神様と社会学者との対話
「神様、社会は不公平に満ち溢れています。なんとかしてください。」
「社会学者よ、おぬしがそういうのもわからないでもない。」
「じゃ、なんとかしてくださいよ」
「おぬしは、なんの目的あって生きているのじゃ」
「目的ですか。社会の不公正をなくすのが、私の目的です。」
「そうか、ならば、そうしなさい。」
「え!、神様は、なにもしないのですか。この世界がこんなに悲惨で、不平等に満ち溢れているというのに。」
「わしの存在の目的は、社会の不平等を無くすことでも、世の中から悲惨な現実をなくすことでもない。」
「え!、神様の目的はなんなんですか?」
「わしの目的は、おぬしの人生を見守り、おぬしの人生をはげますことじゃ」
「神様、あなたは、私専用の神様なんですか?」
「そうだ。それ以外の役目はない」
「そうなんだ。では、よろしくお願いします。でも、あのかわそうな人たちを救う力は、神様にはないんですか?」
「実は、かれらにもわしのような神様がついておる」
「じゃ、心配ないですね」
「それは、どうかな。お前にも、わしのようなりっぱな、パワフルな神様がついているのに、その存在に気が付かず、わしに相談することなくも、たよることもなく、生きてきたではないか。かれらも同じじゃ。すばらしい神様という宝物をすべての人がもっているのだが、その存在に気が付かないし、それを活用することを知らないのだ。」
「なんと、もったいない話ですね」
「お前も他人ごとではないぞ。お前は、今ここで、わしと対話しているが、このことを、いつまで、覚えていることができるかな?」
「ずーっと、覚えていますよ」
「それは、無理なんじゃよ。この対話が終わった途端にすべてを忘れてしまうのだ」
「それは、どうしてですか」
「カニングと同じだからだ。お前は新しい人生を白紙の状態で、生きて、自分の実力を試したいと思っている。その時、まわりの人が未来を予測できない状態で、一人だけ、未来を予測出来たら、どんな問題も鼻歌で、対応して、大金持ちや大統領にも簡単になれてしまうだろう。そんな人生は楽しいか?人間としての喜び、哀しみ、苦しみがないのなら、生まれてくる必要もないだろう。たとえばが、ポケモンGOというゲームがあって、半日も遊んだら、ゲームを達成して完了してしまったら、なんの面白みもないだろう。発見のよろこびも、まちがった悔しさもなにもないぞ。人生というもののすべての答えが、すでに与えられているような人生は、まったく、つまらない、退屈なものだ。第一、ファイトがわかん」
「そうですね」
「だとしたら、人生は、自力で解決して、突き進むのが一番おもしろいんじゃ。神様は、人間のたのしみ、よろこびを奪うようなことは、しないのじゃ。」




