこか冷ややかな目で眺める。
「その時のために必要な力を身に付けろ。以上、聖騎士会会長、千宮直樹」
淡々と締めると、彼は壇上から降りた。静まるその空間では呆気にとられる新入生の姿が見られた。それを横目に彼は席に戻った。隣に座る秋に小突かれながらも、この日の聖騎士会としての仕事を彼は終えたのだった。