白い「わたげ」と黒髪の忌み子【童話風ファンタジー】
白い神さまと、黒髪の忌み子。
ふたりは出会い、やがて別れの時を迎えた。
白い、白い島がありました。
目の醒めるような藍色に囲まれたそこは、神域。世界を治める神が住まう土地。純白の神がおわすところです。
樹木も花も、わずかな色味を帯びるだけの、見わたすかぎりの白い世界です。
ゆえに、白は神性な色とされています。
あるところに、孤児がいました。
黒髪黒目の子供です。
純白の神を頂く世界だからでしょうか、黒髪の人間はめったに生まれません。
そして、神性な白に対する、黒。
それは、忌み色。
ゆえに、黒髪の孤児は、忌み子としてあつかわれてきました。
◇ ◆ ◇
――わたしの声が聞こえるかい? 聞こえるならば、こちらへおいで――
忌み子はある日、不思議な声を聞きました。
あたりを見回しても、ほかに声が聞こえているものはいないようです。
――おいで、おいで――
やわらかくあたたかな声に誘われて、忌み子はふらりふらりと歩みを進めました。
星の少ない夜でした。
どれくらい歩いたでしょうか。
空の色が変わったところを見るに、ひと晩ほど?
闇に溶けこむように歩いていた忌み子は、いつの間にか、見たこともない場所に立っていました。
そこは、すべてが白く。すべてが、自分と真逆の色彩であふれていました。
「ようこそ、呼び声に応えし者よ――」
白く、白銀い世界で。
ひときわ目を引く純白が、そこに佇んでいました。
純白の竜。その存在が意味するものはつまり――
「神竜。と言えば、わたしのことはわかるかな」
神性な純白を全身に纏うもの。
忌み子を呼んだのは、この世界の最高神でした。
突然のことに、ぱくぱくと、忌み子は魚のように口を動かすだけでした。
なんという美しさ、神々しさでしょう!
竜といえば、鱗をまとうもの。
竜の鱗といえば、剣さえ通さぬ硬きもの。
しかし、目の前の神竜は。全身を鱗に覆われながらも、その白のおかげで、ふわりとやわらかそうです。
「わたげ――」
忌み子の口から自然と言葉が零れます。
「かみさまって、『わたげ』みたいだ」
神竜はわずかに目を見開き、思わずと言った様子で吹き出します。
「『わたげ』か。おもしろい呼びかたをするのだね」
その日から、忌み子にとっての神竜は「わたげ」となりました。
呼び名がついたのは、わたげだけではありません。
「ジルベルト。ジル。こちらへおいで」
忌み子――ジルベルトも、わたげに名前をもらいました。
「お前が来てから五年が経ったね。お前はまだまだ幼いままだ」
ジルベルト――黒髪の感じる時間は、普通の人間よりもゆるやかです。
ほかの人間が通り過ぎる五年が、黒髪のジルベルトにとっては一年にも満たないのです。
「この世界で、黒髪を持つというのはそういうことだ。永い時を、ゆるやかに世界と過ごす。わたしたちとともに」
わたげが、穏やかに囁きました。
◇ ◆ ◇
いつからでしょうか。
わたげの純白が、くすみはじめたのは。
「わたげ。神っていうのは、白いんじゃないのか?」
ジルベルトは、なんとはなしに問いかけます。
わたげは、ジルベルトの幼さが残る顔を見下ろし、しばし沈黙しました。
そして、
「ジル、よく聞いてほしい。わたしの――神竜の願いを」
◇ ◆ ◇
「わたしの純白が損なわれたら、」
◇ ◆ ◇
――わたしが黒く染まりきる前に――
◇ ◆ ◇
わたげは日に日に、その純白を灰に黒に侵されていきました。
ジルベルトはその変化に戸惑い、わたげの身を案じ、神域を駆け回りました。わたげを元に戻すすべはないか、と。
しかし、どこへ行っても、どの神にかけあっても、方法は見つからなかったのです。
神域の神々が、そしてジルベルトが恐れていた日がやってきました。
わたげが、ついに暗黒に染まりきり――魔王へ変じようとしているのです。
わたげが、もはややわらかな白のかけらすらもない魔王が、大きく皮膜の翼を広げます。
神域から去るために。
魔王は、わたげは、最後の神性を振り絞って口を開きます。
「ジルよ。ジルベルトよ。お前とわたしがこうして言葉を交わすのは、これが最後になるだろう」
「わたげ……」
ジルベルトの、少年らしさを多分に残した顔には、痛ましげな表情がありました。
「お前は、勇者となり旅をして、わたしを討て。思い出を力に変えながら。かならず……かならず、だ」
――どうか、わたしの最後の願いを叶えておくれ――
ジルベルトは、女神の宣託を受けて勇者となり、魔王を倒すための旅に出ました。
わたげが――魔王が染め上げた暗黒を祓い進み、そのたび、わたげとの思い出を力に変えて、失いながら。
約束だけを、強く強く胸に残して。
勇者と魔王が対峙して三日三晩。
死闘の末、魔王は――討ち取られました。