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動き

凜は、再び結界の気が変わったのを感じ取り、必死に安芸を探した。最後に見たのは、箔翔の居間へと向かう後ろ姿…では安芸は、そこでこの変化を迎えたはず。

凜の胸騒ぎは、収まらなかった。まさか安芸が、今さらに箔翔を消そうなどと考えないはず。そう、信じたかった。箔翔はとても気さくで自分を助けてくれていた神。そんな形で、失いたくはなかった。そして何より、安芸には真っ当に神の王へと戻って欲しかった。

騒ぐ胸を押さえようと必死になりながら飛び込んだ王の居間では、箔翔がいつもの椅子の上に、仰向けに倒れていた。そして、その前には安芸が、険しい顔付きでじっと立っていた。

「ああ!」凜は叫んで箔翔に駆け寄った。箔翔からは、何の気も感じられなかった。「なんという事を!箔翔様は、安芸様を信じておられましたのに!」

安芸は、凜を見てイライラと言った。

「何をしておる!地下へ参れと言うたではないか!」と、窓から空を見た。「…もう軍神が着く。主まで斬られるぞ!あやつらはこの宮を滅しようと向かって来るのだ!早よう地下へ!皆が去るまで気を抑えて隠れておれ!」

凜は、首を振った。

「己だけ助かろうなどとは思いませぬ!いくら行儀見習いだと言うて、私が今お仕えしておるのは箔翔様。ならばこの宮と共に果てまするわ!お世話になったかたにこのような…私には、お見捨てすることなど出来ませぬ!」

安芸は、ちらと空を見て、舌打ちをすると凜の腕を掴んだ。

「さあ、こっちへ!決して、出て参ってはならぬ!無駄死にするのは勇敢ではない、愚か者のすることぞ!」

凜が、反論することも出来ずにいるうちに、驚くほど速く隅にある厨子の蓋を気で跳ね上げると、その中へ凜を放り込み、自分の力で凜の気を隠す膜を張った。そして、また蓋を閉めると、そこから急いで離れてじっと戸を睨んだ。凜は、厨子の中で僅かに細く光が漏れている、持ち手の取り付け箇所の穴を見つけ、そこへ張り付いて外を覗いた。誰が来るのかと、不安であったからだった。

すると、すぐに戸が開き、一人の黒髪に澄んだ緑の瞳の穏やかそうな顔立ちの男が、甲冑姿で入って来た。背後には、数人の軍神がついている。皆、この状況で気を失ってはいなかった。

その男は、安芸を見て言った。

「…殺ったか。」

安芸は、頷いた。

「ここで、何気なく話しながら変動が始まるのを待っておった。気が戻ってすぐに、気を放ったゆえ…何が起こったのかもわからなんだのではないか。」

甲斐は、頷いた。

「ならば、他の鷹も滅するか。我はすぐにこちらへ参ったゆえ、軍神を全部連れておらぬのだ。」

安芸は、じっと甲斐を見つめた。

「…ここの軍神は、気を失っても不意を突かねば殺すのは難しい。まだ、皆箔翔が殺された事を知らぬ。軍が到着するのを待って、一気に消すのが得策だろう。箔翔を、奥へ移して時を待つのだ。」

甲斐は少し考えて、頷くと軍神二人に合図をした。軍神達が箔翔に歩み寄ると、安芸は手を振った。

「良い。我が運ぶ。主らはここで鷹の軍神が来ないか見張っておけ。やつらは油断がならぬ。」

甲斐は、言った。

「我もついて参る。」

安芸は、箔翔を気で持ち上げながら、頷いた。

「ああ。主も隠れておった方が良い。軍が到着するまでは、我と共に奥に篭っていようぞ。」

甲斐は頷き、安芸と共に箔翔を連れて、奥の間へと入って行ったのだった。


一方その頃、維月が必死に維心に駆け寄っていた。

「ああ維心様!維心様…!」

維心からは、何の気も感じ取れない。いつものように、奥へ入ってじっとしておれと言われ、それでもいつもするように、じっと居間をうかがって何を話しているのか聞いていたのだ。そして、刀が空を切る音を聞き、急いで出て来たのだ。

翠明は、刀を鞘に収めて言った。

「案じずとも、直接に切ったのではない。刀から気を発してそれを当てたゆえ、体に傷はついておらぬ。苦しむことはなかったろう。」

維月は、涙を流したままキッと翠明を睨むと、居間の椅子の肘掛の下から、一本の刀を引き出して構えた。そんなところにそんなものを仕込んであったのかと、翠明は驚いた。

「…来なさい。許さない。」

翠明は、甲冑姿でもなく裾を引きずる女の着物を着たままの維月に、ためらうような顔をした。

「女相手に何をすると申す。刀を下ろせ。」

維月は、ふんと涙を着物の袖で拭くと、さっと袿を脱ぎ滑らせて、中の着物だけになった。維心が見ていたなら大騒ぎしていただろうが、大騒ぎしたのは翠明だった。

「な、何をしておる!そのような格好で!」

維月は、翠明を睨んだまま叫んだ。

「もう死ぬくせに何を言ってるのよ!私が甲冑でないことに感謝するのね、少しは長生き出来るかもよ!」

維月は、物凄い速さで斬り込んで来た。それでも、維月も気を失っているのでいつもよりずっと遅かったが、そもそも維月が立ち合えることすら知らなかった翠明は、仰天して咄嗟に避けた。しかし、すぐに維月は太刀を振るって来る。これは…軍神の動き。維月は、立ち合うことも出来るのか!

本気で掛からねば気も使えぬ維月に殺られる、と翠明は気を使って刀を振るった。しかし維月は全て見ていてするりと避けて行く。飛べないので床に足を付けたままなのに、その動きは飛び上がる翠明と、なんら遜色は無かった。

翠明が、必死に防戦一方で維月に対していると、背後から声が聞こえた。

「何ぞ?何をしておる翠明!」

定佳だった。しかし返す余裕もない翠明は、サッとそちらへ飛ぶと、維月から離れた。

「龍王妃ぞ!」

定佳は、仰天した顔をした。

「なんだって?!」

維月は、そこへ何のためらいもなく斬り込んで来た。定佳も、付いて来ていた三人の軍神も必死に刀を抜いた。速い…本当に気を失っているのか?!

「ぐ…!」

後ろで、軍神の一人が胸を一突きにされて倒れた。それを見たほかの軍神は、顔色を変えた。これは…本当に、本気で掛からねば、殺られる!

途端に、軍神達の顔色が変わった。目を光らせ、本気モードに切り替えて一斉に維月に掛かって来る。しかし維月の速さは、気を使っていないなどとは思えないほどだった。定佳も、慌てて応戦するがこの狭さでこの速さ、そしてこの人数なので手を出しにくかった。

なのに維月は、男より小柄なのでスイスイと動いて皆を翻弄した。どうにかして一太刀を浴びせ、動きを止めたいのにそれが出来ない。気を放とうにも、味方が近過ぎて放てない。

手こずっている間に、また一人軍神が袈裟懸けにされて倒れた。そして続け様にもう一人が一突きにされた。

「こやつ!」

定佳が言うと、維月はくるりと定佳に向き直った。定佳は、一瞬ひるんだが、構えた。

「来い!女だてらに暴れおって!」

維月は、ニッと笑った。

「龍王の正妃を舐めるんじゃないわよ!」

維月は、トンと床を蹴った。飛ぶはずがないと思っていた定佳は、驚いてそれを目で追うのが間に合わなかった。

「終わりよ!」

「定佳!」

翠明が叫ぶ。

維月の刀は、定佳に振り下ろされた。


翠明が、慌てて維月に気の膜を張り、定佳にも別に同じ膜を張った。維月の刀は定佳に届かず、定佳が必死に振った刀も維月に当たらなかった。

「何?!この膜は…!」

維月が、回りを見た。すると、定佳が別の膜の中で、体を何かに拘束されてもがいていた。

「く…っ!何を…何をする、翠明!」

翠明は、息をついた。

「最初から、主を拘束するつもりであったわ。」と、膜の中の維月を見た。「全く主には驚かされる。不意を付かねば膜を張ることも出来ぬとは。龍王ともなると、こんな女でないと正妃に出来ぬか。」

すると、居間の椅子の方から、深く低い声が言った。

「気を使えぬからマシであるのだぞ?普段のそれは我でなくば相手にならぬ。戦場で背を預けられるのは、我が正妃だけぞ。」

維月が、その声に飛び上がるようにそちらを見た。そして、見る見る涙を溢れさせると、膜を被ったまま飛びついた。

「維心様!ああ維心様…!全く気が感じ取れませんでしたのに!」

維心は、苦笑して維月を膜ごと抱きしめた。

「十六夜の仕業ぞ。翠明が定佳を捕らえるために、我に死んだふりをして欲しいとのことであったからの。あれに頼んで、そう見えるようにしてもろうた。」

維月は、不思議そうに維心を見上げた。

「十六夜が?でも、十六夜も気を失っておるはず…」

維心は、維月の唇に指を当てた。

「まだ、の。後で話す。」

定佳が、まだもがいている。

「翠明!これを解かぬか!」

翠明は、涼しい顔で言った。

「主はそこに居れ。」そして、維月の膜を解いた。「殺してはならぬし、しかしこやつはかなりの手練れであるし、肝を冷やしたわ。なぜに先に話しておかなかった。」

維心は、苦笑した。

「すまぬの。まさかここまでしよるとは思わぬでな。義心にでも知らせに参るかと思うて、あちらに話しておいたのみよ。死んだふりをしながら急所を外させるのには骨が折れたわ。こやつは皆を殺しに掛かっておったからの。」

維月は、罰が悪そうに言った。

「維心様が、殺されてしもうたかと、頭に血がのぼってしまって。では、軍神達は?」

維心は、頷いた。

「死にはせぬ。まあ早よう治療せねばまずいがな。」

維月はホッとした顔をしたが、翠明はためらった顔をした。

「しかし…どうやって?主は気を失っておるのだろう。」

維心は、ふっと息をついて微笑した。

「我が?」維心は、見る見る不敵な笑みを浮かべた。「龍王の我の気を奪えるものなど、何もないわ。」

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