9話
葉花が目を瞑って耐えていたのは、さほど長くない時間だった。急にスピードが、がくんと落ちる。
「あれ……。なんだこれ」
リムルから戸惑いの声が漏れる。やがてリムルは進むのすらやめて、宙に浮いたまま止まってしまった。
「急にリムがなくなって……。なぜだ?なんだこれは……。まさかここは大気にリムがないのか!?くそっ!まずいなこれは。仕方ないこいつを食って補充するか。いや、これだけリムがないのなら、生かしておいて、毎日リムを食った方がいいか。なんなんだ!この世界は!」
ぶつぶつと独り言を始めるリムルに、葉花は少し驚いた。そんなにこの世界がリムルにとって生きづらいものだとは思ってもみなかった。人間が水中で生活するようなものなのかなと、ふと思う。
「ヨーカ!」
聞きなれた声に、葉花は首を動かす。金色の豹の鋭い爪が、リムルの塊を大きく切り裂く。
「ぐわああああ!何しやがる!」
四葉の攻撃を受けたリムルは、えぐられた場所を必死に戻そうと、ぐにゃりとその形を変えようとする。そのはずみで、するりと葉花が落下した。
「ひっ!!!」
ひきつった声と共に、重力にあらがえず急降下していく葉花に、四葉が金色の目をくわっと見開いて、追いかける。葉花はどんどん近づいてくる夜の街の光に、歯を食いしばって目を瞑った。
腰にがくんという衝撃を受けると、身体に柔らかい感触が伝わる。
おそるおそる目を開けると、葉花は四葉の背に乗っていた。腰には四葉の尻尾が巻き付いている。
「大丈夫かヨーカ」
「よ、よずばあああ!」
「大丈夫みたいだな」
四葉はゆっくりと地面に降りると、葉花を下ろした。
「さっきのリムルは?」
「まだ上にいる。急にリムが減って焦っているのだろう。まだ来るぞ。リムが減ったことで、ヨーカを狙ってくるはずだ」
「四葉は!?足りてる?リム流す?」
「まだ大丈夫だが、もらっておく。その方が安全だ」
葉花は四葉の頭に手を乗せると、急いでリムを流す。
「自分の分も取っておけよ。渡しすぎると、お前がふらふらになるぞ」
「大丈夫。まだ全然減ってないよ。少し一気に流していい?」
「あ、ああ。ヨーカが平気なら」
「じゃあ、いくよ」
葉花は今まで少しづつ流していたリムを、一気に四葉に送る。四葉はすぐに目を丸くした。
「おいっ!ヨーカ!無理するな!こんなに!」
「え?大丈夫だよ?そんなに無理してないから」
「本当か!?ものすごいリム量だぞ!?ケンタロウなら失神する」
「今ので三割くらいしか流してないもの。平気よ。食べればすぐ戻るし」
「お前、どれだけリムを持っているんだ!?それに一気に流すリム量も……。いつの間にこんなことが出来るようになったのだ?」
「だって毎日練習してたじゃない」
「それにしても……」
呑気に話していると、リムの塊がぐにゃりぐにゃりとうごめきながら、葉花達のもとへとやってきた。
「くってやる、くってやる、くってやる……」
塊は段々と何かの形に変化していく。そしてそれは、漆黒の豹へと形を変えた。
「四葉!あいつ豹になった!」
「とりあえず私の身体を真似たのだろう」
「とりあえずって、最初に変えた姿から変更はできないんでしょう!?」
「奴も相当焦っているんだろう。お前を今食う事しか考えられなくなったのだな。知能の低いリムルだ」
四葉がそう言うと、黒豹は目を狂気の色に変えて、飛びかかってきた。けれど先ほどのスピードも俊敏さも感じられない動きだった。今度は四葉が黒豹をひらりとかわすと、喉元に噛みつく。
「ぐああああ!おのれ!」
黒豹は、四葉との距離を取ると、悔しそうに睨みつけて、視線を葉花に向ける。黒豹は、一気に葉花へと襲い掛かった。
「させるか!」
四葉が、葉花と黒豹の間に一気に跳躍する。その瞬間黒豹は、にたりと笑みを作ると、消えた。
葉花の目には黒豹が消えたと思った。そして、瞬きをして、次に目を開けた時、目の前に黒豹の鋭い牙がぞろりと生えた口が見えた。四葉が自分の名前を叫ぶ声がした。
葉花の目には、それがはっきりと見え、恐怖と自己防衛で、無意識に右手で顔をかばって叫んだ。
「は、箱!」
右の手のひらにリムが膨れ上がる感触がした。
いつまでたっても来ない傷みに、ぎゅっと瞑ってしまった目を開くと、目の前に巨大なリムの箱があった。そしてその中には黒豹が閉じ込められている。黒豹は箱の壁に体当たりしたり、爪を立てたりしているが、びくともしていなかった。
「ヨーカ!すまない!奴め、残り少ないリムをぎりぎりまで使ったようだ」
「四葉……」
よく見ると箱の中の黒豹は、かなり薄くなっている。もう少し薄くなったら向こう側が透けて見えそうなくらいだ。
「ヨーカ、この箱はなんだ?なぜ黒豹が出られなくなっている?」
「この前、こんな風に箱の性質を変えられないか練習していたんだけど、ぶっつけ本番で成功するとは思わなかったよ。でも、どうしよう。閉じ込めたはいいけど、あのリムルこのままじゃ消滅しちゃうよね」
「このまま放置して消滅させても、私は別に構わないがな」
「私も襲われた身で、あいつを助けたいとかそんな事をいうつもりはないんだけど、消滅するまで閉じ込めておくって、なんかじわじわいたぶってるみたいで気分が悪いというか」
「そうだな。なら、私があの箱に入って殺るか?」
「うーん、そうだ、あのリムルって帰してあげる事ってできないかな?」
「ヨーカはあの箱を動かせるか?」
「できると思うよ」
「箱をあの豹が入れるぎりぎりまで小さくできるか?」
「やってみる」
葉花は箱に集中して、親指と人差し指で箱を縮めるような感覚で動かす。箱はみるみる小さくなり、黒豹がぎりぎり入れるサイズにまで小さくなる。こんどは、人差し指を動かす。指を動かした方向に箱は動いた。中の黒豹は、葉花襲うためにぎりぎりまでリムを使ったせいか、箱の中でぐったりとしている。
「ならば、私が空間を開く。開ける時間は一瞬だ。それに箱を放り込め」
「分かった」
葉花は箱に集中する。
四葉が箱に向かって走り出した。箱を軽く飛び越えると、その先の空間に向かって、前足を振りかぶった。爪が宙を切ると、そこが黒豹が現れた時のように、ぐにゃりと歪んだ。葉花の全身に鳥肌が立つ。その歪みは黒豹が現れた時よりもかなり小さい。
「ヨーカ!」
四葉の叫び声に、葉花は箱に『早く』と命じながら、歪みに向かって飛ばした。箱が歪みに達すると、ずぶずぶと飲み込まれていき、箱はすぐに見えなくなった。歪みもあっという間に消え去る。
四葉が、ふわりと葉花の横へと戻ってきた。
「今のでちゃんと帰せたの?」
「ああ、大丈夫だ」
「それならよかった。本当に開いているのは一瞬なのね。それに小さいし」
「あれだけ開くにも、相当なリムが必要なのだ。開けるだけでも、誉めてほしいくらいなものだ」
「誉めて欲しいの?」
葉花はにやりと笑って、四葉の頭をこねくり回そうと手を伸ばし、息を飲む。
「四葉!ものすごく薄くなってる!」
「リムの使いすぎだな」
「なんで早く言わないのよ!」
「今言おうとしたところだ」
「もう!」
葉花は四葉の頭をむぎゅうと抱くと、これでもかとリムを流す。
「こら、ヨーカ。そんなに一気に流すな」
「大丈夫よ、このくらい」
「いや、お前じゃなくて、私が胸やけする」
「む、胸やけ!?失礼な!」
「ケンタロウに言わせると、二日酔いの翌日の朝食にカツ丼が出てくるような感じだ」
「なんでそんな例えを……。健太郎さんも大概ね」
葉花は、はははっと笑うと、ヘッドロックしていた手を緩め、右手をぽんと四葉の頭にのせると、ゆるやかにリムを流しなおした。
♢
それから数日は新しいリムルが襲ってくることもなく、柴垣から勧誘があるわけでもなく、葉花はいつも通り、仕事に行って、暇な時間はリムの操作練習をした。夜は横に四葉をはべらせて、ビールを飲みながら大量の食事を楽しみ、他愛のない話をして、金色の大きな豹とくにゃりとしたクマのぬいぐるみ、そして新たに加わった、もこもこの緑色のワニのぬいぐるみと共に眠る。
どうにもこうにも充実していて、穏やかな日々に、葉花は何度も四葉に引き留める言葉を掛けようとして、言い出せない。
おそらく言ったところで四葉が考えを変えるとは思えない。でも、誕生日プレゼントや、日々こうやって側にいて機嫌がよさそうにしている四葉を見ると、ほんの少しは可能性があるのではないかと、期待してしまう。
でももし、引き留めてきっぱりと断られたら、きっと残りの四葉との日々が辛くなってしまいそうで、やはり言葉には出来ずにいた。
葉花は仕事帰りの夜の道を、前を歩く四葉の楽し気に揺れる尻尾を見ながら、小さくため息をついた。今日は早めに仕事が終わった。給料日だった事もあり、たまには外食をするのも悪くないななどと、意識を切り替える。
駅に向かって続くこの大通りには、飲食店が多く立ち並び、夕食時という事もあり、ビラ配りや、居酒屋の客引きが通りに多く見られた。
「どうぞー!オープン記念でーす!」
若い男がぬっと差し出してきたビラを、葉花はとっさに受け取ってしまい、なんの気なしにビラを眺める。どうやら新しく洋食屋ができたようだ。
「え、激盛りオムライス本日のみ千円!?しかも三十分以内に食べきれたら無料!?」
ビラを食い入るように見て立ち止まった葉花に、四葉が引き返してきて見上げる。
「どうしたヨーカ?」
「四葉!行くよ!」
「どこにだ?」
「オムライスだよ!」
葉花はビラを握りしめると、洋食屋に向かってずんずんと歩いて行った。
目的の洋食屋に行くと、店の外に二人ほど並んでいたが、丁度店を出る客が居たため、すぐに席に通された。ダークブラウンを主体にした色調の、落ち着いた雰囲気の店である。
「おいヨーカ。ここに入るのか?」
「そうよ?」
「やめておいた方がいいぞ」
「嫌よ。絶対食べるんだから!」
「……私は止めたからな」
席に通されると、すぐにウエイトレスがレモン水を持ってくる。
葉花はメニューも開かず、さっきのビラをウエイトレスに見せると、オムライスのイラストをびしっと指をさす。
「この激盛りオムライスを!」
ウエイトレスは葉花をまじまじと見てから苦笑いをする。
「あの、お一人で食べるんですよね?このオムライス、卵十個分と通常の五倍のお米を使ってますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!お願いします!」
鼻息荒く答える葉花に、ウエイトレスは引きつった笑みを浮かべて伝票を書くと、席を離れようとした。その時丁度、隣の席から、ウエイトレスを呼び止める声が上がった。
「こっちも、激盛りオムライス。お前は何にする?」
「マジでそれ頼むの?残しても知らないよ。俺はハヤシライス。もちろん普通盛りね」
葉花は聞き覚えのある声に、隣に顔を向ける。
「げっ!」
葉花は声の主を見て、思わず声を上げる。
「人の顔を見るなり、げ、とは失礼だね。一之条さん」
「柴垣さん、なんでここに!」
「それはこちらのセリフだよ」
「あー、金色とこの前の女ー」
柴垣の身体に隠れて見えなかったが、翡翠が身を乗りだして見下したような顔を向ける。四葉は気づいていたのだろう。入口でやめた方がいいと言っていた理由が分かった。
「柴垣、お知り合い?」
柴垣の向かいに座っていた、優し気な面持ちの男が声をかける。
「ああ、宇津木。こちらは今絶賛ヴァイラに勧誘中の一之条葉花さん。一之条さん、こっちは私の同僚の宇津木だ」
「同僚?じゃああなたもヴァイラの人?」
葉花の声に警戒がにじむ。
宇津木はそれを察したのか、ちらりと柴垣を見てから、困ったように笑う。
「初めまして、一之条さん。そんな顔しなくても俺は君を無理にヴァイラに誘ったりはしないよ」
「失礼だな。私だって無理強いはしていない」
「その顔で、強めに勧誘するだけで怖いんだよ。お前は」
「顔云々ではなく、やり口が気に食わないだけです」
葉花が不機嫌そうにいうと、宇津木が柴垣に侮蔑の視線を送る。
「うわあ、お前彼女に何したの!?」
「人聞きの悪い事を言うな!二人で話したかったから、翡翠をそこの金色にけしかけただけだ」
「うわあ!最悪だね。そりゃ、一之条さんも警戒するわー。よりによってリムルの中ではトップクラスの彼をけしかけるとか、鬼畜ー」
「何を言っている。そこの金色は翡翠を二時間以内に捕まえたんだぞ」
「え?まじで?」
宇津木は四葉をまじまじと見る。
「へえ!ヴァイラに所属していないリムルでそんな強いのは初めて会ったかも」
「ちょっと!ウツギ!ボクが手加減したからだからね!」
「ふん、こっちだって手加減して追いかけてやったんだがな」
宇津木に抗議する翡翠に四葉が突っかかる。
「四葉、やめよう。ご飯がまずくなるわ」
葉花がぷいっと顔を背けると、柴垣がふっと笑う。
「一之条さん、君、激盛りオムライス頼んでいたよね」
「それが何か?」
「勝負をしないか?私と君でどちらが先に食べ終わるか。私が勝ったらヴァイラに入るっていう事で」
「冗談でしょ?受けません。私になんのメリットもないもの」
「君が勝ったら、もう君を勧誘しない」
「別に勧誘されても入りませんけど」
「君、結構頑固者だね」
「大きなお世話です」
「勝てる気がしないのかな?」
「そんな挑発には乗りません」
徐々に険悪さが増していく二人を見かねて、宇津木が止めに入る。
「ちょっと、ちょっと、二人とも。やめなよ。柴垣、大人げないよ」
そこに丁度特大のオムライスが運ばれてきた。
「おまちどうさまです。こちら激盛りオムライスです!」
柴垣と葉花の目の前に、通常の五倍はありそうな巨大なオムライスが、ドンと重量感のある音を響かせておかれた。
とろとろふわふわの卵にはケチャップで何故かクマさんの顔が書かれていた。食べ切れるもんなら食べてみな、と言われているようなその顔に少しイラッとした。
宇津木の前に置かれたハヤシライスがミニチュアのようにさえ見えてくる。
「では、お二方、同時に時間を測らせていただきます」
ウエイトレスがストップウォッチを片手に微笑む。
葉花はちらりと柴垣をみると、柴垣は余裕そうに口の端をくいっと上げる。
一気に葉花の闘争心に火が付いた。
「では時間制限三十分!はじめ!」
ウエイトレスの掛け声と共に、葉花はクマの顔にスプーンを突き立てた。
それを横目で見ていた宇津木が、ひっ!短く声を上げる。
オムライスはとても美味しかった。けれど、食べても食べても、堀り進んでいっても、湧いて出るかのように中からチキンライスが出て来る。葉花は、時計を見て、そのまま隣の柴垣を盗み見た。丁度十五分経ったところだ。柴垣は、かき込むでもなく淡々とスプーンでライスをすくっては口に運んでいる。表情は全く変化なかった。柴垣のオムライスも丁度半分くらいまで減っている。
葉花の皿も丁度半分くらいだ。
「おい、ヨーカ。無理するなよ」
四葉が心配げに見上げて来る。
「大丈夫。お腹にはまだまだ入るから」
言葉通り、腹にはまだまだ入るが、食べても食べてもなかなか減っていかないオムライスに、制限時間内に食べれるかが心配だった。それに柴垣に負けたくない。いつもならもう少しよく噛んで食べるところを、半ば飲み込むようにしながら、スプーンを口に運んでいく。
「うわあ、二人ともすごいねえ。俺見ているだけで胸やけしてきた」
宇津木がハヤシライスを半分食べたくらいで、口元を手で押さえて、柴垣と葉花を交互にみる。
「ムドウー、頑張れー!今のところ勝ってるよー!」
「ヨーカ、無理はするな。だが、シガキには負けるな」
翡翠の声援に、四葉が対抗する。葉花は、なんじゃそれは!と思いつつも、しゃべる時間すら勿体なく、必死に手を動かし、オムライスを飲み込む。
「あと五分でーす!」
ウエイトレスがストップウォッチを片手に叫ぶ。いつの間にか葉花達のテーブルの周りには人だかりができていた。
「いいぞー!」
「がんばれー!」
「すげえ!完食しそうだぞ!」
「うわあ、なんかすごーい」
人だかりから色んなヤジやら声援が飛び交う。
葉花の皿には、もうあとわずかのオムライスしか残っていない。見る時間も勿体ないが、つい柴垣の皿に視線を送ってしまう。柴垣の皿には、葉花より多いオムライスが残っていた。
葉花は一気に残りのオムライスをかき込む。
最後の一粒まですくって口に入れると、ウエイトレスが叫んだ。
「二十六分三十二秒!こちらのお嬢さん完食です!」
うわああああ!と周りから歓声が上がる。
「こちらのお兄さんも完食でーす!二十八分十五秒!」
またもや周りから歓声が上がった。ウエイトレスがポラロイドカメラを持ってくる。
「はい!お二人さん!記念に撮りますよー。並んで、並んで」
「え?一緒に!?」
「はい、二人一緒に完食なんて、すごいですもの!ささ、早く!」
困った表情の葉花と、しれっとした柴垣を見て、宇津木が口に手を当てて、笑いをこらえている。
「宇津木さん!」
葉花が睨むと、宇津木はびくっとして、ひきつった笑いを浮かべた。渋々葉花は柴垣と並ぶ。すると、シガキの後ろに翡翠がきて、彼の首に手を回して抱きついた。
「二人で写真なんて撮らせないよ」
「なら私も入ってやろう」
四葉も葉花の肩に無理やり巨体を乗せる。肩に乗った猫なら見たことがあるが、肩に乗った豹など前代未聞である。リムでできた身体なので重くはないが、なんとも言えない気分だ。
「あんた達どうせ写らないでしょう?」
葉花がぽそっとつぶやくと、横で柴垣がうっすらと笑みを浮かべてささやく。
「リムが見える人間なら、見えるさ」
「え?本当に?」
葉花がきょとんとした顔の時に、ポラロイドのシャッターが下りた。
ウエイトレスは、記念にと、葉花と柴垣にも、インスタントで撮った写真をプレゼントしてくれた。柴垣の言った通り、翡翠と四葉が写って見えた。
いつの間にか野次馬はいなくなっており、葉花は椅子に座って、冷たい水を飲む。
葉花は隣の柴垣に向かって、意地の悪い笑みを浮かべた。
「私の勝ちよ」
「ああ、おめでとう。けれど君は勝負を受けないと言ったからね。これからも勧誘はさせてもらうよ」
逆に余裕の笑顔で反撃された。
柴垣は手を上げてウエイトレスを呼ぶ。帰るのかと、葉花はほっと息を吐いた。
「追加でアイスコーヒーと、レモンのケーキを」
「えええ!?まだ食うの!?」
宇津木は柴垣を化け物のような目で見る。
「レモンケーキかあ。すいません、こっちにもレモンケーキとアイスコーヒー下さい。あ、お代はそちらのお兄さん持ちで」
しれっと葉花が言うと、ウエイトレスが柴垣を見る。
「いいだろう。勝負に負けたからね。これくらいおごらせてもらおう」
葉花は、今度は満面の笑みを柴垣に返す。柴垣は少し驚いたような顔をしたが、ふっと笑って目を伏せた。
「お前ら化け物なんじゃねえの?」
そして、宇津木の怯えをはらんだつぶやきを聞きながら、葉花はレモンケーキを堪能するのだった。




