その名はキサラギ―The name is Kisaragi―
曲も中盤に突入し、4人の集中力が試される展開になって来た。その中で最初に途切れたのは…。
「コンボ数ではこちらが上なのに、どうしてスコアはリードされ続けるのか!?」
黄色がトップになっているアオイを未だに抜けない事に焦り始め、中盤の難所であるレールマーカーで重大なミスをしてしまった。
「ゲージが…」
青と赤が声をかけた時には既に遅かった。黄色のゲージは中盤で60%位まで落ちていたのだが、中盤で一気に50%ギリギリまで低下してしまったのである。
「何と言う事?」
黄色がゲージを低下したのと同じタイミングで、青が2回転半ジャンプと言うパフォーマンスを披露しようとして、1回転半しかできずにパフォーマンススコアも2回転半より低いスコアになっていた。
【勝負あったな】
【50%ギリギリでは、後半を切り抜けるのは非常に難しいだろう】
【黄色の脱落は確定として、残るは青と赤か。パフォーマンスでゴール後のボーナス狙いのように見えるが…】
【アオイの方は、ゲージが80%辺りで一定のような気配がする。そして、他の3人のようにパフォーマンスを全く行っていないのも気になる】
【パフォーマンスなしで完走すれば、別ボーナスが獲得できる。初プレイでボーナスは意識していないと思うが】
ネットの方でも既に勝負あった……と言わんばかりの反応だった。
「パネルを通過するだけとはいえ、こういう流れになるとは予想外ね」
アオイも最初の内は苦戦したが、パネルの判定に関しては次第に慣れていった。シューティングゲームを思わせるようなスピードが一定のスクロールは、後にある盲点をアオイに抱かせる展開となる。
「左に動けば左に動き、右に動けば右に動く。ごく当たり前の動作なのに、音楽ゲームと聞くと違和感を感じる…」
音楽ゲームの場合、作品によるが上から降ってくるノーツをタイミングに合わせてボタンを押していくという流れがメインで、ボタンの数等はゲームによって異なる。それが、サウンドドライバーではボタンではなく自分自身が動いてタイミング良くパネルを通過していくシステムに変わっているのが特徴なのだが…。
「やはり、動作に慣れない人間では苦戦は必須…と言う事か」
パネルのひとつひとつを確実に通過し、アオイは順調にスコアを獲得していく。その一方で、相手の3人組はスコアよりもコンボやパフォーマンスのボーナスに比重を置いているように思われる。
曲は終盤に突入。ここまでのコンボでリードしているのは赤だが、スコアでは未だにアオイを抜く事は出来ない状態だった。
【やっぱり、そう言う事か―】
【コンボを切らないプレイスタイルにこだわるあまりに判定やスコアの方を忘れてしまっている。コンボボーナスが追加されるのは完走後、ゴールが出来なければ同じ事か】
【しかし、他の音楽ゲームと違って曲の途中でゲージが0になっても演奏失敗はないはずだ。ゴールは確実に出来るだろう】
【ゴール自体は問題ないが、ゲージが0の状態でゴールをしても演奏失敗扱いになる。ボーナスは演奏失敗時にはプラスされないようになっている】
【なるほど。アオイが仮に演奏失敗したとしても、スコアで大きくリードしている以上は…】
【そうはならない。アオイの場合は純粋なスコアで3人を大きく引き離しているが、演奏失敗をすれば演奏が成功したプレイヤーより下の順位扱いになる】
【つまり、あの3人にとってはアオイが演奏成功をしなければ逆転できると言う事にもなるのか】
「これで勝負あったな。あの3人組、終盤で仕掛けてくる可能性があるな」
ネットでの会話の流れを見ていたエイジは、終盤で3人組が見えない部分での妨害を仕掛けてくる可能性を考えていた。
タタタタタ――壁を挟んで右側のレーンを走っていた青がアオイに向かってモデルガンを撃ってきた。本来、武器の使用は禁止されているはずなのだがレースが止まる様子はない。
「!?」
「どういう……事だ?」
「どうしてこうなった?」
赤、青、黄色が3人揃って目の前の光景に衝撃を隠せないでいた。モデルガンを撃った次の瞬間、何とアオイのユニットに搭載された羽が6枚分離し、放たれたBB弾を全てガードしていたのである。
【どういう事なの?】
【誰か説明してくれよ!】
【これって、別の世界線であった…】
【ここまでくると、実際にバトルが出来る展開になりそうだな】
【武器の使用自体は禁止だが、防御システム自体は禁止されていない。これは、向こうが一枚上だったと言う事か】
【キサラギのテクノロジーは化け物か?】
【武器は禁止でも、ガンシューティング音ゲーみたいな扱いの物ではありだったはずだが…あれも同じような物なのか】
ネット上でも、この展開に関しては衝撃を受けていた。つぶやきの半数以上は『吹いた』や説明を求める『三行で説明してくれ』等である事が、この衝撃を物語っている。
「何か分からないけど、今ならば行ける!」
アオイが直線をダッシュで突き進むもうとしたが、スピードが途中から上昇しない。どうやら、スピードに関しては一定の速度で固定になっているようだ。
「言い忘れていたが、難易度が簡単な譜面では車やバイクみたいに加速を自在に動かす事は出来ないようになっている。速度は、曲のBPMに依存されていると思ってくれ」
少佐の一言を聞き、こういう事は先に言って欲しいと思ったが、向こうが慌てているのは逆に言えばチャンスなのかもしれない…と。
「画面にノイズが……?」
アオイのARに若干だがノイズが混じっているように見えた。どうやら、あのBB弾には仕掛けが施されている物だったらしい。
「ARなしでプレイするのは、ステルスプレイと同じ。一体、どうするつもりなんだ?」
店員はノイズの入った状態のAR画面を見て、このままではプレイを中止させるしか…と考えていた。しかし、少佐の表情に変化はない。一連の妨害は想定済と言う風にも見える。
「使っていない2枚の羽を使え。ノイズが入っていてもシステムオプションの立ち上げは可能だろう」
少佐の通信を聞き、アオイは即座に右腕のガジェットを使用してシステムオプションを立ち上げ、未使用のウイング2枚をタッチする。
「これって、もしかして?」
数秒後、アオイの目の前にはARなしでは表示されないはずのパネルが全て表示されたのである。どうやら、ARなしでもパネルを可視化する為のサーチシステムらしい。
「あんなのアリかよ!」
せっかく考えた赤の作戦も水の泡となり、最終的には黄色を除いた3人が完走と言う暫定結果になった。
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《リザルト》
AR及び周囲の大型モニターに今回の結果が表示された。黄色が演奏失敗になった為に最下位、3位は青、2位は赤、そして、1位には初挑戦のアオイが初戦を飾ると言う結果になった。
「初めて勝った…の?」
アオイは、ARメットを外して観客に素顔を見せる。それを見て驚いたのは、一部の観客だった。
「あの顔には見覚えがある。アイドルデレのアオイか」
グリズリーが彼女の顔を見て断言した。そして、グリズリーはしろくまと共に観客席を後にした。
「やっぱりか。彼女の顔には見覚えがなかったが、ネットの反応を見ると間違いないようだ」
エイジは彼女がアオイと言う事が見破れなかったが、ネット上での会話の流れ等を見ると間違いはないようだった。そして、収穫を得たエイジも観客席を後にする。そこで、偶然…。
「あんたたちは確か―?」
観客席を後にして帰ろうとしていたしろくまとグリズリーに遭遇した。そして、もしかすると『超有名アイドル支援団体』の一員なのでは…と思っていた。
「おそらくは見間違いだろう。我々は、観客の一人だよ」
グリズリーが支援団体との関係を否定し、彼らは着替えスペースへと向かった。
午後4時、場所はレースエリアから若干近場にある大型アミューズメント施設。ここでは、サウンドドライバー専用モニター以外にも複数の音楽ゲームが設置されている。
「なるほど。大体分かった」
ネットでの生中継を見ていたのは、西雲零人だった。今回のレースで気になったのはアオイではなく3人組の方だったのだが…。
「あの3人組の動きは、例の動画でも指摘されていた連中の仲間という事か」
西雲の言う連中とは、超有名アイドルファンや元超有名アイドルの研修生等で構成されたサウンドドライバーのグループの事で、彼らの目的は超有名アイドルの楽曲をサウンドドライバーで採用する事である。
「しかし、あのグループは壊滅したとばかりと思っていたが、今になって復活したのか? それとも支援団体の力を利用したのか…」
実は、今年の2月に本格的活動を開始して超有名アイドル楽曲を収録してもらおうと動いていたのだが、グループは3月に壊滅している。
【あのグループの残党なのか? 例の3人は―】
【第一、機体のカラーリングバリエーションが違う。あのグループは一貫して超有名アイドルの楽曲に合わせた色やCDジャケットを模した部隊マーカー等を使う傾向がある】
【あのカラーリングは何かのヒーローを連想させるものだった。あのグループと断定するには時期が早い】
【使われていたエンブレムは間違いなく、あのグループの物で間違いはない。部隊マーカーは目立たせる部隊と特に持たない部隊で分かれていたから、参考にはならないと思う】
ネット上では例の3人組が、グループの残党ではないかと言う説が浮上していた。更には、復活したのでは…と言う話まで出てきた事により、状況は一変する。
その一方で、例のグループに関して疑問にもったユーザーが質問をし、それに回答しているユーザーも何人かいた。
【あのグループは特に組織名は持っていなかったが、超有名アイドルの楽曲を収録して名声を上げようと考えていたらしい】
【しかし、ガブリエルのオリジナル楽曲オンリーと言う方針を変える事は出来なかった】
【方針を変える為に、500京円程の契約金を積んで超有名アイドルの曲を収録しようと考えていた。それ位、向こうもサウンドドライバーの存在を脅威と感じていたのだろう】
【500京円と言う金額、それがガブリエルの逆鱗に触れた説がある】
【最終的にグループは1人のプレイヤーによって壊滅させられた―と言う事になっている】
【壊滅? 解散とか消滅ではなく?】
【あの状況は、間違いなく壊滅と考えるのが正解だろう。しかも、壊滅させたのはなんとかラインというネームのプレイヤーだったか?】
午後5時、早めにシャワーを浴びようと準備をしていたアオイは、スマートフォンで例のグループが話題のキーワードになっていたので検索していたのである。
「なんとかライン……!?」
思いだそうにも急いでシャワーを浴びたいので、まずはシャワーを浴びる事にした。
「どうやら、あの3人組は別の人が通報したみたいですね」
同じく、アンテナショップへと向かっていた店員がアオイと同じく例のグループが話題になっていたのでチェックしていたのである。
「とりあえず、こちらは自分の仕事に戻りますか」
例のグループも気になるが、今は仕事が優先と言う事で午後5時30分まではアンテナショップのバイトを続けることにした。
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午後6時、大型アミューズメント施設。先程まで西雲がサウンドドライバーをプレイしていた場所でもある。
「何て奴なんだ。あの複雑なコースでもあっさりとクリアするなんて」
「アレがランカーという人種なのか?」
「西雲…聞き覚えがあるな。これも血筋と言う物か」
西雲のスーパープレイは、既にランカーと言う領域に至っているのではないかという意見がほとんどだった。
大型アミューズメント施設コースは、3階建てのアミューメント施設専用駐車場をサウンドドライバー専用施設に改装しただけと言う物で、上り坂や駐車場の名残とも言える場所は多く存在する。さすがにエレベーターやトイレと言った場所はコースに使用されていないが…。
「直線やトラックコースではない、あれだけ複雑な駐車場コースでも難なくクリア出来るとは」
「西雲零人、今や彼を超えるランカーはいないのか?」
「ここまで凄いと、彼がリアルチートにも思えてくる」
観客は西雲に勝てる人間は存在しないのでは…と断言している者もいる。
【ここ1週間でのスコアランキングを見ると、西雲に勝てそうな人物はいないだろう】
【2位のガブリエルはスタッフ扱いで外すとして、3位のレイヴン、4位のエイジ、5位のグングニル、6位のオーディーン…この辺りか】
【プレイ回数をここ数日で伸ばしているヴォルテックスも油断できない。スコア的な部分は頭打ちだが、譜面のクリアランプを次々と増やしているのが気になる】
【後は妙な名前を見つけたんだが…50位辺りにいる、この名前だ】
【ワールドライン!?】
【何かの間違いじゃないのか?】
【あいつは超有名アイドルファンが集まっているグループを片っ端から潰した『ヴァーミリオン』の異名を持つプレイヤーだぞ】
ネット上では、西雲のスーパープレイを見終わって対抗馬がいるかどうか…と言う話からワールドラインの名前が突然出てきた事に驚きを隠せない。
「えっ? ワールドラインって……」
一連の流れをシャワー後にパソコンで確認していたアオイは、ワールドラインと言う名前を聞いて衝撃を受けた。
「ワールドライン、直訳すると世界線―。別のゲームで猛威をふるったプレイヤーで、同じ名前を見た覚えがあったような気がする」
アオイは気になる事があり、ネットでワールドラインと言う名前を検索する。
「やっぱり! そうなると彼は何の為にサウンドドライバーを…」
アオイの予感は的中していた。一緒にいた、あの店員はワールドラインだったのである。何の為にサウンドドライバーを始めたのかは、検索をしても情報はつかめなかった。
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4月17日午前7時、サウンドドライバーのコースメンテが終わる時間である。午後11時にスーツレンタルが終了、ゲーム終了は深夜0時、深夜1時からゲーム開始の午前7時まではコースのメンテナンスが行われる。
「ようやく、ADSのメンテが終わったか…」
通勤でバスを利用している乗客の一人がつぶやく。サウンドドライバーのコースは実際の道路を利用している関係もあって、時間によっては該当エリアの道路を全面封鎖して行わなくてはいけない。
「ADSの定期メンテナンスとはいえ、車が自由に使えないのは不便だな」
自動車、バス、タクシー等が全てADS制御となって渋滞や事故は激減したが、新たに定期的なシステムメンテナンスで車が使えなくなると言う別の問題が発生していた。そう言った点でADSも万能ではないと言う事が市民にも浸透していた。
「!? 何だ、あれは……」
バスの乗客も驚くような光景、それはバスの真横を通り過ぎたのがサウンドドライバーだったからだ。本来、サウンドドライバーを専用コース以外で走らせる事は違反となる。
「やっぱり、気のせいだろう。早く、何処かで仮眠を取らなければ」
寝不足が原因で幻覚が見えたのだろう。彼はそう判断して、梅島でバスを降りた。バス停から歩いて1分弱した所に、彼の働いている会社のビルがあった。
「おっと、素顔では受付で止められるな。これを被らなければ」
彼は周囲に人がいない事を確認し、虎の覆面を被って会社のビルに入っていった。いくら寝不足でも、覆面なしでビルに入れば受付嬢にアポの有無を聞かれてしまうのは避けたい…と言う理由が覆面にはあった。
「おはようございます」
バニーガールのコスプレをした女性が虎の覆面に対して挨拶をする。お互いに外見は何も言わない事から、突っ込むのも無駄と判断したのだろう。バニーガールの方は本場のカジノよりも布地が少なく、下手に出歩けば警察に職務質問されるだろう。
午前8時、梅島の某ビルにある会議室。そこでは、動物の覆面をした社員らしき人物が円卓に並べられたテーブルにずらりと揃っている。
「今回の定例会議は、これを見ながらお送りしましょう」
何故か動物コメディ番組を見ながら会議が進められている。円卓中央にテレビが置かれており、そこから番組が流れているのだが…。
「会議の内容ですが、モニターの方が諸事情で使えません。従いまして、テーブルに置かれているファイルからご確認をお願いします。質問に関しては特別なチャットルームを開設しましたので、そこへ書き込んで下さい」
どうやら、モニターはフェイクでテーブルに置かれたファイルの内容に従って会議を進めるらしい。何故、モニターを使わないのか…?
「すみません、モニターが使えなくなったという理由は?」
シマリスの覆面をした人物が議長であるゴリラの着ぐるみに質問する。
「昨日の話ですが、今年の1月から3月、更には今月分の会議内容がネット上に流出しました。誰が流したかは見当はついていますが、この場で言うと我々の立場も危ういので…」
どうやら会議の内容がネット上に流された事で、ファイルというアナログな手段で会議を進める事になったらしい。しかし、情報を流出させた人物に関しては言葉を濁して話さなかった。
【今回の議題は『キサラギ』についてか】
【確かに、あの企業はオーバースペックを持っている。更には超有名アイドルとのタイアップを次々と拒否―】
【我々にとっては邪魔とも言える存在。すぐに日本政府の圧力でキサラギを潰さなければ】
【キサラギさえ消えれば、超有名アイドルによる絶対王政を作る事も可能になる。手を打たなければ】
チャット上では、キサラギに対して圧力をかけるべきと言う発言が大半を占めている。
【しかし、キサラギのオーバーテクノロジーは日本で到底生み出す事が出来ないような物ばかりだ。超有名アイドルに従わないという理由で会社を潰せば、逆に風当たりは悪くなる】
【潰すとしても、ミスリル繊維、ADS専用CPUクーラー、超小型太陽光発電機、マイクロエンジン技術、工業用強化型ロボットフレーム等、どれをとっても今や必需品なのが問題だ】
【キサラギの企業価値は、世界の認める日本企業トップ3に入る程の大企業にまで発展している箇所も課題になっている】
【逆に超有名アイドルの関係する企業はトップ100にも入っていない。下手に潰しても、逆恨み乙で海外から批判を受けるのは確実】
キサラギを潰す事に反対する側の意見としては、日本で他の企業が製造不可のオーバーテクノロジー、世界からも支持を受けている圧倒的な知名度、企業価値の高さ等があった。
「考えたようだな。向こうも…」
アンテナショップ内でワールドラインがスマートフォンで会議中継を確認しようとしたが、今回は中継もされていない為に会議の様子を知る事は出来ない。向こうで何かあったのは間違いないと判断した。
「ならば、こちらも策を考えるか」
ネット上での情報流出だけでは飽き足らず、ワールドラインが考えた次の策、それは…?