白黒
第三の間、ここはどうやら事務所として活用されていたらしくホワイトボードと長机にパイプ椅子と当時使用していたと思われる物が残っている。
心霊スポットとしては墓地や寺などいかにもな場所よりも廃墟のような生活感が残っている方がより恐怖が増す場合もあるが。
「おい、ここお前の家じゃあないんだからちゃんと後で片付けておけよ」
長机にはお菓子の袋やらジュースのペットボトル、そして何時ぞやミカから貰った例の『知恵の輪』が散乱しており、こうも生活感がマックスだと怖さの欠片もない。
「なによ馬鹿多田の癖に私のママみたいなこと言って」
「……早く片付けなさい」
「ちょっとっ! なんで今似せたのよっ!?」
似せる気なんてなかったのだがアイニィの母親の気持ちはなんとなく察することが出来た。かあちゃん、苦労してんなぁ……。
俺と自身の母親の気苦労を知らないアホの娘はぶつぶつと文句を垂れながらコンビニ袋にゴミをまとめた。
「よぅし、これで文句ないわねっ! それじゃあ早速座りなさい」
狼の被り物から流れる汗を拭い一仕事しましたみたいな顔をしているアイニィは一足先に椅子に座った。
片付けたといってもまだ食べかすが残っているのだがこれ以上しつこく言ってしまうと怒る、拗ねる、最悪泣くまであるので黙って俺は座ることにする。
アイニィと対面する形で座ると相変わらず自身に満ち溢れている顔でこちらを見ている彼女。一体何処からそんな自身が溢れかえっているのかは心底理解出来ない所が逆に尊敬してしまう。講演会とか開いたら人気でそうだな。主題は『馬鹿でも自身を持てる百の方法』で。
「……それで勝負ってなにすんの? また腕相撲とか?」
そんな馬鹿講師に質問をしてみると彼女は良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに瞳を輝かせた後、それを隠すように咳払いをする。
そして。
「ふっふっふ、勝負の内容はこれよっ!」
バーン! っと事務所内に響く長机が叩かれた音。俺が置かれた彼女の手に視線を向けるとスッと着ぐるみの手を離した。そこにポツリと残っていたのは先程の知恵の輪だ。
俺は知恵の輪を眺めながら勝負の内容を考えるが全く思いつかない。次にアイニィに顔を向けてみるが決め台詞が決まったのかムフーっと満足そうに鼻息を鳴らしている。意味が分からない。
大体この知恵の輪はミカが細工を施しており絶対に解けないようになっているらしいのでもし勝負の内容が『この知恵の輪を解け』だったとすれば今回の勝負は永遠に終わらないだろう。
そんな知恵の輪を作った張本人はいつの間にか俺の隣の席に座っていて神妙そうな顔で『ピンク色の小型振動機』のスイッチを入れたり消したりしてたのが横目で見えたので話しかけるのを止めてもう一度アホに視線を移した。
「なぁに? まだ分からないの? ぷぷっこれだから察しが悪い馬鹿は困るわね」
両手で口元を覆い俺を小馬鹿にするように笑うアイニィ。今すぐにでもこいつを泣かせてやろうかとも思ったが奥歯を全力で噛み締めぐっと堪えた。
「特別にヒントを上げるわ。ここ、ここを使うのよ」
奥歯がメキメキと音を立てている気がする中次に彼女は着ぐるみの柔らかそうな爪をコツコツと自分の顳顬に当てる。
知恵の輪にこのポーズ、恐らくだが勝負の内容は分かった。分かってしまった途端奥歯を噛み締めた力が緩み、怒りとやる気がみるみる内に抜けていく。
「……つまり俺と頭を使って勝負がしたいと」
「ふふっご名答……流石の馬鹿多田でもここまでヒントをあげちゃったら分かるわよね」
ニヤリと口角が上がり八重歯がチラ見えする彼女。それに対して俺の口角は湾曲を描いて垂れ下がる。
そんな俺のことなど気にしないアイニィは更に言葉を続けて。
「前回の勝負、なんであんたに勝てなかったのかしっかりと反省してきて分かったの。力じゃあ悔しいけどあんたに勝てないってね。だから今回は力勝負の逆、頭脳勝負をしようってわけ」
我ながら良い考えだと思い込んでいるアイニィは自分の力説を頷きながら話す。
俺はこの説に異論を唱えたい箇所が三つある。
一つ、何故力の逆が頭脳なのか。
二つ、何故前回と逆のことをすれば勝てると思っているのか。
三つ、そもそも俺に頭脳勝負を挑んで勝てると気でいるのか。
このことを即座に言ってやりたいがここは胸の内に秘めておくことにした。またややこしくなるからな。
「分かった。頭脳勝負だな。それでどうやって競うつもりなんだ?」
頭脳勝負と一重に言っても競う方法は様々ある。単にどちらが勉強出来るのか、はたまたクイズ番組のような何かを用意しているのか。
俺の問いに彼女の、正確には彼女が被っている狼の着ぐるみの瞳がギラリと光った。だからそれどんな仕組みなんだよ。
「これで勝負よ馬鹿多田ぁっ!」
長机の下に手を入れた後、取り出したそれを再び机の上に勢いよく乗せるアイニィ。
音がまた響いた後、幾つかの何かが辺りに飛び散って、その内の一つが俺の前に転がってきた。それを拾い上げてみる。
チップのように丸いそれは表側が黒、裏側が白い。どうやら彼女がやりたいのは誰しも一度は遊んだことがあるボードゲームのようだ。
「さぁ多田。このオセロで白黒はっきりつけようじゃあない」
好戦的な表情を浮かべてそう宣言するアイニィ。俺は特に何も言わず、散らばったオセロの石を集め盤面を用意した。
――ああ、こいつ本当にアホだ。




