動きだす光と影-The light and the shadow which begin to move-
4月15日、それは別の勢力が動き出した日でもあった。
午後1時、梅島某所のビルでは『超有名アイドル支援団体』の会議が行われていた。既に会議室には30人ほどが集まり、入りきらなかったメンバーは隣の部屋で会議室の様子を中継映像で見ていると言う流れである。
「では、会議の方を始めましょう。最初の議題は、ここ最近のCD売り上げについてです」
どう考えても会議という場では不適切と思われるかわいい虎の着ぐるみをした人物が会議の開始を宣言する。
「1月から3月までは超有名アイドルのCDが順調に売り上げ、中には1000万枚を突破した物も複数あります。それ以外にも、去年リリースされた物で5000万枚到達を達成したシングルも…」
次にCDの売り上げ推移を説明し始めたのは、こちらもファンシーなコアラの着ぐるみの人物である。その他にも、ライオンやゾウ、パンダ、熊、果てはクジャクという着ぐるみも周囲には存在した。
「何だ、この会議室は?」
「いくら正体を隠すためとはいえ、やり過ぎなのでは?」
「ガブリエルに正体を見破られた人物もいる以上、ここまでやる必要性があると言う事だ」
隣の部屋で様子を見ているメンバーも、不死鳥、ドラゴン、タイガーと言ったような覆面をしている。今回の会議は見学者も覆面が義務とされている。そして、会議参加者は着ぐるみ着用必須と言うルールになっていた。
「今まで、まともに支援団体が会議を行った記憶は一度もない。過去には超有名アイドルの楽曲を流しながら行ったり、所属タレントや局アナを代理にして水着着用の会議を行った事もある」
「色々と大変なんだな……支援団体も」
「いよいよ、本題か?」
構成員の苦労話等で盛り上がる中で、いよいよ本題に突入する。
「予備知識の説明をした所で、本日の本題に移りましょう。今回は、4月に入ってから急落した超有名アイドルのアルバム売上についてです」
30分後に始まった本題は、予想外にもアルバムの売り上げだった。シングルの売り上げは好調な一方、説明の中でもアルバムの不振が目立つと説明されていたが――。
「まずは、こちらをご覧ください」
ラマの着ぐるみをした人物が、会議室のホワイトボードに映し出したのは3月のアルバム売上と4月のアルバム売上を比較したグラフだった。
「超有名アイドルのアルバムで3月に2000万枚以上を獲得したのが10作以上に対し、4月は100万枚を超えた作品も0という状況になっています」
棒グラフの方を見て見ると、3月と4月では長さに大きな違いが出ている。4月の場合は半月も経過していない部分を差し引いたとしても、3月の半月比較と比べると明らかに推移等が違っている。
「4月に至っては初動売り上げでも100万枚に到達しないCDが多かった事、超有名アイドルのCDリリースが少なかった事に加え…」
ラマの人物が次にホワイトボードに映し出したのは、何とサウンドドライバーだった。
「サウンドドライバーに代表されるオリジナル楽曲オンリーという音楽ゲームが人気になった事、これが超有名アイドルのアルバムが売れなかった直接の原因になったと考えられます」
ラマの力説には一理あるものの、超有名アイドルよりも知名度が低いアーティストを警戒する価値があるのか…と疑問視する声もあった。
「超有名アイドル商法が頭打ちと言う考え方はないのでしょうか?」
ペンギンの着ぐるみの人物は疑問をぶつける。
「演歌やクラシックの固定ユーザーを獲得する方法も考えられますが?」
更に、ラッコの着ぐるみの人物もペンギンと似たような疑問をラマにぶつけた。
「他カテゴリーの固定ユーザー獲得に関しては前回の会議でも言われていますが、今のユーザー数ではある程度の固定資産をタライ回ししていると思われておかしくない…と言う話が出ています」
ペンギンの疑問よりもラッコの疑問に答えた方が早いと判断したラマは、先にラッコの疑問に答える事にした。
「その為には、演歌やクラシック、HIP-HOPでも超有名アイドルを送り込んだり、海外留学をさせて洋楽分野でも超有名アイドルをブレイクさせる事で話が進んでいます」
その他にも超有名アイドル候補を演歌やクラシック等を扱った番組にゲストとして呼ぶ事で、超有名アイドルの知名度を更なる物にする……という計画が発表された。しかし、ペンギンの話題はスルーされてる事になる。
会議は合計で1時間30分で終わった。その他の質疑応答もあったが、引き続き超有名アイドルを世界でも浸透させるように進めていく方向で調整されるようだ。
「政府の方は、どう動きますかな?」
虎の着ぐるみをした人物が、ある黒服の人物に接触していた。
「政府は未だに超有名アイドルが無限に利益を生む体制に対しては懐疑的だ。反対派の中には、超有名アイドルを黒歴史にして永遠に封印しようと考えている連中もいるらしい」
この発言を聞いた虎の人物は怒りをあらわにしたが、彼の地位や立場を考えて暴言をぶつける事だけは止めた。
「彼らも超有名アイドルが生み出した利益が日本経済を救った事実を受け入れるべきだ。何故、彼らは全てを受け入れない?」
今度は、逆に黒服の人物がサングラスを外して虎の人物を睨みつける。その表情は、一見すると無表情にも見えるが…。
「向こうも一枚岩ではない事はご存じでしょう? 下手に刺激をすれば超有名アイドルの不祥事が全てばらまかれ、最悪のケースでは日本を分裂させる事も――」
彼の言う事も一理あると判断し、今回は引き下がる事にした。それが、彼らにとってはアレをばらされずに済む唯一の手段である。
「政府だけではなく、あの男は別の勢力などにも繋がっていると言われている。一体、何者なんだ――」
自らは名前を名乗らず『超有名アイドル支援団体』が付けたコードネームは、ワールドラインである。
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4月16日、午前11時頃……。
「いらっしゃいませ!」
竹ノ塚にあるアンテナショップに入店したアオイを待っていたのは、女性店員2名だった。このアンテナショップが男性は入店不可というと、そう言う理由でもないのだが。
「ARメットとユニットを探しているのだけど、何処に置いてあるの?」
どうやら、アオイの目当てはARメットとユニットらしい。しばらくして、男性店員らしき人物がアオイの前に現れた。
「既にプレイヤー登録の方はお済でしょうか? それによってはユニットの提供も可能になりますが」
身長189センチ、黒いロングヘアーが特徴な男性店員がアオイに尋ねる。アオイが登録はまだだと伝えると、彼は別のエリアへと案内した。
「ユニットに関しては、車等と同様に買い替えの機会は滅多にないでしょう。まずは、プレイヤー登録と共にユニットを試乗してみてはいかがでしょうか?」
店員はユニットのスペックが書かれたパンフレットをアオイに手渡し、別の場所に置いてある自動販売機のような機械の前に案内する。
《IDカードを入れて下さい》
端末にも見えるような機械を前に、アオイはIDカードのセット口からカードを入れる。しばらくすると、自分の名前を登録する画面が現れた。
「アオイ…でいいわね?」
アオイは自分の名前を入力し、その名前が重複していないかを確認する。しばらくして、『この名前は既にゲーム中で使われています』というエラー表示がされた。
「3文字や4文字と言った名前は良く使われているので、別の名前にしてはいかがでしょうか? このゲームでは、漢字や英数字等も使用できますよ」
店員のアドバイスを受け、アオイは再びネームを考える。結局は思いつかなかったので、適当に名前を入れる事になった。
《IDカードを認証しました。ようこそ、アークエンジェル》
「次は使用するユニットを選びます。タイプはバランス、スピード、パフォーマンス、スキルの4種類で途中変更も可能ですが、ユニット1つに付き1タイプなので注意して下さい」
店員の説明以外にも、アオイはパンフレットを片手にどのタイプにするか迷う。
《バランスタイプ:全てにおいて平均的な能力を持つ。初心者~中級者向け》
デザインとしては、ロボットをイメージした物が多いようだ。武器は一部の例外を除いて装備出来ないので、人を選ぶような気配はする。しかし、パワードスーツに装甲が追加されるようなデザインなので安全性は高い。
《スピードタイプ:スピードに重点を置いたタイプ。上級者向け》
ロボットと言うよりは軽装の女戦士や暗殺者というイメージがある。ユニットと言うよりはバックパックを装備するようなタイプだろうか。増加装甲等も少ない為か、思わぬ怪我に注意…と言う気配がする。
《パフォーマンスタイプ:動きやすさに重点を置いたタイプ:パフォーマー向け》
パフォーマー向けと言う一見すると誰得にも見えるタイプだが、デザインフリーと言う事で自作要素が高いタイプである。ただし、既存ライセンス作品のコスプレ等は特例以外は認められていない為、オリジナリティが求められるのが難点か。このタイプはレンタルスーツがない。
《スキルタイプ:特殊スキルを多く所有し、クリアランプを埋めやすい:初心者~超人向け》
最後はスキルタイプ。ゲーム中でも有利に動く特殊スキルをいくつかもっており、それによってクリアし易い仕様になっている。スキルの中には、超人向けのハンデとも言えるスキルも存在している。デザインはバランス型と同じようだ。
「最初に使用するユニットはプレイヤーならば無料になります。レンタルの場合や1プレイ限定で様子を見る場合はレンタル料がかかりますが……」
店員は、その他にもARメットやシステム、OSアップデート等もプレイヤーならば無料で可能だと言う事を説明する。
「どれも迷うわね。参考になりそうな動画等はないの?」
しかし、アオイはどのタイプを使うのか迷っているようでもあった。マニュアルを見ても、自分にピッタリな物が見つからない…と言うのもあるのかもしれないが。
「それでしたら、この近くでマッチングゲームを行っている会場があります。それを見てからでいかがでしょうか?」
それを見ていた店員は、竹ノ塚駅と西新井駅の間にある近くのレースエリアへ行く事をアオイに薦める。
「動画よりは、リアルで見た方が参考になりそうね。行ってみましょう」
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2人で歩く事、約10分……。
「なるほど……。これなら、自分で試さなくても参考になりそうね」
アオイと店員の2人がやって来たのは、駅近くにあるレースエリアだった。電車も走る高架下に設置された物で、最大16人同時プレイも可能な足立区内でも最大規模のエリアでもある。
「4タイプのプレイヤーがプレイしているマッチングは…ありました。この近くなので、行ってみましょう」
「待って! その前に、これを着てからでも」
店員がマッチングを発見してコースへ向かうように言うのだが、アオイはその前に用意していたコスチュームを着てから…と説得する。
「仕方がないですね。他にもマッチングがあるみたいですので、そちらに間に合うようにしてください」
店員も何とか話を受け入れ、近くにある着替室へ案内する。
「このコスチュームの着用方法は…!?」
自分で買っておいてアレなのだが、着用方法の説明書を見て赤面をしていた。どうやら、全裸になってから着るタイプのようだ。水着に近い物を買ってきたので、当然と言えば当然かもしれない。
「下着着用も無理となると、これを付けるしかないみたいね」
アオイは説明書通りに、下着の替わりとしてパッドのような物を付けてスーツに着替えた。
「なるほど。向こうも動きだしたんですか? 今動けば、過激派の超有名アイドルファンクラブが魔法兵器を投入しそうな雰囲気ですが――」
着替え中のアオイを待つ間、店員は誰かと電話で連絡を取り合っていた。
「結局、その路線でいくようですね。向こうには悟られないように行動を続けます。では――」
電話が終わった辺りで、丁度いいタイミングにアオイが現れた。
「どうですか…。このコスチューム?」
アオイの一言に、店員も即座にリアクションが取れない。
店長が反応を示そうとした、その時…レースの方が始まろうとしていた。
「派手に行くか!」
最初にコースへ現れたのは、ライダースーツにバイクのメット、スノーボードを思わせる浮遊型ボードを装備したパフォーマンスタイプのようだ。
「勝利は、我らに!」
彼の後にコースへ現れたのは、中世風のロボットをイメージさせるアーマーというバランスタイプのようだ。
「飛ばすぜ!」
3番目に登場したのは、海賊を思わせる服にマント、ブーツはローラーブレードを思わせるような仕様になっているスピードタイプ。マントが車に搭載されたエアバッグのような役割をするらしい。
「出るぞ!」
最後に登場したのは、黒い悪魔を連想するような翼に烏の覆面という謎のデザインをした人物だった。どうやら、彼がスキルタイプのようだ。
「難易度は、全員が普通難易度のRAILWIND。違いがあるとすれば彼らの選曲のみなので、参考になるかもしれませんよ」
店員はアオイを直視せず、チラッと振り向きながら話す。アオイのスーツが周囲の注目を浴びていると言うのもあるのだが…。
「それっ!」
どんな曲を演奏しているのかは周囲に分かりづらいが、彼がいきなり披露したのは360度の大回転だった。スノーボードでも見かける技で、サウンドドライバーにおける技術点も高い。
「ああいうパフォーマンスもアリなの?」
アオイの質問に、店員は可能だと答えた。
「パフォーマンスタイプをスノーボードやスケートの元選手等が選ぶ傾向が高いのも、今のようなパフォーマンスがスコアに直結すると言うのもあるかもしれません」
「失敗した場合は?」
「失敗をすると、減点と言う事になります。ゲージの方も減りますので、下手な博打を打つよりは確実にレースだけに集中してスコアを稼ぐプレイヤーが多いというのが現状でしょう」
アオイの失敗した場合の事を聞くと、店員はサラサラと答える。自分のプレイスタイルもスコア型だからだろうか。若干、力説するような箇所も見られた。
サウンドドライバーはマッチング内容やエリアによっては生放送がネットで行われており、今のレースも生中継の対象になっていた。
【さすが、元プロスノーボーダー…か】
【パフォーマンスタイプは別名が軽量タイプとも言われる位だからな。ああいう高度なテクニックを披露するのに重装甲がネックと考える人物が使うのも納得だな】
【曲の方はクラシックアレンジらしい。クラシック系はスケート選手向きだと思うが、意外な組み合わせだな】
ネットの方では、どのプレイヤーの視点で視聴するかでプレイしている楽曲を聞く事も可能になっている。実際の会場では携帯音楽プレイヤーとリンクして聞く等の仕様だが、ネットの生中継ではその辺りも簡略化されている。
【他の選手も特にパネルを見逃す等のミスはない。こうなってくると、パフォーマンスの有無でスコアが決まりそうな予感がする…】
結局、このレースを勝利したのは、360度の大回転を決めたスノーボーダーだった。360度回転以外にも、要所でスピンを決めた事で通常のスコア以外の技術点で差を付けた事が勝因となった。
「ガイドブックは見たんですが、具体的にどんな風に演奏しているんですか?」
アオイの質問はもっともであるが、店員も専門用語等を抜きにして説明するのは難しい。
「見ない顔だと思ったら…新参プレイヤーか」
店員の前に現れたのは、この会場へは偵察をしていたエイジだった。既に全身スーツを装着しており、レースに出る所と言う状態である。
「君の着ているスーツはレンタルスーツのようだね」
店員はエイジのスーツを見て、即座にレンタルであると見破った。エイジの方も、アオイのスーツが購入した物であると即座に判断したが…。
「まだユニットも持っていないのか。自分に合うユニットを決めるなら、向こうのスタッフに聞いた方が早い」
レースを見るよりも、エイジが指を指した施設にいるスタッフの方が相談に乗りやすい事を教えると、すぐに別のエリアへと向かってしまった。
「あの施設は?」
「あれは、ユニットの販売しているメーカーの出張所と言った所でしょうか。どのメーカーが優秀と言う訳ではありませんが――」
アオイも施設に関して聞こうとしたが、店員も詳しくは分からないと言った表情を見せている。
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2分程歩いた所で、出張所に到着した。そこでは、いくつかのユニットがレンタル及び販売されていた。デザインは色々あり、ARメットや他のパーツも販売している。
「見ないタイプのスーツだな。最近のサウンドドライバーは、このような露出の高いタイプも認められているのか?」
40代の作業着を着ているおっさんが2人の前に現れた。バンダナと右目の眼帯が特徴だが、特に目が見えないと言う訳ではないらしい。
「彼女に似合うようなユニットを注文出来ますか?」
店員がアオイに似合うユニットを見つけて欲しいと頼む。しばらくして、彼は無言で右腕に装着されている端末で何かを調べている。
「お前さん、どのタイプにするのか決めたのか?」
スタッフがたずねると、アオイはまだ決めていないと答えた。それから5分経過した辺りで、彼は1枚のスペックノートらしきものをコンテナから持ってきた。
「これは…キサラギモータースのテストタイプ!?」
店員がスペックノートを見て驚きを隠せず、思わず声を上げた。キサラギと言えば、ミスリル繊維とは別の物質である強化型装甲を使用したシステムでトップシェアを誇る企業である。
「こいつは、誰一人として上手く扱う事が出来なかったじゃじゃ馬とも言えるユニットだ。これで良ければ無償提供は可能だ―」
スタッフの無償と言う発言を聞いて店員は驚いた。スペックノートを見れば、明らかに定価で10万円をオーバーしても納得がいく程のユニットである。それを無料というのは話がうますぎる。
「無料だからと言って、実は欠陥品等と言うオチも嫌なので…条件を言っていただけますか?」
無料と聞いて、アオイは何か嫌な予感がしていた。レンタル料金に関しても、運営委員会で決められた料金設定なのである。その為、無料と言うのは事実上あり得ない。
「キサラギの上層部が、あれの実働データを欲しがっている。それをレンタル料金の代用…では不服か?」
条件と聞いたスタッフが率直に答えた。確かに、試作型であれば実用データを欲しがるのは当然の流れである。それが後の量産型に生かされるのであれば、先行投資としては良い方か。
交渉がまとまり、コンテナの封印を解き、実物を3人が確認する。
「このユニットは、とある人物が《別の世界線》からの機体を参考に作った物らしい」
スタッフもスペックノート以外で実物を見るのは初めてらしい。このユニット自体、本来は持参する予定もななかったが、急に会場へ輸送する事が決まった代物である。
「天使の翼?」
アオイがユニットの実物を見て驚く。パンフレットで見たようなユニットとは全く違う形状にも驚いたが、コンパクト仕様にも驚きを隠せなかった。
「翼の部分は分離可能で、12枚に分離した翼が多数の機能を持っている…と。タイプとしては、スキルタイプですか」
店員の分析は半分が正解だった。確かに12枚の翼が分離してユニットとしての機能を持っており、その機能数も他のユニットとは比べ物にならない位に多い。
「翼自体には機能が多数搭載されているが、これはどちらかと言うとスピードタイプに属する物」
「これで、スピードタイプですか?」
スタッフの言葉を聞いたアオイが驚く。多数のスキルを所有にしているのも関わらず、スピードタイプとは…?
「確かにユニットの重量や搭載された機能によってはスピードタイプと名乗っても問題はないが、一体何がどうなっているんだ?」
店員もスペックノートをもう一度確認し、重量の項目をチェックする。すると、その重量は50キロとユニットとしては最軽量となっていたのである。
「翼自体にもホバー機能が付いていて、これは半永久的に浮いている状態で運用される。装着すれば、どんな状態になるか分かるだろう」
スタッフに言われ、アオイが早速装着をしてみる。そして、ユニットと共に置いてあったARメットも被り、感触を確かめてみる。
アオイがスーツを装着してから5分後、3人はキサラギモータースの専用コースに到着した。別のスタッフが数名、データ収集目的で同行している以外は変わった部分はない。
「確かに重い物を背負っているという感覚はないみたい。凄いわね、このユニット」
アオイが試しに練習用コースを走って、その軽さを実感する。店員の方も、声が出ない程に驚いていた。
「このデータは凄いですよ。他のプレイヤーとは違った物が取れています。これならば、向こうも納得するでしょう」
帽子を被ったデータ収集スタッフが他のプレイヤー以上の数値が出ている事に驚いている。
「確かに、これだけの数値が出ると言うのは凄いことだ。上位ランカーに迫るような数値とまではいかないが――」
作業服のスタッフは、これだけの数値が出るとは想定外と言うような表情をしていた。せいぜい、他のプレイヤーよりも少し数値が上回っていれば、データ収集としては合格点だったからだ。
「見ないユニットだな。新型か?」
練習用コースでアオイが走っているのを見ていたのは、グリズリーの着ぐるみだった。
「これは、報告をしておくか――」
コウテイペンギンの着ぐるみがグリズリーと一緒にいる。周囲からの目線が多かったのは言うまでもないのだが、そんな様子をアオイが知ることはなかった。