準備
維心は、晃維からの頼みを受けて、宮からそれ相応の嫁入りの品を出すことを命じた。
公青は、奏を略奪したと告示した。本来ならば臣下から申し入れて来ることを、あの書状では公青の自筆で記されていたのを、維心は見逃さなかった。つまりは、やはりあちらの臣下は反対していて、公青が無理に推し進めていることなのだろう。
維心は、公青の覚悟を知った。王が、己の一族の存続を考えないはずはない。他の種族の下へと下ってしまうような危険は、絶対に冒さないのだ。それなのに、公青は奏を妃にと踏み切った。それも、子を産めばその始めの男子が跡取りになるのが通例の、正妃として娶ると。
維心は、隣に座る維月を見た。もしも自分なら、どうしたであろう。維月を娶るため、恐らく公青と同じようにしただろう。だが、最初から正妃に出来ただろうか。民達が他の種族の下へと下ることになるのに、その判断は…。
そこで、維心ははっとした。そうか。我ならば、恐らく同じようにした。そうして、臣下達は反対し、その後…。
維心が考え込んでいると、兆加が入って来て維心と維月の前に膝をついた。維心は、言った。
「…どうであった。」
兆加は、顔を上げた。
「はい。王からの命を受け、我が此度の婚姻を取り仕切ることになったことをあちらへ伝え、そして正妃とのことですので結納の日取りを取り決めるようにと申しました。あちらからは、先ほどやっと返事が参り、ひと月後、とのことでございます。」
維心は、頷いた。やはり、龍の本宮からの書状に答えぬわけには行かぬので、とりあえずの返事を返したということか。
「ならば、東の大広間を使うが良い。あの部屋は我は仰々しくてあまり好まぬが、他の王には好評であるようだしな。」
維月は、それを聞いて思っていた。東の大広間は、総大理石の豪華な部屋だ。金細工があちこちに施され、天井も見事な彫りで飾られている。確かに、あそこは他の王達が訪れた時、軒並み絶賛する部屋だった。
兆加は、頭を下げた。
「はい。では、そのように取り計らいまする。」
維心は、ため息をついた。
「それにしても、公青も思い切ったことをしたもの。本来、龍を正妃になど誰も出来ぬ。妃にとは聞いたことがあるが、それでも子が出来れば里へその龍だけでも返しておった。後々、王座争いの際に面倒なことになるからだ。それを、正妃に据えるなど。」
兆加も、神妙な顔で、頷いた。
「はい、王よ。我らも此度のことは、大変に驚きましてございます。公青様にも、並々ならぬご決断であったかと思いまするが…あちらの臣下のことを考えますると、此度は大変なことになるのではと危惧しておりまする。」
維心が頷くと、維月が不思議そうに兆加と維心を見た。
「大変なことにと申しますと?」
維心は、困ったように維月を見た。
「主に言うて良いものか。すぐに案じるであろう?」と、兆加をちらと見てから、続けた。「臣下が、反乱を起こす恐れがあるのだ。」
維月は、驚いて口を押さえた。
「臣下が…?ですが、例えそうなっても、公青様のお力は絶対でありましょう?まさか、王座が揺らぐことなど…。」維心は、まだ困り顔をしている。維月は、不安になって続けた。「…あるのですか?」
兆加が、頷いた。
「はい、王妃様。臣下達は、この婚姻で龍が生まれると確信致しておりまする。それは、我らでもそうでございます。今まで、龍から他の神が生まれたためしはございませぬゆえ。」
維月は、それを聞いて美加のことを思い出した。でも、美加はドラゴンを生んだ。奏だって、可能性はあるはず…。
維心が、引き継いだ。
「それゆえに、それが正妃となれば、正妃の生んだ男子は皇太子になるのが世の倣い。此度の場合、次代の王が龍となることが、確定することになるのだ。さすれば、龍は龍王の統治に従わねばならぬから、必然的に公青の宮は龍が収めることとなる。」維月が、ひたすらに目を丸くしている。維心は続けた。「臣下は、それを避けるため、公青を退けて新しい王を立てようとするかもしれぬ。」
維月は、必死に言った。
「ですが、西に公青様に代わる神など居りませぬでしょう!そのようなこと、出来るはずなど…。」
維心は、悲しげに首を振った。
「臣下は、何より一族の存続を考えるもの。誰でも良いのだ。とにかくは、公青に代わる神を立てて、公青を降ろし、一緒に奏も追放、もしくはこちらへ帰すだろうの。命は取らぬ。龍を敵に回せるほど、公青無くしてあちらは力がない。」
「そんな…」維月は、力なく言った。「公青様は、このような可能性があることを、ご存知ではありませぬの?」
維心は、苦笑した。
「恐らく、知っておる。」兆加も、それを聞いて小さく頷いている。維心は続けた。「公青は、わかっていて奏を正妃にすると申したのだろう。我も、それに思い当たった。もしも我ならと考えた時、恐らく我も同じようにした。臣下達に、わざとそうするように持って行き、自分の王座を剥奪させるのだ。さすれば、地位はなくなるが、一族は存続する。奏は、共に連れ参り、どこかでひっそりと静かに暮らせば良いのだ。ただの神としての。」
維月は、涙ぐんだ。公青を、侮っていた。まさかそれほどに情深いとは思ってもおらず、女など道具のように思っているのだと思っていた。なので、奏の相手が公青だと聞いた時には、案じたものだった。だが、公青は、奏のために、地位も何もかも捨てる覚悟をしたのだ。ただ、奏一人のために。
兆加が、下を向いた。
「そうだとしたら、公青様には大変に大きな代償を…。しかし、臣下ももしや、公青様に従う決意をするやもしれませぬ。まだ、分からないのでございます。王妃様、どうかお気を落とされぬように。」
維月は、涙を隠そうと横を向いて頷いた。維心が、維月の肩を抱きながら、息をついて言った。
「困ったの…我には何も出来ぬのだ。龍王が、龍の正妃を認めよとあちらへ求めれば、侵略の意図ありと見られてしまう。ここは、黙って見ているよりない。あちらの出方を見ようぞ。どちらにしても、これは公青の判断。奏は、知っておるのか分からぬがの。」
維月は、頷いて維心の胸に顔をうずめた。維心は、そんな維月を抱きしめながら、見守って行こうと思っていた。
公青と奏は、奥の間の窓から、寄り添って月を眺めていた。
公青は、奏を奥の間から決して外へは出さなかった。なので、本来ならば入れない奏の侍女も、公青の侍女と共に奥の間に出入りするという事態になっていた。
それでも、公青はここから奏を出そうとはしなかった。なぜなら、ここは唯一臣下が許可なくして入って来れない場所であるからだ。臣下達と遭遇して、奏が肩身の狭い思いをしないようにと、公青は案じていたのだ。
奏は、公青の腕の中で、微笑みながら月を見上げている。公青は、そんな奏の髪に頬を摺り寄せながら、言った。
「すまぬの。こんな場に篭めておって…もうしばらくの辛抱ぞ。」
奏は、公青を見上げて首を振った。
「我は、幸福でございまするわ。こうして、公青様のお側に居るなんて、夢のようでありまする。どこであっても、お側に居られるのなら、良いのです。少し前は、こうして公青様を想って空ばかり眺めておったものを。」
公青は、じっと奏を見つめると、真剣な表情で言った。
「奏、では、もしもこの宮ではなくて、他のもっと小さな屋敷などでも良いか?」
奏は、驚いたような顔をしたが、不安そうに言った。
「それは、その…公青様は、毎日そこへ通ってくださるのですか?」
公青は、首を振った。
「通うのではない。共に暮らすのだ。ここよりずっと小さな…そうよな、もしかしたら、あのウサギ小屋より少し大きいだけやもしれぬ。」
奏は、笑った。
「まあ。どこなりと、我は共にならよろしいですわ。離れて広いお屋敷や宮などに居るより、小さな小屋の方がお側に寄れまするし。」
奏は、嬉しそうにはしゃいでいる。公青は、そんな様に、微笑んだ。
「奏…。」と、公青は奏を抱きしめた。「我にとり、主はただ一人の存在ぞ。我は、主が居ればよい。何も要らぬ。このような心持ちになるなど、思いもせなんだ。主しか要らぬ。他の何も…。」
「公青様…。」
奏は、公青を抱きしめ返した。公青は、今も宮の中で画策している臣下達の動きを感じていた。だが、後悔はしていなかった。何もかも捨てて、奏と共に。我の生で、唯一望んだ幸福なのだから。




