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「こっちは嫁やねん」

 20代の頃、関西在住の男性と遠距離恋愛で交際していた。


 月一ペースでお互いの地元を行き来していたが、どちらも実家住まいだったので、毎回宿泊先を確保しなければいけない。

 そのため、一夜の宿として、所謂ラブホテルを利用する事がしばしばあった。


 あの独特な外観&内装にさえ目を瞑れば、どうせ食事は外で食べてから入るし、広いベッドと充実したアメニティグッズ、風呂は高確率でジャグジー付き。比較的リーズナブルで快適な宿としてなかなか優秀なのだ。

 ただし、値段をケチるとたまにとんでもない所に当たる。……少なくとも今から10年以上前はそうだった。たぶん現在もそんなに大きくは変わっていないんじゃないかと思う。



 ある時、関西へ私が出向いた際に彼が選んだホテルに宿泊した。

 そのホテルは「予約ができる」という、ちょっと変わったラブホテルであった(一般的にラブホは予約できない)。


 なんでも元はビジネスホテルだったらしく、小窓から手が出てくる訳でもパネルで部屋を選ぶ訳でもなく、きちんとフロントマンに手続きをしてもらってチェックイン。内装もなんとなくビジホっぽさが感じられた。


 何の問題もなく一泊した、翌朝。

 観光の予定を入れていた我々は、少し早めにチェックアウトするつもりだった。

 客室階からエレベーターでフロントのある階へ行き、チェックアウトを…と思ったところ、フロントには先客がいた。

 しかも何やら揉めているっぽい。


 しゃーない、待つか。


 とりあえず二人で並んでいたが、前の客が延々と何やら騒いで……客か?客なのかコレ?


 若い女性が二人、フロントに立つ男性スタッフに食って掛かっている。

 仕方ないので背後から彼女達を観察しながら待つ事にした。


 二人とも派手だ。

 金に近い茶髪、焼けた肌、ラフだが露出の激しい服装。ギャルだな。

 ホテル側に何かしら要求しているが聞き入れてもらえないギャル達は、ここに至るまでの苦労を語り始めた。同情を買って願いを聞いてもらう作戦だろうか?

 興奮のためか声が大きいので、後ろで待っているだけでも彼女達の事情はあらかた知る事ができた。



 なんでも、ギャル二人組の片方は既婚者で、更にはお気の毒な事に夫が浮気中なのだそうな。

 そんな浮気夫が昨晩から帰ってこない。黙って出たのか嘘がバレたのかは定かでないが、とにかく怒り心頭な妻は動いた。

 車は夫が乗っていってしまっているので親友に車を出してもらい、夫の居場所を探す。ギャルの友情の熱さが垣間見える。


 そして遂に、夫の車を発見したのだ。


 まだスマホなど世に出回っていない時代。小細工をするようなタイプには見えないが、車内にこっそりGPS対応ガラケーでも忍ばせていたのかもしれない。あるいは偶然この辺りを通り掛かり夫の車が目に入ったのか。万が一、何の下準備もなく近隣のラブホ駐車場しらみ潰し作戦を決行した結果なのだとしたら、その恐るべき根性に心の底から拍手を送りたい。


 とにかく、駐車場に車があるという事は、このホテルのどこかに旦那が浮気相手の女とシケこんでいるはず。


 ならば。


 突 撃 あ る の み !!



 その結果、現在ギャル二人は我々の目の前で「あの浮気野郎は何処だ、部屋を教えろ」と喚いているのであった。


「浮気する奴を庇うんか! 警察呼んでもええねんで!?」


 関西弁でそう凄む彼女は、もし本当に警察を呼んだら自分達の方が営業妨害でしょっぴかれる可能性が高い事に気付いていない。


「ええ…はい……はあ……いえ、そう言われましても……」


 漏れ聞こえるフロントスタッフの声。

 のらりくらりとかわす作戦のようだ。


 ギャル達がいくら頼んでも、ホテル側からすれば突然やってきた宿泊客の身内を名乗る怪しい人物でしかない。口頭で妻だと訴えたところで確認のしようもないし、仮に本物の身内だと確信が持てたとしても宿泊客でもない一般人が部屋へ行くのは無理だろう。

 事件性のある時の警察以外でホテルに踏み込める者がいるか考えてみたが、邦画『マルサの女』の国税局捜査員によるホテル一斉ガサ入れシーンしか思い浮かばなかった。



 叫ぶギャル達。

 受け流すフロントスタッフ。

 待つしかない我々。


 その時、要求が通らない事に苛立ったギャルが、一際甲高い声で吠えた。


「あんなぁ!こっちは嫁やねん!!子供もおんねん!!!!」



 知 ら ん が な



 私と彼氏、そして恐らくはフロントスタッフ、三人の心が一つになった瞬間だった。





 やがて、このままでは埒が明かないと判断したフロントスタッフが


「お待ちのお客様がおりますので…」


 とギャルを退け、我々を呼び寄せチェックアウトの手続きを始めた。

 彼氏の隣で大人しく待っていた私がふと振り返ると、先ほどのギャル達が走ってロビーを突っ切り、上階行きのエレベーターへ乗り込む所だった。


 えっ、マジ?

 案内してくれないなら自力で探すって?

 何階・何部屋あると思ってんの?

 もし他の階で時間食ってる間に夫&愛人(ホシ)と行き違っちゃったらどうすんの…。


 呆気に取られて、エレベーターの扉が閉まり上昇してゆくのを見つめていると、フロントの奥にある従業員用の扉から男性スタッフが何人もわらわら飛び出てきて、非常階段へと走っていった。普通、宿泊施設ではあまり感じる事のない『緊急事態!』な空気にちょっとワクワクしてしまったのは内緒だ。


 実際、ホテルにとっては間違いなく緊急事態だろう。何しろ不審者の侵入である。

 しかし一部始終を見ていた側からすると、『刃傷沙汰まではいかなそうな他人の修羅場』。これほど無責任に下種な根性で面白く眺めていられる物はないだろう。


 私としては野次馬根性で顛末を見届けたかったが、残念ながら我々のチェックアウトはすぐに終わり、その場に留まる理由が無くなってしまった。

 後ろ髪を引かれつつ、ホテルを出て予定通り観光に向かった。




 あのギャル達はホテルの廊下でスタッフに取り押さえられたのだろうか。さすがに宿泊客のいる部屋までは踏み込めなかっただろう。


 アカの他人の私が声を掛けるのは躊躇われたので黙っていたが、あの時、彼女達に言ってあげたかった。


「ホテルの出口か、駐車場の車の近くで見張っていた方が確実ですよ」と。





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