あなたのために私は
「鴻ちゃん……」
夕食後珍しく紬が私の部屋にやってきた。
娘から報告メッセージが来ていたから来るような気がしていたけれど。
「どうしたの?」
迷うように瞳が揺れていて、私にどう切り出すべきか悩んでるようだ。
不安なのか両手を前でぎゅっと握っているし。
「あの、鴻ちゃんは……幻想乙女工房をやってる?」
「やってはないよ。持ってるけど」
抽斗の中から未開封のゲームのパッケージを取り出す。
エージェントを通じてオニゴからもらったものだ。
「私のバイト先のひとつだったんだ」
長い話にはならないけれど紬に座るように勧め、保温ポットからコーヒーを注いで渡す。
私の人生は紬のためにあるからいつだって遊びに来てくれていいのに私を気遣ってあまり来ないからね。
ゆっくりくつろいでもいい場所だって思わせなきゃ。
ただ正直自分の想定より早かったな、と思う。
原因は朱鷺子だろうか。
母さんの代わりに父さんと朱鷺子の収録へ付き添って、そこで朱鷺子のマネージメントをしている花村さんと広告代理店の女性ふたりと出会った。
なにやら朱鷺子を通じてオニゴへコラボを提案するらしくしばらく配信を控えてほしいと頼まれていた。
内容はそうだけど言い方は暫くやるなってニュアンスだったから朱鷺子は委縮していたし、私は花村さんが嫌いになった。
広告代理店の佐内さんだったかは紬と知り合いらしくて妙に視線を感じたから嫌い。
樫谷さんは父さんを見て動揺していたけれどあれはなんだったのだろう? 父さんは不倫なんてするタイプではないから一方的に知ってるとかその辺りだと思うけれど。
「偶然なの?」
「偶然といえば偶然だけど、紬に幻想乙女工房のリリース情報を教えたのは遊んでほしかったからだね」
小型タブレットで商品情報ページのスタッフ欄を表示させる。
AI制作やメインプログラマーとしてクレジットされている私の名前に紬は気付くかしら。
「私がどこにいるかわかる?」
「えっと……あ、CGI?」
「そう。白鳥の古い名前。鴻鵠」
匿名の外注プログラマーは私以外にもいるけれど紬なら一発で私を見つけてくれるって思ってたよ。
「AIは私が作った娘で朱鷺子と紬のことは私が教えたから知ってる」
「じゃああれは鴻ちゃんが?」
「設定はしたよ。朱鷺子か紬が異常な行動をし始めたら直接助けに行ってもいいって。だからスイッチを押したのは紬」
というか異常なことをしたという自覚があるのか少し心配だ。
2日連続一度も戦闘行為もクラフトもせず100回以上死亡したって自殺志願者みたいなことしてたのに。
「助ける方法についてはAI任せだから私は何もしてない。受け入れがたい提案だったならあとで叱っておくけど」
「……魔女にならないかって言われた」
へえ。あの子はそうしたいと考えたのか。
気晴らしくらいにはなるかしら。
「別に断っても受け入れてもなんのペナルティもないから安心して。魔女になっても他の人の幻想乙女工房にはなにも影響を及ぼさないし」
「そうなの?」
「MMOじゃないから。ああでも魔女になって世界へ干渉できるようになったら手に入る素材も変わったりするから攻略サイトはもう役立たなくなるかも」
それは今の時点でも役立ってないだろうけれど。
情報共有もできなくなったら紬は女児ゲーの友人たちと疎遠になったりするだろうか?
へらへらと紬と知り合いであると言っていた人とも距離が空かないかな。
……いえ焦ってはだめ。
紬と添い遂げるためのロードマップもまだ序盤。
友人付き合いを制限する段階じゃない。
紬が高校生になってアリアドネを埋め込んだらハックして少しずつ私を流し込んで一番大事な人になるんだから、今限られた些細な付き合いに目くじらを立てるのは良くない。
「鴻ちゃんはどうしたらいいと思う?」
「私なら魔女になる。特にデメリットもないし」
「そっか」
「なんならそのもやもやが解消するまで私と話す? 大事な紬の話なら私はいくら聞いてもいいよ」
私の言葉に怪訝そうな顔になる。
そんな余裕がないくらい忙しく見えるだろうか?
「ゲームのことでも、生活のことでも。紬の中で整理がつかないとりとめないようなことを朱鷺子や母さんたちに話せなくても私になら吐き出していい。私は誰に言ったりもしない」
少し目が揺れた。
心細くてすがりたいけど迷ってるんだね?
私は紬のなにもかもを否定しないから迷う必要なんてないのに。
気温が寒くなってきて死にそう。




