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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
プリズン&マルコシアス

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殻から見える光

 泪が賄賂を贈り、俺が痛々しすぎる勘違いをして生まれた沈黙は静かに、速やかに廊下を駆け抜けていく。その際に生じる僅かな風が俺の頬を掠め、顔を洗いすぎた摩擦と羞恥心から赤くなった頬がヒリヒリと疼く。


 そんな何とも無様な顔をしている俺を泪は気の抜けた表情でボーっと眺めてくるだけだ。


 「……何だよ、笑いたかったら笑えよ」


 「いいや、別に笑おうだなんて思ってはいないよ。そうだな……言葉に表すなら意表を突かれた、と言った所かな」


 上手い事を言ったと言わんばかりのシタリ顔を浮かべた泪はバケツを両手に持つことなく壁に背中を持たれ掛かり、尚も得意げな顔をしながら。


 「まさか君があのタイミングで声を上げてくれるとは思っていなかった物でね、つい驚いてしまったんだ。理屈や屁理屈の殻の内側から聞こえてきた声……素直に嬉しかったよ」


 「…………そうか」


 理屈や屁理屈の殻、泪にしては中々大した言い表しに俺は一言だけしか返事が出来ず、ただ彼女と同じように壁に持たれ掛かるしかなかった。


 ――人間は考える葦である。この言葉はあの『肝試し』でも浮かんだワンフレーズだ。


 人間が人間たる所以は思考することであり、欲望、感情を理性で抑え考え、厳しい状況でも思考を絶やさず考える。これが普通の人間、普通の人生。俺が俺であり続ける為の方法だと思った。


 しかし、泪から見てみれば俺が考えに考え抜いた結論はただの屁理屈で、薄っぺらく柔な殻でしかないらしい。


 ほんの数分前の俺ならここで腹が立つ筈だ。こんな人生経験の浅いクソガキが何を上から俺に物を言っているんだ。とか、俺のアイデンティティがどうだとか。


 だが沸き立つのは怒りとは無縁の、寧ろ何処か清々しさを感じさせる『何か』だ。例えるのなら三年の夏が終わった高校球児のような、いいや違う。この感情をもっと正確に表せる良い言葉は……。


 「崇、また君は殻に篭もってしまっているよ」


 言葉を探す為にまた『思考の殻』に入った俺に彼女は外殻をそっとノックするように呟く。


 殻の中で蹲っていた俺の耳元にはコンコンと小気味の良い音が聞こえてきて、僅かながら生じた亀裂からは光が差し込み、真っ暗な闇を微量に照らした。俺の手は自然と光の方へと伸びそれを掴もうとするが殻が行く手を塞いで進めない。


 なので俺は両手の平を殻に添えて、力を込めてそれを押す。亀裂はメキメキと音を立てて広がり少しずつ、少しずつ光の量も多くなる。


 そして。


 「…………分かんねぇな、人生って」


 殻を破り捨てた俺は外の新鮮な空気を吸って吐き出すと共にそんな言葉までもが漏れた。これは考えて発言した訳ではなく、正真正銘の本音だ。


 俺、多田崇の人生がいつ何時終わるのか。そんなものは誰だって分からない。しっかりと普通の人生を送り天寿を全うして終わるのか、それとも道半ばで果てるのか。はたまた明日には突然幕が閉じるのだろうか。


 そして人生に置いて何が正解なのかも分からない。


 俺の歩んできた二十年余りの短い人生の道を振り返ってみれば大小の差異こそあれど不正解、つまり後悔なんてものは幾らでも道端に転がっている。それを戻って一つ一つ拾い上げるのは無理だ。それにもし拾うことが出来て塵すら落ちていない道の事を完璧で正しい物と言えるのかと思えばそれも間違えている気もする。


 結局人生というのはどれだけ思考を重ねようが、考えに考え抜こうが、何をどうしても分からないのだ。


 

 「人生は分からない……確かにその通りだね。でも分からないからこそ面白いんだ。そうは思わないかい?」


 困り果てた俺に泪がそんな言葉を投げかけてくる。言葉の真意を聞こうと彼女が口を開くのを待っているとやれやれと言わんばかりに肩を大きく透かしてから。


 「分からないのは確かに怖い事だよ。でもね崇。何事も全て分かりきっている方が僕は恐ろしくて堪らないよ」


「どういう意味だ?」


 「君は犯人が予め分かっている推理小説を読もうと思うかい? タネが分かっている手品も、結果が分かっているスポーツ中継も全部知っていたら面白くないものばかりなんだ」


 「…………でも知っていて得になる事だってあるだろ? 例えば失敗とか後悔とかを予め分かっていればそれを回避出来るだろうし」


 確かに彼女の例えは概ね合っている。しかしそれは自分の趣味や関心する事柄に適応されるのであって人生においては何事も知っていた方が良いという結論は揺るがない。


 そんなニュアンスも込めて彼女に意見を言ってみると、泪は納得しているように無言で頷く。しかしそれも一瞬の事で。


 「崇、残念ながらその考えは甘いよ。普通はね、失敗や後悔をするって先に分かってしまったら諦めて行動しないんだ。そうやって諦めていくうちに少しばかり無理なことでも行動しなくなって最後には何も出来ず余生を過ごすんだ。僕はこれが一番怖いよ」


 そう言って泪は色薄の唇をキュっと噛み締める。そしていつの間にか小刻みに震えていた手を眺めながらため息交じりの笑いを零した。

 

 「分かるのも分からないのも怖い……でも分からないと言うのは言い返るとどんな可能性も秘めているってことになるだろ? だから僕は挑戦して冒険し続けるんだ。例え可能性が僅かでも、どんなに無謀な事でもね」


 泪が震えていた手を思い切り握り、拳を作る。開いてみれば震えはすっかり消えうせ、俺を見つめる彼女の顔は着飾ったクールキャラではなくただのあどけない少女の笑顔だった。


 馬鹿だから、思春期の多感な時期だから、まだ世の中の事を理解していないから。そんな言葉できっと泪の考え方は大人達に一蹴されるだろう。何故なら人間誰しも些細な事に挑戦し、それに失敗することで棘が丸くなり大人になって社会に従順するのだ。


 しかしだからと言って俺は泪の事を否定することは出来ない。出来る事と言えばもう大人になってしまった俺に持っておらず泪にしか見えない人生において大切な『何か』を羨ましく思うだけだ。


 「……凄いなお前の行動力は。正直羨ましいよ」


 またも俺の口からは本心が発せられその言葉はしっかりと泪の大きな耳に届く。それに一瞬獣耳が引くついた後、彼女は難解なパズルに挑んでいるような複雑な表情になる。


 「僕から言わせれば行動せざるをえない、と言った所だけどね。でも仕方が無いんだ。これも『マルコシアス家』の運命なんだから」


 何時もの格好つけて考えてきた台詞とは違いその言葉には妙に重みがある。それに加え彼女の表情も演じていない、着飾ってもいない素の顔にも見えてその重みは更にましていった。


 「おい、それってどういう意味――」


 「さて、僕としたことがお喋りが過ぎたようだね。そろそろ時間切れ(タイムミリット)だ」


 言葉の真意を問おうとしたところで泪は敢えて言葉を被せた。どうやらこの話題に関しては触れられたくないらしい。俺はこの行動を逃げや殻に篭もるとは表現したくないので変わりに別の質問をすることにする。


 「時間切れってどういうことだ?」


 そう質問をすると彼女はまたマルコシアス・泪に戻り、通常通りクールな二枚目ぶった表情を作り、鼻で一つ笑ってから。


 「崇、これから僕はまた一つ無謀な冒険をするつもりだ。別に着いて来いとは言わないよ。ただ一緒に着たいと言うのならそれは一向に構わない」


 「……何するつもりなんだよ」


 「この二日間滞在して分かったことなんだが、どうやらこの檻は僕にとって鳥かごのように小さく窮屈な場所なんだよ。自由に、そして優雅に羽を伸ばすにはやはり大空の元でなくてはね」


 「…………つまり脱走するって事か?」


 先ほどまで感じていた彼女に対する羨ましいという感情は消え失せ、今あるのはこれまた何時も通りの面倒くさい、こいつは心底馬鹿だという気持ちだ。


 そんな事とはつゆ知らず、クソ馬鹿な泪はまた格好つけて手をジャケットの両ポケットに突っ込みながら。


 「この地獄のような牢獄からの脱走……これが正真正銘の『プリズン・ブレイク』って奴だね、フフっ」


 

 ――お前絶対それ言いたいだけだろう! くそっ!

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