エピローグ
青空に白い雲が浮かんでいる。明るい日差しの下。凪いだ海面が太陽の光を反射させ、きらめいていた。吹き抜ける風には潮の匂いが混じっている。
この辺りに住む人々には『海の公園』と呼ばれるこの場所は、海岸線に沿うように縦に長く作られた公園である。
海と陸の境目にある柵に、半ば体当たりするように走り寄った空は、大きく息を吸い込んだ。
「おー、海だー!」
と、当たり前のことを大声で叫んでご満悦である。
夏休みも残り少なくなったこの日。
空と海、そして光は『宿題早く終わらせて遊びまくろう計画』のその一。海へ行こうを実行していたのだった。
当初の予定では海水浴へ行くことになっていたのだが、海と光の喧嘩に、事件が重なって、結局行く機会を逃してしまった。今はもう、クラゲだらけでとても泳げる状態ではない。
そこで泳ぐのは諦めて、空たちの住む町から一番近い、海の見える場所へ来たのである。
「気持ちええなぁー」
海が空の横で、伸びをしている。
「ほんとだったら泳げたのになぁ。おまえらが喧嘩するからぁ」
空が恨めしげに海に目をやる。
「あ、はっはっは」
何故か笑いながら、海は後ろ歩きで空から離れた。
空は、肩をすくめて彼から視線を離し、眼前に広がる大きな海にまた目を向けた。
光はそんな二人の背後に設けてあるベンチに座っていた。
「おまえも、もうちょいはしゃいだらええのに。空みたいに」
海が光に気付いて走り寄ると、隣に腰かけてそんなことを言った。光は、拭いていた眼鏡をかけ直す。以前のノンフレームの眼鏡ではなく、予備の黒ぶち眼鏡のままだった。頭を殴られたときに、眼鏡を失くしてから、結局見つからずじまいだったのだ。
「あんな馬鹿みないたことできないよ」
「それ、空に言うたらまた拗ねるからやめてや」
そう言って、背もたれに身体を持たせかけた。上を向き、大きく息を吐きだす。
「どうした?」
光が、海の様子が気になったのか、そんな風に尋ねた。
あの事件に関わる少し前あたりから、海の様子がおかしかったことには、光も気づいていたのだ。ただ、どうしていいか分からず、こじれてしまった。今はもう、仲直りできたけれども。
「なんかさ、色々あったやん。石井さんも川崎さんも、それから桜田さんも。十数年しか生きてへんのに、簡単に命奪われてさ。まだまだやりたいこととか、一杯あったやろうに。そんなん考えてるとさ。人は、何のために生まれてくるんやろうとか、考えてもうてな」
伊藤静の起こした事件が明るみに出た時。マスコミはこぞってこの事件を取り上げた。だが、数日たった今では別に起こった大きな事故が連日報道されている。あの事件が人々の記憶から忘れ去られるのも、時間の問題なのかもしれない。
そんなやるせない思いを、海は抱えていた。
「らしくなく感傷的だな。……人は何のために生まれてくるのか、か。僕も、前に考えたことがあるよ。結局答えは出なかったけど」
光の言葉に、海は彼に顔を向け力なく笑って見せた。
「何や。おまえでも無理か」
光は難しいよと、肩をすくめた。
「何だよ。そんなことで悩んでんの?」
二人に背を向け、海を眺めていたはずの空が、不意に声を上げて振り向いた。二人の会話がよく聞こえたものだ。光と海がそろって空に視線を向ける中、空は朗らかに笑って言葉を紡ぐ。
「何のために生まれてくるのかって? そんなの決まってるじゃん。人は、生きるために生まれてくるんだよ」
強く風が吹き、空の髪が大きくなびいた。彼の背後にある青い海が、太陽の光に照らされて、きらきらと輝いて見える。
「どんなに短くてもさ、一生懸命生きるために生まれてくるんだろ」
光と海は、二度三度瞬きを繰り返した後、ゆっくりと顔を見合わせた。
そして、同時に噴き出した。
光は口元を押さえて控え目に笑い、その横で海は大笑いしている。
「え、な、何で笑ってんだよ!」
空は、失礼なと頬を膨らませる。
「俺、間違ってねぇだろ。他に何かあるってのかよ!」
どうにか笑いを納めた海が、手を横に振った。
「いや、間違ってはないねんけどな。空らしいなーって思ってさ」
「答えなら他にもあるだろ。子孫繁栄のため、とか?」
光がそう言うと、海が横で、身を引いた。
「うわっ。光ちゃんが言うとエッチ臭いわー」
「はぁ?」
光が不機嫌に眉を寄せる。
「どこがだよ。っていうか光ちゃんはやめろ」
「うわっ。冷たいー。海子悲しい」
よよよと、泣きまねをする海を見て、空は声を上げて笑い、光は微笑みを向ける。
空は、二人の座るベンチへ駆け寄ると、海の背を思い切り叩く。にっと口の端を上げ、彼の顔を覗きこんだ。
「おまえはやっぱ、そうやってボケてるのが一番いいよ」
そう言って、空は海をおいて歩き出す。その横で、光が立ち上がった。
「そうだな、おまえはそうやって馬鹿やってるのが一番らしいよ」
光もその言葉を残して、空を追った。
一人残された海は、呆然と、ゆっくり遠ざかっていく二人の背をしばらく見つめ、我に返って立ち上がった。
「こら、光! 誰が馬鹿やねん。俺はアホでも馬鹿やないで!」
大きな声で、そう言って。海は走り出す。
この二人に、まだ、言えない過去がある。
だが、それを二人に話せるようになるのは、きっとそう遠くない未来だろう。
青い空。光る海。
明るく清々しいこの場所で、二人の背を追いながら。
海の胸にそんな予感が芽生えていた。
ここまでご覧いただき、本当にありがとうございました。
今回の第三十七話にあたるエピローグにて、この作品は最終話を迎えました。
いかがでしたでしょうか。
この作品は、『三兄弟の事件簿』の続編という形で描かせてもらったものになります。もともと、続編を書くつもりはなかった作品ではありましたが、読んでくださった皆様から、ありがたいことに、また読みたいというお言葉をいただいて書かせてもらいました。自身の中でも、この三兄弟はまだまだ息づいており、もうしばらく付き合っていきたいなと思っております。
前作同様、今作も、まだまだ拙く、色々と突込みどころも多かったのではないでしょうか。自身の中でも、ここはもうちょっとどうにかならかなったのかと、色々と反省しております。
ミステリというジャンルには、あまり向いていないのは自覚しているものの、やっぱり好きなんですよね。こういうジャンルも。私の書いているミステリはなんちゃっての域をでませんけども(汗)
前作でも指摘の多かった部分もまだまだ改善できていませんし(泣)
やっぱり、すぐに犯人が分かってしまうんでしょうね~。きっと今回も早い段階で、あ、もうこの時点で犯人分かる人には丸わかりだなと、思っちゃったり。。。まあ、でも、こいつが犯人だ。やっぱりなぁ。そうだと思ったんだよ。なんて、いうのも楽しかったりするので(自分が読んでいるとき)それもありかななんて思っています。もっと、こった推理ものとか書いてみたいんですけども、まだまだ遠いですなぁ。
三兄弟の続編をどうするか、一応お一方から読みたいとお声をいただいたので書いてみたいと思っておりますが、もしまた続きを読みたいと思ってくださった方がいらしたら、執筆する上での励みになると思いますので、ちょこっと教えていただければ嬉しいです。
感想、評価もお待ちしております。厳しい評価ももちろん歓迎しております。皆様が、この長い作品にお付き合いいただき、どう感じてくださったのか。作者としてはとても気になるところなのですよね。
今作は4月の13日に連載を開始しましたので、最初の方から読んでくださった方(いらっしゃるかは分かりませんが)もう7カ月近くお付き合いくださったということですよね。すごいなぁ。本当に、本当にありがとうございます。
読んでくださる皆様がいることで、連載も続けてこられましたし、勇気づけられました。本当に、何度も言いますが、ありがとうございます。
キャラクター投票なんてことも、初めてやってみましたし。一応、当初の予定通り、2010年11月23日までは投票できるようにしておりますので、それ以降に、ブログの方で、結果発表をしたいと思っております。それまでにも、完結記念で、色々三兄弟を使って遊べたらと思っております。
最後になりましたが、この長い作品に、お付き合いくださり本当にありがとうございました。
名残惜しいですがこの辺で。
それではまた。いつか、どこかでお会いできることを願って。
愛田美月でした。
追記
2012年11月1日この作品の前作『三兄弟の事件簿』を『三兄弟の事件簿 夕日の少年たち』と改題致しまして、書籍販売致します。
こちらでは明かしていないエピソードも入っていますので、よろしければ、お手に取ってみてくださいませ。