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予鈴が鳴り終わる頃には教室のざわめきも少しずつ落ち着いていた。廊下を走る足音が一つ、また一つと遠ざかっていく。
窓から吹き込む風だけが教室に残された話し声をゆっくりと流していく。
「紬」
澪は先ほどの紬の言葉が気になっていたのだろう、少し神妙な顔つきになってしまった。
「さっきの」
「ん?」
「音が返ってこないって」
紬は机の横へ楽器ケースを立て掛けながら、小さく首を傾げた。
「——ああ!」
それだけ言うと少し困ったように笑い
「変なこと言ったよね」
「ううん」
「うまく説明できないんだよね」
ケースの取っ手を指先で撫でながら言葉を探している。
「いつも音を出すとね、自分のところへちゃんと戻ってくる感じがするの。けど、今日は違ったんだ」
「違った?」
「どこか遠くへ行っちゃうみたいで」
苦笑いにも似た表情を浮かべながら紬は窓の外へ目を向ける。
「私だけなのかなって思って、誰にも言わなかった」
そこで教室の前方から椅子を引く音が聞こえてくる。
「おーい、席着け」
学級委員が手を叩きながら声を上げながら、
「先生来るぞ」
教室が慌ただしく動き始める。トランプをしていた男子たちは慌ててカードをポケットへ押し込み、後ろの席ではまだ話し足りない女子たちが笑いながら席へ戻っていく。陽斗は欠伸をしながら椅子へ腰を下ろし、
「眠たさMAX」
「ゲームしてたの?」
「違う」
「じゃあ勉強?」
「もっと違うわね」
「じゃあ何?」
少しだけ勿体ぶらながらほんの少し微笑みながら、
「——漫画」
「同じじゃん」
陽斗は悪びれる様子もなく笑った。その笑い方を見て、澪もつられて口元が緩む。さっきまで胸に引っ掛かっていたものが少しだけ軽くなった気がした。少しすると、教室の扉が開く。担任の佐伯が出席簿を片手に入ってくる。
「おはよう」
「おはようございます。」
三十人近い声が重なる。佐伯は教卓へ出席簿を置き教室を一度見回しながら、
「全員いるな」
黒板へ日付を書きながら続ける。
「六月二十八日、月曜日。」
白いチョークが黒板を擦る音だけが教室へ響く。佐伯は澪達の方へ視線を戻しながら、
「来月には期末試験もある。夏休みまであっという間だから気を抜かないようにな」
誰かが小さくため息をつく、と教室に笑いが広がる。その空気を見て佐伯も少しだけ笑う。
「あー、あと一つ連絡。今年の夏休み中に旧校舎の解体工事が始まる」
教室が少しだけ静かになった。
「危ないから近づかないこと。立入禁止の札が出たら絶対入るな」
「マジかよ」「あの不思議な感じがいいのにな」「肝試しも出来ないじゃん」後ろの席から様々な文句のようなものが出てくる。佐伯も苦笑いを浮かべながら、
「最初からするな」
教室はまた笑いに包まれた。が、澪だけは笑えなかった。窓の向こう。木々の間から見える旧校舎は朝と変わらず静かにそこに建っている。
——誰も見ていない。
そう思った瞬間、
——二階の窓際、白い影が横切った気がした。
ほんの一瞬。目を瞬いただけで消えてしまうくらいの時間。澪は思わず身を乗り出し、もう一度見る。けれど窓は開いたまま白いカーテンだけが風に揺れていた。
ただ、それだけだった。
「——見間違い」
誰に伝えるわけでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。その声は始業のチャイム音に静かに溶けていった。




