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侍女

安芸は、自分付きになったという数人の侍女達に頭を下げられて、眉を寄せていた。なぜに罪人に侍女など付ける。

「我の見張りか?」

皆、戸惑ったように顔を見合わせている。何やら脅えているようだ。すると、一人の侍女が進み出て、頭を下げた。

「いいえ、安芸様。我らはお仕えするようにとの命しか、受けておりませぬ。どうぞ何なりと、お命じくださいませ。」

安芸は、そのはっきりとした口調に驚いた。侍従ならいざ知らず、侍女がこれほどはっきり物を申すものか。さては、侍女に扮した女の軍神とかであるの。

「…ふーん。こちらの宮では、皆このように気が強いのか?」と、その侍女の腕を掴んだ。「何なりとと申したか。ならば主、こちらへ来て伽をせよ。」

その侍女は、驚いたような顔をしたが、じっと安芸の顔を見て、言った。

「ならば、何としても王として宮へ戻って頂かねば。」安芸は、驚いた顔をした。侍女は続けた。「ここの侍女は、伽などしませぬわ。ということは、娶って頂くことになりまするし、そうしたら私の妹も面倒を見て頂かねばなりませぬし、力も地位もない殿方では困りまするの。」

他の侍女達は、おろおろとそんな様を見ている。その女は、気丈にじっと安芸の目を見返してはいるが、それでも掴んだ腕は細く、小刻みに震えていた。毎日刀を振っていたら、こんな細い腕ではない。

安芸は、ふっと笑うと、その腕を放した。

「…そうか。ただの侍女か。」その侍女は、驚いたように安芸を見ている。安芸は、言った。「ここの侍女は伽はせぬ。覚えておこう。」

その侍女は、ホッとしたように小さく息をついた。そして、皆と共に頭を下げると、出て行こうとした。安芸は、呼び止めた。

「侍女。」すると、さっきの侍女が振り返った。安芸は続けた。「主、名は何と申す。」

その侍女は、頭を下げた。

「はい。凜と申します。」

安芸は、頷いた。

「凜。」そして、言った。「主は面白い女ぞ。本当に神か?」

凜は、驚いたような顔をした。そして、ふふっと笑うと、答えた。

「いいえ。今の安芸様には分かりませぬわね。私は、半分が神。半神であるのですわ。半分は人。なのでこのように、変ですの。」

安芸は、目を丸くした。己で己を変と?

「ぷ」安芸は、堪え切れずに噴き出した。「ははは!何と面白い女ぞ!己で己が変だと言うか!」

凜は、安芸があまりに笑うので、さすがに不機嫌になって、出て行き掛けていたのを、安芸に向き直って抗議した。

「まあ!私は自分を変だとは思っておりませぬが、軍神達がそのように申すのですもの!」

安芸はまだ笑っていたが、頷いた。

「確かにの。見たこともないような女。少なくとも我が宮にはそんな女は居らぬ。主は鷹の半神か。」

凜は、首を振った。

「いいえ、鷹は誰が生んでも鷹でございまするので。私はただの神の半神で、今は月の宮でお世話になっておりますの。そして、こちらへ行儀見習いに来ておりまして、こうして安芸様がいらしたので、お世話係りに。」

安芸は、月の宮と聞いて、表情を変えた。

「月の宮…月が降りる宮か。」

凜は、頷いた。

「はい。王は争いを好まぬ穏やかな王で、しかしながら大変な力をお持ちでいらっしゃいまする。」

安芸は、険しい顔で頷いた。

「蒼と申す神よな。我の力を奪いおった。」

凜は、ハッとして安芸を見た。気を奪われてとは…王がなさったことだったのか。

「ならば、我が王は約したことは絶対に違えぬ王であられまするから。安芸様には、こちらで励まれまするように、何なりとお申し付けくださいませ。」

安芸は、凜を見た。

「主、では我が妃になるか?」

凜は、びっくりして安芸を見た。

「え?」

安芸は、再び凜の腕を掴んだ。

「我が妃になれば、主は本気で我を王座へ戻そうとするだろう。我に何が足らぬのか、どうせよと申すのか、主に探らせることが出来ようが。」

凜は、じっと安芸を見た。本気だろうか。だが、気はとても落ち着いているように見える…。

「…そのようなこと。私を本気で娶ろうなんて、思ってもおられないくせに。安芸様、ならば共に。私だって何も知りませぬの。最近に神世へ来たばかりでございまするし。ですが安芸様が何をお知りにならねばならないのか、侍女として探して参りまするわ。」

今度は、その腕は震えていなかった。安芸は、ため息をつくと、その手を放した。

「すまぬ。性急であったな。だが、急いでおるのだ。我が宮の、臣下軍神の命が懸かっておるのだ…公青が求めるもの、我はあれに提示せねばならぬのだから。」

凜は、少し赤くなってしまった腕をそっとさすりながら、言った。

「お気持ちは分かりまするわ。」

安芸は、キッと凜を睨んだ。

「主ごときに何が分かると?」

凜は、すぐに腹を立てる安芸に、ため息をついて、言った。

「安芸様。まずはその、すぐにご機嫌を悪くされるのをどうにかなさらねばなりませぬ。王が、直情的ではならぬのではありませぬか?」

安芸は、ふんと横を向いた。

「うるさいわ。そんなことは、幼い頃からよう父や臣下に言われておった。」

これでも直った方だ。安芸は心の中で思っていた。凜は、言った。

「まず、焦るお気持ちが分かると申したのは、私も同じであるからです。」安芸は、怪訝な顔をして、凜を見た。凜は続けた。「父が、気を消耗する病に罹っておって…でも、事情があって、治癒の者を差し向けるわけには行きませぬ。命は数年と聞いておりまするのに、病が発覚してからもう一年。何も手立てを考えられず、時が過ぎるままになっておりまするの。私も神世を学んで、どうにかする方法はないかと焦っておりまする。」

安芸は、驚いた。一見、何の悩みも無さそうな女なのに。

「…ならば、主とてあと一年ほどか。父の命の期限は。」

凜は、頷いたが、下を向いた。

「諦めませぬわ。ですが、あまりにも非力で。我が王にもどうにも出来ないこと。それでも、諦めませぬ。ですから、安芸様もご自分の民のために、ご努力下さいませ。ここには、敵など居りませぬ。誰も安芸様を攻撃しようなどと思うておりませぬから。今は、回りをお疑いになるのはおやめになって、ご自分と戦ってくださいませ。」

安芸は、絶句した。自分と戦えと…そうか。我は、ここへ来たのは誰と戦うためでもない。ただ、自分を見つめ直し、公青が足りぬと思っている所を見つけ、そこを正したふりをすれば良いのだ。つまりは、答えは己の中にある。全て間違いなど無いという思い込みを無くし、自分を抑え、自分と戦うしかないのだ。

安芸が急に棒立ちになって、呆然と立っているので、凜はまた気を悪くしたのかと、恐る恐る顔を覗き込んだ。

「安芸様…?あの、またお怒りになりましたの?」

安芸は、ハッとした顔をした。そして、凜を見ると、声を立てて笑った。

「怒り?何を言うておる。主があまりにはっきりと申すので、気付いたことがあった。それだけぞ。」

凜は、ホッとした顔をして言った。

「そうでしたの。それで、何に気付かれたのですか?」

安芸は、ふふんと腰に手を当てて笑うと、言った。

「主が変な侍女だということぞ。嫁の貰い手は無いの。」

凜は、まあ!と頬を膨らませて怒り出した。

「初対面の女に向かって、何をおっしゃるの?!気にしておるのに!」

安芸は、はっはと笑いながら、手を振った。

「主でも気にするのか?そんな風には見えぬのう。」

凜は、思ったとおり失礼な安芸に憤慨しながらも、案外感情に正直で分かりやすいので困らないかも、と思っていた。

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