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アキ晴レ  作者: 仲江
2/7

使用人≪シヨウニン≫

 明日から、私の世話いらないから。

 自分用の使用人にそう告げた。

 「さようですか。承りました。」

使用人は、一瞬どうしても戸惑いを隠しきれなかったようで、そう答えるのに間ができた。

 使用人に感情は要らない。

そう父が教え込んでいるので、彼女はそれに素直に従っている。彼女が純粋だからか、馬鹿だからか、金がかかっているための必死さか。多分、後の二つだろう。

 しかし彼女が忠実なおかげで、私はかなり助かっていた。深く首を突っ込んでこない人間とは、なんて、都合が良いのだろう。

 ただ彼女は私に食事を作り、家に様々な薄汚い人間を連れ込んで来た時には、ドリンクを出す。洗濯をし、掃除をする。

 つまり、仕事なのだ。OLがひたすらキーボードを打つように、大工が釘を打つように、それは仕事でしかない。

 会話といえば、

「お早うごさいます。」

「いってらっしゃいませ。」

「お帰りなさいませ。」

「お休みなさいませ。」

「お食事の時間でございます。」

「失礼します。」

「承りました。」

「承りました。」

「承りました。」

……。

 例えば、私の部屋から麻薬が出てきたとしても、彼女は警察に知らせる事もなく私の部屋の窓を拭くし、例えば、私が部屋を一歩出た所に不発弾が埋まっていると知っていても、彼女は

「お早うございます。」

と言う。

 彼女は仕事の区域から抜けたりしない。決して、私の事に口出さない。

 私はソファーの上で姿勢を崩して、彼女が心配しているであろう事を言った。

「世話はもう良い、というだけで、クビじゃないから安心しなよ。自分の事は自分でやる。当たり前な事だろう?放ったらかしにしながら、私にそれをさせようとしない。あんたの雇い主は変わり者だ。」

彼女はそんな私を変わり者という目で見た。

 彼女は気持ちを出さないように努力しているつもりだろうが、昔から彼女の考えている事など、透けて見える。

 何故かな。綺麗な心を見透かすためには、何度もファイアウォールを抜けなければ出来ないのに、薄汚い心はいくらだってたやすい。

 そんな事をぼんやり思いながら続けた。

「あんたの雇い主には、この変化を告げない。もちろん、数人のあんたの同僚にもね。あんたは今まで通り、仕事場に来れば良い。ただ、仕事はないけれど。私を世話する労働基準法の時間、下のロビーでテレビを見ていても良いし、書庫で小説を読んでいても良い。別にここに来ないでそのままどこかに出掛けたって良いかもね。あ、その時はその趣味の悪い服、着て行かないでよね。」

私はそう言って、彼女が着ているメイド服を指差した。

 メイド服は、動きやすく汚れても良いような、スウェットだ。

 「でも、ちゃんと、今まで通り給料は出すさ。文句ないだろう?」

 私は彼女の自由を表現するように、両手を大袈裟に広げた。

 交渉成立。彼女がこんな都合の良い話、断るわけがない。

「……さようですね…。」

 笑える。世の中、どこかとてつもなく難しい代わりに、どこかはとてつもなく安易だ。

 「しかし、それでは申し訳が立ちません。」

彼女が初めて自分の言葉を発した。

 「何が。私が良いって言っているんだ。他になんの問題があるわけ?」

 彼女は、小さく、ゆっくりと深呼吸した。

「確かに、わたくしは雇い主様に、貴女様のご注意を良く聞くようにと命じられております。」

私は目をつぶり、彼女の初めての言葉を堪能した。

 「しかし、こればかりは申し訳ないのです。」

彼女は一瞬、気恥ずかしそうに言葉を止めた。その表情を隠そうという様子は見られなかった。

「わたくしの……仲間に、申し訳が立たないのです。」

何だ、この女。

 私の許しを得る前に続ける。

「このご住まいの使用人、わたくしを除き4名…、4名共、わたくしの仕事仲間でございます。」

 「仲間……。」

私は彼女を見ずに、単語だけ呟いた。彼女には聞こえていないだろう。

 「これからも仕事仲間は真面目に仕事をこなしていくというのに、わたくしだけ怠惰をしてお給料を頂くなど、仲間に失礼ですわ。」

「じゃあ、クビだ。」

私は冷淡にそう言うと、部屋を出るためにソファーから体を起こした。

 「承りました……。」

彼女は90度、頭を下げた。

 馬鹿だ、この女。仲間に悪いと思って、こんなうまい話断って。それに、私を怒らせたら切られるのは分かりきっている事ではないか。それほどまでに大切な仲間なら、一緒に仕事をしたいと思うものではないのか?気に入らない話でも、受け入れるべきだったのだ。

 ああ、そうか。彼女はここを辞めるきっかけが欲しかったのだ。

 彼女は馬鹿だ。しかし案外、不発弾があれば知らせてくれたかもしれない。

 私は部屋を出て、水を飲むために台所に立った。

 ザー、と、必要以上に勢い良く水を出す。それをコップに入れず、そのまま唇を付けて飲んだ。

 水を止めても、ザー、という音は、消えない。

 ……………………。

 ………うるさい……。うるさいうるさい!

 何故消えない!水の音が消えない。

 そうか、私が甘かったのか。最低限冷蔵庫内の物は使って良いとしたから?……分かったよ…これなら文句ないだろう!

 私は冷蔵庫の中身を全て捨てた。

 先ずは一番上の、扉式。パッケージに入っている物はそれごと捨てた。その内ごみ箱に入りきらなくなると、洗面台に流し込んだ。流れない物は窓から外へ。引き出し式の一段二段、冷凍庫、野菜室。全てが空になった。

 最後に這って冷蔵庫のコードを探して抜いた。

 ……………………。

 満足かよ。これで良いのだろう。

 水の音が、少し遠退いた。


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