「これでみんな平等」
※注意※ 虫系微グロ描写あり
苦手な方はご遠慮下さい。
私がまだ小学生だった頃の話。
「自然の家」と呼ばれる宿泊型の教育施設にて、校外学習が行われた。
普段から自然溢れるド田舎で暮らしているというのに、更に山奥のキャンプ場みたいな所に一学年丸ごと連行されて、オリエンテーリングだのキャンプファイヤーだのといったイベントをこなすのだ。もう大自然がお腹一杯である。
その中で、活動の一環として飯盒水爨をする事になった。火を起こし飯盒で米を炊き、同じく飯盒で煮た水っぽいが妙に旨いカレーと共に食べるアレである。
グループの中で、米担当とカレー担当に分かれて作業を開始する。私は米を炊く係に振り分けられ、班のリーダー役を担う男子A君、大人しめの女子B子ちゃんと一緒に米を研いで水を吸わせ、飯盒に米と水を入れたら簡易竈の火に掛けた。
始めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな。
教えられた通りの火加減を心掛け、十分に蒸らした。
さぁ、いよいよご対面。上手に炊けたかな…?
期待に胸を弾ませパカッと飯盒の蓋を開けた我々の目に飛び込んできたのは、ツヤツヤに炊き上がったホカホカご飯と、
―――その中央に鎮座する、一匹の大きなコオロギであった。
咄嗟に口を押さえて声を押し殺した自分を誉めてやりたい。
くぐもった悲鳴は周囲の喧騒に掻き消され、なんとか気付かれずに済んだ。
後の二人は声すら上げず、只々目を見開いて硬直している。
炊く前にこんな心臓に悪いトッピングをした覚えは一切無いが、何しろ山中の広場での野外作業。おそらく、そこら辺にいた奴が蓋をする直前にうっかり飛び込んでしまい、飯盒内で米の対流に乗って中央に運ばれたのであろう。
銀シャリのど真ん中。
「佃煮ですけど何か?」みたいな涼しい顔で神聖なるそのポジションに堂々と陣取る、大きな茶色いコオロギ。
水分を吸い加熱されパンパンに膨れた腹。憎たらしいほどテカテカのツヤツヤのプリプリだった。
腹が破れたりしておらず、内容物が出てきていないのは不幸中の幸いだった。脚や触覚の欠損も無さそうだ。大きさや形からしてエンマコオロギだな。尾が短いのでたぶんオス。もしメスなら卵が米と混ざり合って更なる大惨事になっていたかもなぁ…。
生き物(昆虫含む)大好き小学生だった私が軽い現実逃避から我に返ると、他の二人もそれぞれ魂が身体に戻ってきたようで、沈黙を保ったまま三人で顔を見合せ、またご飯中央のブツに視線を落とす。
この時、三人の心はひとつだったはずだ。
(――で、どうすんのコレ!!!?)
私の脳内で侃々諤々の議論が交わされる。
先生呼んだ方がいいかな?
カレー担当の子達に言っちゃう?
でもこんなの見られたら大騒ぎになるよ、前に給食に虫入ってた時とか凄かったじゃん。
っつーかこのご飯捨てちゃうの?
もし捨てたら別のご飯貰えるのかな?
なんかなー、ご飯捨てるって罰当たりだわー。
じゃあこのコオロギ炊き込みご飯食べる勇気ある?
いやイナゴなら食べた事あるけどさぁ…。
脳内会議でも結論は出ない。他の二人も同様らしく、ひたすら黙っている。
楽しそうな周囲から切り離されたように立ち尽くす、三人の小学生―――。
その時。
班のリーダー、A君が動いた。
B子ちゃんが握りしめていたしゃもじを引ったくるように奪い取ると、流れるようなしゃもじ捌きでコオロギとその周辺の僅かな米だけを素早く掬い取り、反す動作で刀の血振りの如くブンッ!と放り捨てた。
そして、飯盒のご飯を手早くサックリと混ぜ合わせ、やけくそ混じりにこう叫んだ。
「はいっ!これでみんな平等っ!!」
――お、おぅ………。
ご飯はA君によって満遍なく混ぜられた。もしコオロギエキスの染み込み具合にムラがあったとしても、確かにこれで『平等』である。
私とB子ちゃんは瞬きも忘れ、コクコクと頷くことしか出来なかった。
当然、この一件は他言無用となった。
その後合流したカレー担当の子にルウを多めによそってもらい、努めて明るく振る舞うA君ほど大人になれなかった私とB子ちゃんは、下がりに下がったテンションのまま心を無にしてカレーライスを胃袋に流し込んだ。
コオロギの出汁で炊かれてしまった米だが、幸いにも味や匂い、色に目立った変化は無く、知らずに食べる分には単なる白米だ。衛生面に関してはなんとも言い難いが、少なくとも雑菌は長時間の加熱によって死滅しているはずだ。
しかし我々はアレを見てしまっている。
メニューが見た目、味共にご飯を覆い尽くせる『カレー』である事に心から感謝した。
あの時、咄嗟の判断で最善の答えを導き出し、和を乱さないよう気遣いを見せたA君。なかなか小学生が出来る事ではない。
彼が今現在どこで何をしているのか全く知らないが、きっと有能な社会人になっているのではないか、と思う。
お読みいただきありがとうございました。




