国王からの全力逃亡と、北の幻を求めて
大貴族の捕縛と邪竜の解体宴会から一夜明けた、翌日の早朝。
俺たち『スローライフ希望』の面々は、高級宿屋の部屋で旅立ちの準備を進めていた。
「ふわぁ……昨日はお肉食べ過ぎて、まだお腹がぽっこりしてるにゃ。」
ララが自分の虎斑の道着の上からお腹をさすっている。
「本当に、信じられないくらい美味しいお肉でしたウサ。」
ミミも幸せそうに微笑みながら、世界樹の杖を手入れしている。
「で、ユート。」
クロエが背中のバックパックを締め直しながら俺を見た。
「次はどこに向かうんだ。」
俺が新しいマップを広げようとした、まさにその時だった。
ドンドンドンッ。
「開けよ。」
「我らは王都近衛騎士団である。」
部屋のドアがけたたましく叩かれた。
「(……なんだ、朝っぱらから。)」
俺が警戒しながらドアを開けると、そこにはやけに豪華な鎧を着た騎士たちがずらりと並んでいた。
「おお、貴殿がユート殿だな。」
近衛騎士の隊長らしき男が、恭しく頭を下げる。
「国王陛下からの勅命である。」
「邪竜討伐の圧倒的な武功、並びに類まれなる料理の腕前を高く評価され、貴殿を宮廷料理長および名誉子爵として迎え入れたいとのことだ。」
「さあ、馬車へお乗り願おう。」
「「「えええええええええええっ。」」」
三人の弟子たちが素っ頓狂な声を上げた。
「師匠が貴族になるのか。」
「お兄ちゃん、お城に住むにゃ。」
「す、すごいですウサ。」
三人は目を輝かせているが、俺の内心は全く違った。
(冗談じゃない。)
(宮廷料理長だの名誉子爵だの、そんなものになったら毎日面倒な貴族の相手をさせられるだけだ。)
(俺の静かで平穏なスローライフが、権力闘争に巻き込まれて完全に終わってしまう。)
俺は一瞬で決断を下した。
「大変光栄なお話ですが、俺たちはただのしがない旅人です。」
俺は爽やかな笑顔を浮かべた。
「どうか陛下には、そのお気持ちだけありがたく頂戴するとお伝えください。」
「なっ。」
近衛騎士が絶句する。
「国王陛下からの恩賞を断るというのか。」
「それは許されん。」
「無理にでも城へ同行してもらうぞ。」
騎士たちが剣の柄に手をかけた。
(……やっぱりそうなるよな。)
「お前たち、荷物は持ったな。」
俺は背後の三人に小声で確認した。
「お、おう。」
「いつでもいけるにゃ。」
「はいですウサ。」
「よし、飛ぶぞ。」
「――【広域影移動】。」
俺が詠唱破棄で魔法を発動した瞬間、俺たち四人の足元に真っ黒な影の沼が広がり、体が一瞬で沈み込んだ。
「な、消えただと。」
騎士たちの間抜けな声を置き去りにして、俺たちは宿屋の部屋から完全に離脱した。
「にゃああああああああっ。」
「ひゃああああああああウサ。」
王都の屋根の上を、影から影へと跳躍しながら俺たちは全力で逃亡した。
「ちょっとユート。」
クロエが風に煽られながら叫ぶ。
「お城に行かなくてよかったのかよ。」
「当たり前だ。」
「権力者に関わってロクなことはない。」
「俺たちは自由気ままに美味いものを食う旅をするんだからな。」
俺の迷いのない言葉に、クロエは一瞬ぽかんとした後、吹き出すように笑った。
「あははははっ。」
「ユートらしいぜ、全く。」
「ララも、お城の堅苦しいご飯よりお兄ちゃんのご飯がいいにゃ。」
「わたくしも、ユートさんと一緒の旅が良いですウサ。」
朝日に照らされた王都の城壁を、俺たちは神速の跳躍で軽々と飛び越えた。
そして、王都から遠く離れた見晴らしの良い丘の上で、ようやく足を止めた。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば追ってこないだろう。」
俺は息を整えながら、はるか遠くに小さく見える王都の街並みを振り返った。
勇者の健太や聖女のセレスティーナ、そしてギルドのコネットさんは今頃どうしているだろうか。
まあ、彼らには彼らの物語がある。
俺には俺の、この騒がしい弟子たちとの物語があるのだ。
「で、師匠。」
クロエが期待に満ちた目で俺を見上げる。
「これからどっちに向かうんだ。」
俺は北の空を指差した。
「はるか北の大地に、どんな怪我も治す伝説の温泉郷があるらしい。」
「そしてそこには、究極の調味料を造る『幻の醤油職人』がいるという噂だ。」
「「「究極の調味料。」」」
三人の瞳が、あのカレーを食べた時のようにギラリと輝いた。
「美味しい予感がするにゃ。」
「次はどんなお肉と合うのか楽しみですウサ。」
「よし、行くぞユート。」
クロエが元気よく駆け出す。
「遅れるなよ、お前ら。」
「待ってにゃー。」
「置いていかないでくださいウサ。」
俺は賑やかに駆けていく三人の背中を見つめながら、柔らかく微笑んだ。
俺の望んだ静かなスローライフとは少し違うかもしれない。
だが、未知なる食材と愛すべき仲間たちと共に歩むこの旅は、決して悪くない。
俺たちの果てなきグルメ旅は、まだ始まったばかりだ。
【第一部 完】




