終章 言葉に国境はあるか
三十六歳の一年が終わろうとしていた。
美咲は書斎の机に座り、一冊のノートを開いた。
この一年で、たくさんの人と出会った。
海外の読者。
短歌を始めた若い学生。
再び夢を追い始めた千春さん。
自然の歌を届けてくれた彩香。
編集を支えてくれた真理。
新しい企画に挑戦した田中さん。
そして、いつも隣で笑ってくれる悠人。
短歌は、世界を変える魔法ではない。
けれど、誰かの一日を少し明るくすることはできる。
誰かの孤独を少し軽くすることはできる。
遠くにいる人に、「あなたと同じ気持ちを持つ人がここにもいる」と伝えることはできる。
美咲は最後のページに、一首を書いた。
国境を
越えて届いた
小さな歌
あなたの心に
花が咲くなら
そこへ悠人がやってきた。
「何を書いているの?」
「今年最後の歌」
「読んでもいい?」
美咲はノートを差し出した。
悠人は読み終えると、静かにうなずいた。
「いい歌だね」
「ありがとう」
悠人は自分のノートを開いた。
「僕も書いたよ」
世界には
たくさん人が
いるけれど
帰る場所には
君がいてほしい
美咲は目を細めた。
「それ、今までで一番いい歌かもしれない」
「本当?」
「うん。ちょっと悔しいけど」
二人は笑った。
窓の外には、冬の星が輝いていた。
言葉に国境はあるのだろうか。
言葉の形は違う。
音も違う。
文化も違う。
それでも、人の心には、同じように笑い、泣き、誰かを思う場所がある。
美咲はその場所に、小さな歌を届けていきたいと思った。
三十六歳。
会社員として働き、妻として暮らし、歌人として夢を見る。
そして明日も、きっと月曜日がやってくる。
第七巻・巻末付録
夫婦歌人「花うた&悠人」の世界へ届けたい短歌
一、美咲の歌
月曜日
会社の時計
見つめつつ
心の中は
日曜のまま
二、悠人の歌
妻の歌
世界に届く
その日には
僕の寝ぐせも
翻訳される
三、彩香の歌
山の風
洗濯物を
揺らしつつ
今日も私は
土と暮らせり
四、千春の歌
遠い日の
夢をしまった
引き出しに
春の光が
また差し込めり
五、真理の歌
本を閉じ
読んだ誰かの
顔を思う
まだ見ぬ友へ
届ける言葉
六、田中さんの歌
画面越し
知らない国の
笑顔見て
言葉の先に
人がいる知る
七、夫婦合作
海を越え
違う言葉で
歌う人
同じ夕日を
今日も見ている
第七巻・完
完結 小さな短歌は、海を渡りました。




