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模索

翠明は、維明について回っていた。

維明の方は面倒そうだが、それでも父王の命なので本当にどこに行くのも翠明を連れて行った。維明は、皇子でありながら父の代行として政務の場にも立ち、宮の会合にも出席していた。そして空いた時間には、必ず訓練場に行って、汗を流していた。その技術は大変なもので、翠明には、少しスピードを上げられたら見えなかった。そんな全く見えない立ち合いというものがほとんどで、龍の宮の軍神達の技術をそれで思い知らされた。もちろん、維明はその頂点に立っていて、誰も敵わなかった。つまりは、維心ならもっとということだろう。

今日も、訓練場から戻る維明について歩きながら、翠明はため息をついていた。己の剣術の至らなさでも知って、精進せよと言うのか。だが、自分には無理だ。手の届く技術なら習いもしようが、あんなものは天上の月を掴むようなもの。

すると、維明がちらと振り返った。

「して、何か学んだか。」

翠明は急なことに驚いた。ここまでひと月、どこへついて行っても、維明は自分に話しかけて来ることは無かった。翠明もまた、話しかけることがなかったからだ。

翠明は、その維心そっくりの維明に、本当に歳が近いのかと思いながらも、答えた。

「未だ。主らの立ち合いを見ておっても、我が全く敵わぬのは分かったが、あれはレベルが高過ぎて一年やそこらで学べることではない。政務にしても、ここは多岐に渡っておって、我が宮で何か参考に出来るかというと、それもない。公青がそんなものを学んで来いと言うたようには思えぬ。」

維明は、翠明と向き合った。

「そうであろうな。そんなに簡単に見える場所に、己の答えがあると思うておるのか。だからいつまで経っても答えが見つからぬのだ。父上の命であるゆえ主を連れて歩いておるが、主はいつも何を見ておるのかと思うわ。もっと気を入れぬか。我は別に主の宮がどうなろうと知らぬが、ここへ来ておるということは、助けたいと思うておるのだろうが。」

翠明は、維明の言いように、ムッとして言った。

「我とて考えておるわ。公青の常識がこちらの常識のどれに当たるのかも分からぬしの。見た所我らの宮とそう変わった価値観でもない。どこが足りぬのなど、そうすんなり分かるはずなどないではないか。主は我と歳が近いようだが、まだあのような最強の父に守られた主などに、何が分かると申す。初陣にもまだ出たこともないような井の中の蛙であろう。」

維明は、ぐっと眉を寄せた。どうやら、図星であったらしい。

「戦など、無い方が良いのだ。少なくとも我は民を危険に晒すような真似はせぬ。」と、踵を返した。「我は本日、もう己の対へ帰る。主も部屋へ戻れば良い。そうして、よう考えることぞ。時は待ってくれぬぞ。安芸は、既に変わり始めておると箔翔から聞いておるのにの。」

維明は、歩いて行く。翠明は、安芸と聞いて慌ててその背に叫んだ。

「安芸?!あやつはどこへ行っておるのだ。どう変わったと申す!」

しかし、維明は答えることなく歩き去って行った。

翠明は、変わったという安芸に、会ってみたいと真剣に思った。そうして、何も変わらない自分に、本気で焦り始めたのだった。


維月は、そんな様子を見てため息をついていた。どうも維明は翠明の事を良く思っていないらしい。前世、将維が炎託を連れて歩いていた時とは感じが全く違った。

そもそも友人など一人も居なかった維心の、友として長年側に居続けている炎嘉の息子であった炎託と、一緒にしてはいけないのだ。将維と炎託は、最初から仲良くなるのは決められたようなものだった。

維明は維月が育てたので維心ほど他人と付き合うのを嫌がらないが、それでも維心の子で、前世の維明が人嫌いで引き込もっていたことを考えても、積極的な方ではない。

たった一人で敵地に赴き、針のむしろだろう翠明に、維月は同情した。何とかしてやれないだろうか。

だが、自分が普通に行って、何か相談してくれるとは維月も思っていなかった。何しろ、龍王妃なのだ。それに、自分には一目で分かるこの気があるし…。

そこまで考えて、維月ははたと気付いた。そうだ。翠明は今、気が読めないのだ。ならば少し装いを変えてしまえば、元々顔はよく見てなくて気ばかり読んでいる神の翠明には、それが侍女なのか龍王妃なのか分かるはずなどない。

維月はぽんと手を打つと、心なしか肩を落として部屋へと戻って行く翠明を後目に、ぱたぱたと宮の中を走って行ったのだった。

翠明は、自分に宛がわれた部屋の戸を開いた。そこは、王族である自分にすらもったいないのではないかと思わせるほど、広々とした設えの美しい部屋だった。そこから臨める庭は大変に美しく、ここが客間であることは容易に分かる。そんないい部屋まで与えられ、皇子の政務や軍務を見る機会を与えられているにも関わらず、自分はまだ何も掴めていない。

焦る気持ちで、翠明は暗く沈んで居間の椅子へと深く腰掛けた。すると、脇から小さな声が聞こえた。翠明は、思わず耳をそばだてて声の方を見た。

『ですが、そのような…我らがどんなお咎めを受けるか。』

『大丈夫よ。私の一存なのだもの。』

『お待ちくださいませ!』

そこで、自分の部屋の戸ががばっと開いた。何の遠慮もなく開いたので、翠明が呆気に取られていると、そこには侍女の着物を着た女が二人、立っていた。一人の侍女は、ここへ来た時から自分についているのでやっと見分けが付くようになっていたが、一人は見覚えがなかった。翠明が思いもかけず戸の方を見ていたので、二人は罰が悪そうな顔をしたが、見覚えのない方の侍女が言った。

「翠明様。本日からお世話をさせて頂く侍女に加わりましたので、ご挨拶に参りました。」

翠明は、ハッと我に返って言った。

「…この宮では、挨拶に来る時いきなり戸を開けるのか。」

その侍女は、少しムッとした顔をした。翠明は、驚いて思わず退いた。

「失礼をしてしまいましたわ。ですが、ほとんどのかたは皆先に気取ってくださるから。」

今度は翠明の方がムッとした。確かに今我は全く気を読み取れぬがの。

「気の強い女ぞ。で、挨拶は済んだの。我は忙しい。」

片方の侍女は、慌てて頭を下げて出て行こうとしたが、その侍女は出るどころか翠明に一歩近付いて言った。

「まだ済んでおりませぬわ。」と、もう一方の侍女に言った。「あなたは下がっておって。用があったら呼ぶわ。」

翠明は、眉を寄せた。どうやら、この新しい侍女は他の侍女より立場が上らしい。その侍女はどうしようかとおろおろしているようだったが、結局は従ってそこを出て、最後まで気遣わしげにしながら戸を閉めた。残ったほうの侍女は、翠明の前に来て、言った。

「お話せねばなりませぬ。」翠明は、その物怖じしない様に退きながらも、迫力に押されて黙ってその侍女を見上げた。侍女は続けた。「座らせてもらってよろしいでしょうか?」

とても断れない雰囲気だ。しかし、なぜかこの侍女からは懐かしいような癒しを感じた。どこかで感じたような…。

翠明がためらっていると、答えを聞かずにその侍女は翠明の対面の席へと腰を下ろした。そして、いきなり言った。

「翠明様。私がお付きするからには、必ず何かを掴んで帰って頂かねばなりませぬ。翠明様には、まだ何もお分かりになっておられぬご様子。お一人でお悩みになっても、答えなど出ないのでございまするわ。一度、思うておることをこちらでぶちまけてお仕舞いになってくださいませ。」

翠明は、仰天してその侍女を見つめた。今まで、こんなことを自分に面と向かって言った侍女が居ただろうか。いや、侍従や臣下ですらなかった。

確かに、気を失った敗戦宮の王など、怖い事も無いだろう。だが、神の女がこんなにはっきり物を言うことすら、聞いたことがない。

「主…無礼だと言われたことはないか。」

翠明が言うと、相手は少し驚いたように目を丸くしたが、慌てて咳払いをすると、頷いた。

「ございます。ですけれど、はっきり言わねば伝わらないこともあるのですわ。それに、私には時間があまりないので。」

早く帰らないと、気取られて連れ戻されるし。

その侍女が心の中でそう思っているのも知らず、翠明は怪訝な顔をした。

「時間とな?主、我についておる侍女ではないのか。」

侍女は、首をかしげた。

「それが…奥宮も兼任しておるので、王がお戻りになったら、忙しくなるので戻らねばなりませぬの。」

翠明は、まだ表情を緩めなかった。

「兼任?ここには侍女が山ほど居るのに?それに、主のような侍女がこの厳しい宮の奥宮など務まるのか。」

侍女は、またムッとしたような顔をした。

「まあ、失礼ですこと。これでも私が居らねば奥宮は大変なのですわよ?」維心様が探し回られるし。侍女はまた咳払いをした。「それよりも、翠明様の事ですわ。あまり時がないのは同じでありましょう。さあ、思うておることをお出しくださいませ!私で無ければお話も聞けませぬし、こうして参ったのでありまするから。」

翠明はまだ訳が分からなかったが、どうせ分からないことだらけなのだ。もしかして奥宮の侍女ならいろいろ知っているかもしれない。翠明は、自分ひとりの頭の中では堂々巡りで答えが出ず、とにかくは話し相手が欲しかったところだったので、言ってみることにした。

「…公青が我に何を望んでおるのか分からぬのだ。維明には付いて回っておるが、取り立てて特別なことなど何も無い。それを申すと何を見ていると言われるし、だからと言って答えを教えてくれるわけでも、それを知っているわけでも無さそうな雰囲気で、我には訳が分からぬ。どこやらに行っておる安芸のほうは、何やら変わって来ておると申すし、焦って仕方がないのに、どうしたらいいのか見当も付かぬ。」

その侍女は、じっと聞いていたが、息をついた。

「答えとて、公青様が何を望んでおるのかと考えておられるうちは何も見つからぬということでしょうね。翠明様、答えはご自身の中にあるかと私は思いまする。公青様がどうのと考えていらっしゃる間は、答えは見つかりませぬわ。」

翠明は、案外にしっかりとした答えが返って来て、驚いた。しかも女なのに、この物言いとは。

「我の自身とな?我は、王として真っ当に生きておったと思う。此度の戦は短慮であったやもしれぬが、それ以外は立派に王であったわ。」

その侍女は、じっと翠明の目を見た。翠明は、女にそんな風に真っ直ぐに見られた経験がなかったので、戸惑った。

「それですわ。間違いのない神など居りませぬ。神の王は、皆己は間違えない、正しいと思うていらっしゃる。臣下達もそう思っておるので、それを裏切るわけには行かぬので、そうなるのだと私は思うておりまする。ですが、王だって力があるだけでただの神なのですわ。時に間違った判断もするのです。しかしそれを改めて同じ間違いは起こさぬからこその王であって、己の間違いを認めずに居てまた同じことを繰り返すような神は、王ではありませぬ。ただの愚か者ですわ。王たる資格はありませぬ。内省も出来ない神は、王座に居ては皆の迷惑になりまするから。」

翠明は、歯に絹着せぬこの物言いに、腹が立つより清々しくて思わず耳を傾けた。こんなにはっきりと言われたのは、父上がご存命の折以来やも…。

「ならば、主は我が己の間違いを認めない愚か者だと申すか。」

その声に怒りはない。侍女は首を振った。

「いいえ。戦のことは短慮だったと反省していらっしゃるのでしょう?私が言うておるのは、考え方の変革でございまするわ。まずは王を疑う臣下など居らぬのですから、王は己自身を疑ってよく考えねばなりませぬ。翠明様には、そこが欠けておられるように思いまするわ。まずは、明日から回りの神達の考え方をようご観察くださいませ。そうして、己の考え方といちいち照らし合わせて、何が違ってそれはどうしてなのかを考えてくださいませ。そうして、どうしてもご自分が間違っていないと思うのなら、その考えかたの違う神にその旨を話し、相手の意見を聞いてみてくださいませ。それは相手にとっても良い刺激になり、お互いの向上になると思いまするわ。」

翠明は、目から鱗が落ちたように思った。考え方と。己を疑えと言うか。しかし、確かに誰も意見などしないので、間違っていないと決め付けていた…もしかして、どこか違うかもしれぬということか。

「…なぜに先にそれを言いに来てくれなんだ。維明のこと、このひと月違った視点で見ておれたであろうに。」

翠明が言うと、相手は困ったように微笑した。

「申しましたでしょう?私はとても忙しいのですわ。」

すると、また戸がいきなり開いて、別の侍女が叫んだ。

「維月様!王がお戻りに!」

維月と呼ばれたその侍女は飛び上がるように立ち上がった。

「まあ!ではね、翠明様!また、来られたら来まするから!」

維月は、答えも待たずに駆け出して行った。翠明は、女神があれほど走るのを初めて見て驚いていた。しかも、結構速い。

「維月…。」

どこかで聞いたような。

翠明は思ったが、あんな女は見たことがなかった。しかも、あれほどはっきりと的確に物を言うなど、聞いたこともない。礼儀には疎いようだったが、あんな珍しい女であるから、奥宮では案外に重宝することもあるのかもしれぬ。

翠明は、やっと糸口がつかめたような気がして、その日は久しぶりによく眠ったのだった。

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