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【最悪仕様のチート魔法】空飛ぶ未来スマホと、【彼女】の帰還顛末記はステラ・マズルカニクル ――魔法使いたちの//クロスロード 時間遡行篇(C篇)単独連載版――  作者: 庭廷梛和
第2章 春休み中盤の新米師弟たち

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【#29】理不尽なポニテの魔女のくつじょく! ししょーが放った禁断の一言とは:二人の『読み』合いと、銀灰色の仔狼

 ドン引きしている俺やレベッカを(あざけ)るかのように、姉さまが口火を切った。


「最悪ですって。言われてるわよ、笙真」

「ボクが言われたわけじゃないし。リン姉こそ弁えたら?」

「あら、やけにチビスケちゃんの肩を持つじゃない。さっきだって、『あんな呼ばれ方』をされたくせに顔色一つ変えなかったし、いつからそんなに丸くなっちゃったわけ?」


 空中に、アルファベットのCの字を指で描くと、リニア姉さまは、先生(ししょー)を見上げて、(おど)けた口調を投げ込んでくる。


 どうやら、俺たち全員(「明かし」)が、共通して忌み嫌っている呼称(なまえ)――キャンディッド(日本語で「アバキ」)を、遠まわしに伝えたがってるみたい。


 そんな風に判断した俺の目線の先で、先生が肩を(すく)めて返事してみせた。


「いつって? ボクは昔からこう、だけど?」

「嘘おっしゃい。昔のあんたはもっと脊髄反射ばっかりな、全然(ぜーんぜん)可愛くないお子様だったんだから。『あの呼ばれ方』をされたのに、怒鳴り散らさない笙真なんて、なんだか薄気味悪いわ」


「気味悪いって……。さすがに酷くない? ボクだって、成長してるんだから当然でしょ?」

「ふうん、成長、ねえ。ま、いいわ。ところで、スヴァル君だっけ?」


 矢継ぎ早に話題を切り替えながら、先生(ししょー)の部屋の中ほどまで踏み込んできたリニア姉さまから、思いがけず、レベッカに呼ばせている名前で呼び掛られた。


「えっ、ああ? そうだけど、何?」


 痛みの残る首を咄嗟にもたげた俺は、甲高い割にはがらがら(・・・・)な仔狼の声で、問い返してしまう。


 《光学迷彩(カモフラージュ)》を施されて、不可視となった俺のEAP(スマホ)が置かれているはずの、先生のデスク。

 俺から外した視線を、素早く机上へと走らせていたリニア姉さまの姿に心がひやりとなる。


 更に視線を滑らせた彼女は、キャスターの付いた学習椅子を引いてみせた。椅子を少しだけ沈み込ませた姉さまが、背凭れとともに勢い良く反転する。


 腰掛けた椅子の上で、高らかに足を組んだ少女が、寝台の上で丸まり気味の伏せの姿勢に戻っていた俺たち(ポーリャ)の身体を堂々と見下ろしてくる。


「何って、空気ぐらい読みなさいよね。聞いてあげるけど、何なの、あんた?」


 着替えたばかりの黒のタフタで、身を包んでいる小柄な彼女は、言うや否や、頬杖のすぐ脇で、きれいな形の口の()を上げてみせた。


 未来の姉さまの原形に違いない、単刀直入過ぎなスタイル。俺は、内心で眉を(ひそ)めてやる。


 俺の秘密を、心拍経由で追加で「聞かせ」ないように、EAPへ《基板上のバリア》の再構築を命じるとともに、《ドヴォルザーク》での介入を絞り込むような調整を追加させた。


 充電中のEAPへの負荷は、先々のことを思えば、これ以上は避けておきたい。


 そんな俺の本音と、目の前のリニア姉さまの「読み」の厄介さを(ハカリ)にかけての選択(チョイス)だった。


 この時代の姉さまの力は、どれほどだろう。


 分からないなりに、先ほどの一戦で得た感覚を頼りにするしかない。俺の勘よりも、二段階分安全側に妨害強度(読み難さ)を設定する。


 EAPが作り出した、世界のどこにもまだ存在しないはずの、心を覗かせないための透明な防壁。

 守りの要が、レベッカに宿っていた「スヴァルくん」から人工の魔法(チル魔法)が支えるバリアに変わってしまっているだなんて、レベッカには思ってもみないことなのだろう。


 痛覚を丸呑みにした俺の隠れ蓑として、一人だけ表に取り残されたレベッカが、リニア姉さまに向かって、前足で星を押さえ込んだまま、いかにも果敢そうに吠えてみせた。


「スヴァルくんは、あーてぃなんとかの、えい、あいだよ! ベッカのともだちのオバケさんで、すごいんだから! いじわるしたら、ベッカが雨上がりにかくごなさい、するから、かくごしてよね!」


「AI? ね、おチビちゃん。AIって何か、わかって言ってるのかな?」


「うん、みやしろのおうちじまんのオバケさん! 知恵せんせえとスヴァルくんがね、ベッカにおしえてくれたもん!」


「ふうん、お化けで、AIねぇ……。あのさ、笙真。あんたも専門家のくせに、やけに静かじゃない。ホントに珍しくない? まあ、いいや。『本人』に直に聞けばいいだけだし。派手にしないから、知恵を呼ばないように、頼んだわよ、笙真!」


「もちろんだよ、リニアおばさん。いざとなったら、また水を掛けていいって、師匠に言われてるだけだし、安心しなよ」


「水は()しなさいよ。てゆうか、おばさん!? 今、おばさんって言った?」


 姉さまの向こうで押し入れに凭れて、赤いスマホを弄んでいた先生の言葉に、余裕ぶっていた少女のつま先がピタリと止まる。


 リニア姉さまの整った容貌が、さあっと音を立てるように一瞬で耳の先まで朱色に染まった。


「うん、言ったけど、おばさん。どうしたの、そんな顔して?」


「なんでそんな風に呼ばれなきゃならないのよ。リン姉さんって呼んでって言ってあったじゃない!?」


 リニア姉さまが、組んでいた足を崩して、思いっきり後ろを睨み上げた。


 ガタンと音がして、喚き声が部屋中に響き渡る。


「言われたけど、母さんの妹なんだし、叔母の方が正確でしょ?」


 面倒くさそうな素振(そぶ)りで、ようやく顔を上げた先生が十七歳の姉さまを見下ろして、目元を和らげた。


「そうだけど、わざわざ聞こえるように強調しなくたっていいんじゃない! あんたの三つ上なんだけど、私!?」


「ショウ兄ちゃま。このひと、お兄ちゃまのおばちゃまなの?」


「そうだよ、ボクの叔母のリニアさん。しばらくここに滞在するから、遅くなったけど、ご挨拶だって」


「勝手に『読んだ』風な言い方しないでよ! 《狐の鋏》の子供となんて、仲良くしたいわけないんだから! ――もうやだ、信じられない!」


 小柄な身体が、勢いよく椅子を蹴った。


 ポニーテールが大きく揺れて、つんのめりかけていた手足が、差し出された先生の腕をさっと振り払う。


 首元まで真っ赤になったリニア姉さまが、足早に部屋の外へと姿を消して、バッタン――! 扉の閉まる大きな音が、ピンと立っていたレベッカと俺の三角の耳をじいんと痺れさせる。


「まったくもう、リン姉にも困ったもんだよね」


 もう一度肩を竦めた先生が、俺たちの方を見つめ、左手にあるドアへと向かう。


 ドアノブを引き、部屋の外を覗き込んだ。


「『読むのは、おしまい』なんだから、大人しくしてなきゃだめだからね。文句ならあとでちゃんと聞くからさ、素直に下で待っててよ、リン姉さん?」


 まだ其処にいるらしいリニア姉さまと、寝台の上の俺たちの両方に聞かせたいのだろう。


 わざとらしい台詞を吐いた先生が、ゆっくりと扉を閉め直す。


 俺たちの方を振り返ると、彼は、黒と呼ぶには淡すぎる茶短髪の後ろ頭を右手で掻いてみせた。


 不可視にされていたくせに、USBケーブルで繋がれている俺のEAPを、無言のまま、視線だけで指し示してくる。


 昴もさ、中途半端にもほどがなくない?


 そう言わんばかりの彼の明るい色をした瞳に、改めて見つめられて、俺は、痛みを(こら)えながら、唯一自由になっていた仔狼の右目を瞬かせることしかできなかった。


「さ、今度はポーリャちゃんが、練習する番だよ。昴のおかげで、今は痛く無いんだから、消毒してから始めるからね」


 有無を言わさない口調でそう告げると、先生が銀灰色と白に分かれたレベッカの前足をそっと掴んだ。


 青いキャップを開いた傷薬のボトルから、ツンとした匂いが漂ってくる。


 俺の「読み」で強化できるよりも、ずっと感度の高い狼の嗅覚が、どこか懐かしい刺激臭にくすぐられて、痛みを感じるのがレベッカじゃないだけマシ。


 そう思っていた俺の決意を正面から揺さぶりに掛かってきた。

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