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第3章:これは、始まりに過ぎない

彼らは皆、俺の帰還を待っていた。先ほどの死闘は、俺の肉体を限界まで削り取っていた。肩で息をし、肺が焼けるように熱い。呪いの力は、そう何度も乱用できるものではないのだ。

 俺を送り届けた二人の係員は、いつの間にか姿を消していた。今、俺たちがいるのはスタジアムの広大なホールだ。大理石の柱がそびえ立ち、その太さは元の世界の柱の五倍はあるだろう。

「よくやった、小僧。まずは先制点だ。クランの生存……とかいう奴に一歩近づいたな。人類にとって、これは極めて重要な一歩だ」

 ガジャ・マダが俺を褒めたが、その表情に変化はない。厳格な武人のままだ。

「貴様のような奴が、称賛に値すると思うな!」

 声の主はハーラル・ハードラーダだった。彼は巨大な斧を背負い、柱に背を預けていた。「呪いだと?」その声には、明らかな蔑みが混じっている。「俺の故郷では、そんなやり方は不名誉の極みだ! たとえそれが、命を救う唯一の手段だったとしてもな!」

 言葉は鋭く突き刺さるが、俺は罵倒には慣れっこだ。

「……あんたの言う通りだ」

 俺は虚ろな目で短く答えた。

「彼の言うことなんて気にしないで」

 突然、冷たいアルミ缶が俺の頬に触れた。ロシア人の少女、マーシャだ。同年代の彼女は、微笑みながらドリンクを差し出してきた。「私の名前はマーシャ。これ、飲んだら少しは楽になると思うわ」

 一瞬躊躇したが、全身は汗で濡れ、水分を激しく欲していた。「……ありがとう」

 俺は缶を受け取り、一気に喉に流し込んだ。冷たさが染み渡る。「……生き返る」

 向かい側にいた韓国人の警察官、ハンが、俺を忌々しげに睨みつける。(こんな時に、よくもまあ、のんきに休んでいられるもんだ)

 残念ながら、彼の「心の声」は俺に筒抜けだった。だが、俺は無視することにした。

 この能力は、俺が聡明だからでも、超能力者だからでもない。すべては体内の「呪い」の仕業だ。呪いたちは周囲の負のエネルギー——嫉妬、恨み、恐怖、憎悪——を敏感に察知し、それを声や囁きとして俺の脳内に直接送り込んでくる。だから、望まなくても他人の本音が分かってしまうのだ。ディシントランシアに渦巻く負のエネルギーはあまりにも濃く、おかげで俺は、新参者でありながらゲームの裏ルールや他クランの計略、さらには重鎮たちの秘密までをも、容易に手に入れることができていた。

「ザカ、一つ聞いていい? さっき、あんなに血を吐いていたのに、どうして今は平気そうなの?」

「……薬を飲んだからだ」

「薬? どんな薬?」マーシャが身を乗り出す。

「……説明できない」

 俺は顔をそむけた。生まれてからずっと呪いと共に生きてきた俺にとって、これほどエネルギッシュに話しかけてくる相手は初めてだった。

「ケチ。教えてくれたっていいじゃない」彼女が膨れっ面をする。

「今の時代の若者は、皆こうなのか? 我々の時代とはあまりに違いすぎる」

 胡坐をかいて瞑想していたラプ=ラプが、呆れたように呟いた。

「ハハハ! 命拾いしたな、クソ野郎共!」

 突然、ラルフに似た「タルフ」という男が目の前に現れた。気配すら感じさせない不気味な登場だ。

「よし、お前たちに必要な情報をくれてやる!」

 タルフが話し始めると、俺の頭の中は再び騒がしくなった。呪いたちが代わる代わる囁き始める。タルフの言葉の裏にある意図を翻訳する者、罠を警告する者、画面越しに監視している他クランの指導者たちの負の感情を収集する者。

『いいか、小僧。1000ポイントという目標は、弱小クランを嵌めるための罠だ』

『奴らは俺たちを焦らせ、無策のまま戦わせようとしている』

『だが、もしポイントの上限が上がれば……』

『生存への猶予が生まれる』

 最も頻繁に話しかけてくる「虎の獣霊」の呪いが付け加えた。

『特権に関する事実を隠そうとしている奴らもいる。下層民のお前たちにチャンスが与えられるのを、奴らは嫌っているのさ』

 俺はこめかみを軽く押さえた。(分かった、分かったから……静かにしてくれ。頭が割れそうだ)

 タルフは手元の透過スクリーンを操作しながら続けた。「お前たちは、最初に100ポイントに到達した。ゆえに特権が与えられる! ゲームに『新たなルール』を一つ追加する権利だ!」

 ホールが騒然となった。

「全員で決めるべきだ」オデュッセウスが言った。「このルール一つで、我々の今後の運命が決まる」

「強豪クランを倒した時のポイント加算を増やすべきだ!」ハーラルが提案する。

「それは既に組み込まれている」ラプ=ラプが切り捨てた。

 俺は議論には参加しなかった。頭の中では、呪いたちが既に激しい議論を戦わせていた。

『最終ポイントの上限を引き上げろ』

『いや、それでは難易度が上がるだけだ』

『奴は賭けに出るべきだ。これしか道はない』

『だがハーラルの顔を見ろ。あいつは絶対に反対するぞ』

 俺は溜息をついた。もういい、決めた。

「ザカ? どうしたの?」マーシャが心配そうに覗き込む。

「……大丈夫だ。少し目眩がしただけだ」

 タルフが咳払いをした。「時間は残り少ない。提案は?」

 俺は一歩前に出た。

「ルールを追加したい。最終ポイントの上限を引き上げる。1000から『5000』にだ」

 静寂が訪れた。

「何だと!?」ハーラルが斧を取り落としそうになる。「貴様、正気か!?」

「本気だ」俺は彼を真っ直ぐに見据えた。「あんたたちのような強豪クランなら、2、3回勝てばすぐに安全圏に行ける。でも、俺たちのような弱小クランには『時間』が必要なんだ。上限を5000にすれば、すべてのクランが長期戦を強いられる。それが俺たちのチャンスになる」

 頭の中で「虎の獣霊」が満足げに鼻を鳴らした。『分かっているじゃないか。この提案に怯える上位クランどもの負のエネルギー……実に美味だ』

 別の呪いが嘲笑う。『奴らは今頃パニックだ。だが、このルールは「公平」だから、最後には認めざるを得ないだろうよ』

 ガジャ・マダが静かに頷いた。「一理ある論理だ」

「賛成だ」今まで黙っていた老兵、ウーが言った。

「俺もだ」韓国人のハンが、躊躇いがちに手を挙げた。

 ハーラルは毒づいたが、反対はしなかった。

「よろしい!」タルフが手を掲げた。「新ルール追加! 最終目標は5000ポイントとする!」

 タルフがリストバンドをタップした瞬間、大気の質が変わったのを感じた。重圧が取り払われたような感覚。脳内では呪いたちが小さく歓声を上げている。彼らはこの決定によって引き起こされる負のエネルギーの混沌を楽しんでいた。

『よくやった、小僧。お前は一人じゃない』

『だが忘れるな。奴らは必ずお前を蹴落としに来るぞ』

『気をつけろ、上の連中が既に動き出している』

「虎の獣霊」が付け加える。『恐怖の臭いが広がり始めたな。だが、罠の臭いもする。警戒しろ』

 俺は小さく頷いた。分かっている。

 タルフが杖を床に叩きつけると、地面が割れ、地下へと続く巨大な石階段が現れた。

「ここはディシントランシアの地下回廊だ。そこではアリーナの制限なくポイントを狩ることができる。だが、気をつけろ……多くの『待ち伏せ』が既に潜んでいるぞ」

 ハーラルが最初に降り、ガジャ・マダが続いた。ラプ=ラプは外套を整え、オデュッセウスは歩数を数えながら進む。本多忠勝は最後尾を歩き、背後を固めた。

 マーシャが俺の手首を掴んだ。「行きましょう」

 俺は頷いた。

 地下通路に足を踏み入れた瞬間、頭の中の声が一斉に囁いた。

『俺たちが、ついているぞ』

 俺は小さく微笑んだ。答える必要はない。彼らには、既に伝わっているのだから。

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