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Wave 2 試着室ラビリンス

「…やべぇー」


 南美は店内の休憩スペースの机に倒れこみ,ぐでーんと意気消沈していた.あのまま試着を続けていたら危なかっただろう.何がどうなってしまっていたかは,本人すらもわからない.ただあの場で,何者なのかわからないそういう感情を,身体で表現してしまっていたかもしれない.


 何がそうさせるのだろう.

 南美は以前から女性へ特別な感情を持つことが多かったが,基本的に理性は制御できていた.好きな女性に対して,どこか「面倒見のいいお姉さん」のようなムーブをすることに,南美は心地よさを感じていた.今回はそれとは違う…なんとなく分かってきたことだ.


 好きな女性…?

 私にとって澄音は「好き」の対象なのか?

 そんな自身への問いかけに,すぐに首を振った.


「だってさ,今までの彼女ってみんな年下だったわけだし.そうだよ,やっぱ年下ちゃんなんだよね,私に似合うのは」


 少し先にある試着室では,意識をすればガサゴソと物音がするのがわかる.その個室の中には,堂々たる試着を行う澄音がいる.カーテン1枚に遮られてその姿は見えないが,南美は変わらずに視線を動かせないままでいた.


「はぁ.勢いで買っちゃったけど,まりなには似合わないって言われたしな」


 まりなーーー大浦まりなこそ,昨日南美と別れた元カノである.1週間前のユニクロデートで「南美先輩…美人系の服は微妙です」とストレートに言われ,南美には精神的にグサッときたものがあった.


「ブラウス…はぁ.大日さんの口車にうまく乗せられちゃったわけだ.まぁ,いいけど」

「毎度ありがとうございましたー!」


 南美の思考に割って入った朗らかな声.店員が深々と頭を下げた先には,いつの間にか買い物まで終えた澄音の姿があった.試着の末に自分が気に入ったものがあったのだろう.すでに彼女は,買ったばかりの謎チョイスーーーオーバーオールを身に着けていた.


 澄音はそうやって,自分で服を選べるんだ.大学のクラスでもそうで,なんでも1人でやるのが彼女.

 少しくらい私に意見を求めてくれてもいいんじゃないか.

 はぁと息をつきながら,南美は内心焦っていた.


 澄音がこちらに気づかないまま,店をあとにしようとしているからだ.


「あ,あぁちょっと」

「ありがとうございましたぁ~!」

 

 店員の声に背中を押されながらも,南美に呼び止められ,澄音は自動ドアの前で足を止めた.

 よかった,気づいてくれた.

 そんな南美の安堵は,すぐに流されることとなった.


「…プイッ」


 澄音は火照った頬を膨らませ,にらみを利かせている.あまりの急展開に対応できず,その場で固まる南美をよそに,澄音は外へ出て行った.


「へっ…なん,で?」


 おそらく彼女は怒っているのだろう.顔の赤らみとにらみ方からして,ただ事ではなさそうだ.

 南美はなにも分からないまま,本能的にあとを追いかけた.「お洋服お忘れですよー!」という店員の声は,最後まで南美の耳に届くことはなかった.




「大日さんッ…!」

「…長狭さん」


 澄音は先へ行ってしまっているかと思われたが,案外すぐ近くにいた.

 このアパレルショップはビーチに面している.そして店頭に立てかけられたサーフボードの前,澄音は南美を待っていた.まっすぐ立ったまま横目で見下ろしてくる澄音の姿は,いとも簡単に南美を委縮させた.


「あ,あの…」

「長狭さん…どうして試着室のカーテンを開けちゃったんですか」


 試着室のカーテン….

 我慢できなくなって試着室を飛び出したときだ.


「びっくりしたよ.わたし,あのとき下着だったし.だって,お店の外にいた男の人と目が合っちゃったんだよ」

「ご,ごめん! ほんとにごめんなさい.まったく考えられなくて…」

「なんで急に飛び出したのかなって.わたしが着たあとのブラウス…もしかしてイヤだった?」

「そういうんじゃないの! なんかもう,ほんとに…頭が真っ白で」


 南美の必死な様子を見て,澄音は表情をやわらげた.


「でもさ,わたしも悪かったよね.強引に試着室に連れ込んだりして.ごめんね」

「…澄音,さん」


 南美にとって初めてのことだ.対面する同級生は,まさに実姉のような優しい表情で包み込んでくれる.

 とどめのように,澄音は南美の頭に手を乗せた.


「意地悪しちゃってごめん.さ,ジュース屋さん行こ.のど,渇いてるんでしょ」

「…うん」


 澄音に背中を押され,南美は歩きだした.

 手をつないでみたい,という欲望は封じ込めて.


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