中編-2
「あー、遊んだ遊んだ。もう質問思いつかないや」
千夢が満足げにシェイクをすすった。
寒いからって近くのハンバーガー屋さんに場所を移動したはいいけれど、結局ずっと未来予知アプリで遊んじゃった。
しばらく遊んでみたけど、結果がわかる質問はいまのところ的中率百パーセント。他の質問の答えを待っている間に別の質問を割り込ませることもできて、このアプリってなかなかにすごいんじゃないかな?
「そういえば蘭花は何か訊かなくていいの?」
玖子がスマホを私に返しながら言った。
「私?」
「さっきから私と千夢の質問ばっかりで、蘭花はあんまりそのアプリ使ってなかったじゃない」
うーん、私の質問か……そうだなぁ。
「この間公募に出した漫画がどこまで行くか、訊いてみようかな」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「え!? 蘭花が漫画家になりたいのは知ってたけど、公募なんか出してたんだ!」
千夢が丸い目をさらに丸くして驚いた。
「小学生で一本完成させられるコってあんまりいないんでしょ? すごいじゃない!」
「私ちょっとだけ読ませてもらったよ。けっこういい線行きそうだと思うけど」
「えー! なんで玖子だけ読んだことあるのよ!」
玖子の話を訊いて、千夢がぷくーっとむくれた。意地悪で見せなかったわけじゃなくて……一番身近で恋してる女の子だから、千夢をヒロインのモデルにしちゃって、本人に見せるのが恥ずかしかったからなんだけどな……。
「結果発表は来月号だから……ちょうど半日でわかるね。明日起きたら結果が届いてるかな」
私はおそるおそる、アプリに公募の結果を尋ねる。緊張するなぁ。
「うん、訊いてみた。そろそろ夕方だし帰ろうか」
緊張でなんとなくいたたまれない気分になったから、私は席を立った。どのみちそろそろ帰らないと親も心配する時間だし。余計なストレスでお兄ちゃんの足を引っ張りたくないもんね。
「うん、じゃあまた明後日、学校で」
玖子が荷物をひょいと持って、いそいそと帰っていく。私も帰ろうと思った。けど、千夢に服の裾を掴まれた。
「千夢、どうしたの?」
「あのさぁ、最後に一つお願いなんだけど……葉お兄さんにホワイトデーのお返しがもらえるかどうか、未来予知アプリで調べてくれない?」
もじもじと恥ずかしそうに、千夢が言った。
そういえば千夢、一昨日のバレンタインデーに、お兄ちゃんに手作りチョコをあげてたけど、お兄ちゃんは受験勉強でそれどころじゃなかったから、ちゃんと覚えてるかなぁ。
「でも、お兄ちゃんのことならアプリなんか使わなくても私が訊くよ?」
「だめ! なんか恥ずかしいじゃない」
「うーん、そんなものかなぁ」
私は初恋まだだから、よくわからないや……。
「うん、じゃあ訊いとくね。結果は明後日学校で」
翌朝。受験に行くお兄ちゃんを見送って二度寝した私は、鳴り止まないスマホの着信音で目を覚ました。
「電話? 誰だろうこんな朝早くから」
スマホの画面には、玖子の名前が出ている。私はいぶかしがりながらも通話ボタンを押した。
「もしもし、玖子? どうしたの?」
「蘭花、『白い子犬がくれた恋』って漫画知ってる?」
玖子が慌てた口調で訊いてきた。
「ううん、知らないよ」
私が読んでる『ふりる』とか『たぁく』、お兄ちゃんが読んでる『ステップ』には載ってないやつだ。
「うちのお姉ちゃんが読んでる『カンパニュラ』に載ってる漫画で、読み終わったコミックスを貸してもらったんだけど……ちょっと今内容写メるね」
すぐにメッセージアプリで、玖子から漫画の内容が数ページ送られてきた。
「な、何これ!?」
思わず私は声をあげた。ヒーローが樹木医と獣医って違いはあるけど……ストーリーがほとんど、私が投稿した漫画と一緒だったの!
「どうして? 私、この漫画読んだことないのに」
「うん、ごめん。蘭花が盗作してないならいいんだ。安心した」
驚く私とは逆に、玖子は少し落ち着いた様子で続ける。
「いわゆる王道ストーリーだし、偶然被ることもあるよ。蘭花はどちらかといえば絵で魅せるタイプなんだから、気にしないでいいと思うよ――それじゃ」
玖子はそう言って電話を切ったけれど、私の心には黒い雲が立ちこめていた。
コミックスって言ってたから、雑誌掲載はもっと前で、パクろうと思えばいくらでもパクれたってこと。言い訳はできない。
もしこれでパクリだと思われたら、ブラックリストとかに載っちゃって、二度とデビューなんてできないかもしれない……。そう思ったら、なんだか不安で心臓がどきどきしてきた。
ふと、画面の上に小さく、目玉アイコンの通知が出ていることに気がついた。
――未来予知アプリ。
どうしよう、怖くて見たくないなぁ。
私は、しばらく通知を開けてみようか迷っていたけど。
「――やっぱり無理!」
結局勇気が出なかった。――そうだ、これ、アンインストールしちゃえば見ないでも済むんじゃないかな……。
ちょっと勿体ないけど、でも、もともと怪しいアプリだったし。そうだよね、消したほうがきっといい。
私は思いきって、アプリのアイコンを掴むと、アンインストールと書かれたところまで持っていった。
あとは、千夢にはホワイトデーはもらえるって返しておいて、お兄ちゃんに忘れないよう催促しておけばいいや。自分で結果を左右できる質問で助かった。
私はほっと溜息をついた。
うん、きっと、これでよかった。