23 エピローグ
夕方、卒業証書を受け取った。
セイレンとしての正式な認定証。学院の紋章が刻まれた、重みのある紙だった。アイリスはそれを手にして、少しだけ重さを確かめた。
「どんな気持ちだ」
ヴェルドが聞いた。
「……よくわからない」
「わからない?」
「前の運命では、こういうものを手にする前に死んだから。どう感じればいいのか、わからなくて」
「そうか」
「では、私が教えよう」
「何を」
「これからどう生きるかを、決める権利を手に入れた、ということだ」
アイリスは少し間を置いた。
「……大げさよ」
「大げさではない」
「前の運命で君は、誰かのために死んだ。今度は——君自身のために、生きていい」
夕方の光が、証書の上に落ちていた。
アイリスは証書を胸に抱えた。何も言わず、うなずくだけだった。
言葉では、まだうまく出てこなかったから――。
◇ ◇ ◇
学院を出る前に、アイリスは一度だけ振り返った。
石造りの校舎。霧の出る中庭。召喚試験をした石畳。六年間——前の運命の三年と、今の運命の三年——過ごした場所。
(ここで、私は二度、始めた)
「行きましょう」
ヴェルドに言った。
「ああ」
「田舎で薬草農家、まだやりたい?」
「君がやりたいなら、どこへでも」
「私は——」
アイリスは少し考えた。
「まだ、決めていない。どこへ行こうか、何をしようか。前の運命では、そんなことを考える余裕がなかったから」
「ゆっくり考えればいい」
「そうする」
「一つだけ、決まっていることがある」
「何が」
「どこへ行っても、私は一緒だ」
アイリスは前を向いた。
春の夕暮れが、学院の外に広がっていた。
「知ってる。だから——」
少しだけ、笑った。
「行きましょう、ヴェルド」
「ああ」
「——どこへでも」
翡翠色の風が、二人の後ろで吹いた。
春の夕暮れの中、二人は学院の門を出た。
前の運命では、アイリスが一人で出た門だった。
今度は、二人だった。




