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アキ晴レ  作者: 仲江
3/7

元樹≪モトギ≫

 今日から学校だ。

 9月1日、5時03分。

 私は時計を見た。私の才能。それは好きな時間にもちろん目覚ましなしで正確に起きられる事。

 昨日の夜、私は5時03分5時03分……、と78回唱えて眠りについた。簡単な暗示だ。

 意外だろうが、私は三食きちんと食べる人間だ。

 それは、使用人が欠かさず私の食事を作っていたからではない。私の性格をそろそろ理解している人は、そんな事、私がもし三食きちんと食べない人間だったなら、全く関係ない。という事に気付いてくれているだろう。

 今日の朝食は、トーストに半熟のスクランブルエッグ、ウィンナー。それと、冷たいアップルティー。の筈だったが、悔しい事に材料がない。残念ながらバイトを見付けなければならないらしい。屈辱的だ。しかし、これ以上の屈辱を避けるため、それが良策なのだ。

 私は、いつも通り着替え、顔を洗い、化粧をした。

 いつもと違うのは、日の出を見た事と、朝食抜きという事だ。この分だと。今日は一日中メシにありつけそうにない。

 鞄は玄関に置いて、ローファーで庭に出た。木々に包まれた使用人の寮の方向に進む。

 使用人の寮は、いつも静かに目を覚ます。多分、今頃布団から健やかに起きて、緻密な機械のように皆揃って布団を畳んでいる。そして、私専用の使用人は荷造りしている事だろう。

 6時00分。

 そこを通り過ぎて、さらに奥へと進んだ先には、寮を包む木々の葉を被った、倉庫がある。

 久々にここまで来た。幼い頃はよくあいつと遊んでいたものだが。昔はもっと、温かく、大きく見えた。

 クタクタになった倉庫の鍵を開けて、扉に手をかけたが、案の定開かない。

 あいつに会っていない期間より、長く、誰からも忘れ去られ、父も使用人にここを管理するよう、指示するのを忘れていたくらいだ。

 使用人もこの存在に気付いていれば、仕事を増やすために、言い方を変えれば給料を増やすために、尋ねただろうが、誰も気付いた様子はない。

 それ程、ほとんど息をしない状態で眠っていたのだ。

 この倉庫にとってこの扉は傷口だったらしい。

 昔、私達はこいつの傷口をパカパカ開けまくっていたのが、長い時を経て、完治したのだ。

 そんな倉庫には済まないが、私はあんたの傷口を再びえぐり出す事になっても、成し遂げなければならない事がある。

 倉庫に足をかけ、思いきり扉を引っ張った。ギシギシと倉庫の悲鳴が聞こえたが、一切、容赦はしない。ガリッと乾いた音がして、やっと5センチ程、傷口が開いた。後はちょろい。さらに力を込めて、引っ張る。ガリッザリザリ。砂が桟に詰まっていたような音を上げた。悪いな、倉庫。

 何年振りかの倉庫内は、埃にまみれて湿っぽい悲しげな感じを漂わせている。

 そこに、あいつの残像は見なかった。

 中に一歩踏み込むと、埃は嬉しそうに、自分が死んだと気付いていない幽霊のように舞う。

 もう一、二歩進む。ローファーの跡がうっすらと付く。

 私は同じ埃を被った、目的の物を見つけた。あいつが置いて行った、紅い自転車。

 男なのに、何故紅なのか。それは単にあいつの趣味の悪さからきていると思う。

 埃をここで掃うと、とんでもない事なるのは容易に想像出来たので、とりあえず外に出した。まあ、動かすだけで大分な埃が舞うわけだが。

 自転車が外に触れた所から、明るく照らされる。

 どうだ?何年振りかの外は。気分最悪だろう、ざまあみろ。お前だけこの腐った世界から隔離された所で化石になれると思うなよ。道連れだ。

 私は自転車に向かって、優位な口許だけの笑顔を作り、埃を掃ってやった。

 「何、あなた自転車通学?」

漆黒の美しく長い髪をした元樹が、残暑にうんざりした顔で尋ねてきた。

 「まあね。」

そう私は答え、慣れない駐輪場に、寝起きで無理矢理運動をさせられて不機嫌な自転車を停める。

 「馬鹿でしょう。あなた自転車で何時間かかるのよ。」

「1時間強。」

「どうせ、強の部分が59分なのでしょう?」

電車通学の元樹はあっさり正解を当て、溜息を吐いた。

 私は彼女の溜息が数少ない好きな物の一つだった。

 彼女、元樹結子は私のクラスメートだ。

 私の事を友人やら下手すれば親友なんてほざく輩よりかはよっぽど私の存在や考えを理解している。

 彼女はそんなつもりはないのだろうが、私の考えを呟くと、ああ、そうね。あなたはそう思っていると思っていたわ。などと真顔で頷く。

 それほどの理解者でありながら、いや、だからだろうか。私達はクラスメートだった。

 元樹は私の考えを感覚的に受け止める、天才肌だ。

 それは、彼女に霊感という物があるせいでもある。と、私は思っている。

 時たま私は彼女の愚痴を聞く。

 虐待されて死んだ餓鬼の夜泣きで眠れなかった。とか、動物霊が通学途中に複数ころころとついて来た。とか、溺死した女に冷たい掌で顔を撫でられた。とかだ。

 そのたび私は、そんな漆黒の髪に闇色の瞳をしているからだろう。と、冷酷に答えるのだ。

 今日も彼女の愚痴を聞きながら、汚い欲情の溜まった教室へと向かった。

 扉を開けると、人間が密集したために溜まった熱気が押し寄せて来る。冬になると、皆寒がって換気をさぼるので、それの濃度が上がる。

 そのため、私は冬が嫌いになった。あの熱気は間違いなく欲情の塊だ。それが気持ち悪く、嫌いで仕様がない。

 「何、あなた自転車通学?」

漆黒の美しく長い髪をした元樹が、残暑にうんざりした顔で尋ねてきた。

 「まあね。」

そう私は答え、慣れない駐輪場に、寝起きで無理矢理運動をさせられて不機嫌な自転車を停める。

 「馬鹿でしょう。あなた自転車で何時間かかるのよ。」

「1時間強。」

「どうせ、強の部分が59分なのでしょう?」

電車通学の元樹はあっさり正解を当て、溜息を吐く。

 私は彼女の溜息が数少ない好きな物の一つだった。

 彼女、元樹結子は私のクラスメートだ。

 私の事を友人やら下手すれば親友なんてほざく輩よりかはよっぽど私の存在や考えを理解している。

 彼女はそんなつもりはないのだろうが、私の考えを呟くと、ああ、そうね。あなたはそう思っていると思っていたわ。などと真顔で頷く。

 それほどの理解者でありながら、いや、だからだろうか。私達はクラスメートだった。 元樹は私の考えを感覚的に受け止める、天才肌だ。

 それは、彼女に霊感という物があるせいでもある。と、私は思っている。

 時たま私は彼女の愚痴を聞く。

 虐待されて死んだ餓鬼の夜泣きで眠れなかった。とか、動物霊が通学途中に複数ころころとついて来た。とか、溺死した女に冷たい掌で顔を撫でられた。とかだ。

 そのたび私は、そんな漆黒の髪に闇色の瞳をしているからだろう。と、冷酷に答えるのだ。

 今日も彼女の愚痴を聞きながら、汚い欲情の溜まった教室へと向かった。

 扉を開けると、人間が密集したために溜まった熱気が押し寄せて来る。冬になると、皆寒がって換気をさぼるので、それの濃度が上がる。

 そのため、私は冬が嫌いになった。あの熱気は間違いなく欲情の塊だ。それが気持ち悪く、嫌いで仕様がない。

 「おはよう!」

“親友”がキンキン声で近付いて来た。

 元樹は教室に入ると私と話すのを止め、距離をおく。おそらく、私に近付いてくるうるさい輩に自分も巻き込まれないようにするためだ。全く、ずる賢い。

 面倒臭く、無視する私に、小動物はキャンキャン騒ぐ。

「いっつもいってるじゃあん!あいさつくらいはしてよぅ!」

「あー……。」

気のない返事をすると、なにそれっ!とまた私の周りをチョロチョロする。欝陶しい限りだ。

 そして、思い出したように話しを続けた。

「あ、ねえねえ、ごうコンあるよぅ!いかない!?」

「行かない。」

「やだぁ!あいてのみんな、このあいだのビジンつれてきたらくる、ってヒトばっかなんだよぅ!オトコはカオでばっかえらぶからぁ!」

そう言うとハムスターのように頬をプックリ膨らませる。

「ふーん。」

「ねぇ、いこうよぅ!」

 何故こいつは私がどのように冷たくあしらってもめげないのだ。

「ナツヤスミはいっぱい、あそんでくれたじゃあん!」

「悪いけど、」

私はピシャリと言った。

「気もないし金もない。」

「ウソだぁ!おじょうサマが、なにいってるのぉ?」

 その一言で、一瞬、世界がモノクロに変わった。

「誰がだよ。黙ってろ!!」

 私が大声をあげ、小動物の胸ぐらを掴むと、教室の欲情だらけの空気がヒヤリと変わった。教室中の目が見開かれ、私に注がれる。ただ、元樹だけは表情を変えず、相変わらずの闇色の瞳をしていた。

 「……どう…したのぉ…?おじょうサマなんて、いっつもいってるじゃあん……。」

小動物は完璧に尻尾を下げて、震えた声で尋ねた。

 それはきっと、あいつの自転車に乗って来たからだ……。

 私は教室を出た。

 「どうして学校という物は、こんなに“いる”のかしら。」

「そんな漆黒の髪に闇色の瞳をしているからだろう。」

 屋上に来るなり、元樹は愚痴をこぼした。私と少し離れた所で金網に手をかけ、もう夏が終わった事を知らない太陽の下で、こう言った。

 「今日は、暑い中をいきなり自転車で来たり、普段なら小動物を上手くあしらうのに襲ったり、どうしたのかしら。まあ、私は興味ないけれど。」

彼女は本当に興味がないようで、細く白い指で髪をかきあげる。

 彼女は肌が白い。いくら白いと言われている人も、ベースは肌色で、例えば絵にして色彩をつけるとしたら少なからず肌色を混ぜるだろうが、元樹は違う。全くの、白なのだ。

 その白が髪と瞳の間でまた映える。

 そんな、最高に夏の似合わない元樹の近くで、私は呟く。

「私は、宇宙人なのかもしれない。」

「あら、そう。宇宙人を見るのは初めてね。」

 ほとんど独り言のように私は静かに続ける。

「私は、ここの者ではないのだと思う。そう、感じる。何に対してもピタリとこない。きっと、宇宙になら、そのピタリとくるものがある。」

そう、きっと宇宙なら……。

 彼女は前を向き、

「ああ、そうね。あなたはそう思っていると思っていたわ。」

そう、静かに頷いた。 私は、ただ、見えない月を見ていた。


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