第七話 あたしに何の恨みがあるってんだ
「・・・・・・――――うーん。総務省を退職されてますよね。これは、どういう理由で、ですか?」
「そ、それは、自分自身の可能性を拡げ、もっと別な世界に挑戦しようと思いまして」
先週、ついに二十八歳になっちゃった。五月一日で、あたしは二十九年目の人生に突入した。
今日は久しぶりに、企業の採用試験を受けている。中途採用枠の募集があって、今、最終面接中。
あたしが総務省の役人だったことは、やっぱ突っ込まれるよなぁ。どういうことで辞めたかなんて、別にいいじゃないか。そこばっかり聞くのは、やめてほしいんだけどな。
あたしは総務省を退職後、言語系の知識が活かせそうだと思って、出版社や新聞社を受けてみたことがある。結果は、全部不合格。
落ちれば落ちるほど、あたしは必要とされていないんじゃないかという不安が出てきて、それからは受ける気すらなくなっていたんだ。
でも今回は、気を引き締め直して、あたしが好きなファッション雑誌を発行しているこの株式会社ニシダ出版を受けた。ちょうど、職安に行った時に募集案内があって、「受けます」と二つ返事で飛びついちゃったよ。
一次試験の学力教養と集団討論は余裕だった。自己PRも、バッチリできた。だが、問題はこの個人面接。根掘り葉掘り聞かれるのはあたし、元々、得意じゃないんだ。
「・・・・・・――――では、これで面接を終わります。試験結果は後日、通知されますので」
「ありがとうございました」
あたしはいつも、面接を終えて部屋のドアを閉めるこの瞬間が、好きじゃなかった。
あたしはどう見られたんだろう。
部屋の中であたしについて何を言ってるんだろう。
あたしのことをどう評価するんだろう。
そんなことが頭をよぎって、普通以上に疲れるからだ。
でも、大空寺で座禅をやった日を境に、そんなことがどうでもよくなったように思える。
評価するなら好きに評価してよ。
藤咲水紀という人間は、これ以上でもこれ以下でもなく、今ここにいるこの姿が全てなのだから、と。
そんな気持ちでいると、心もあまり疲れないってのがわかった。
「(・・・・・・きれいな会社。・・・・・・受かるといいんだけどな・・・・・・)」
真っ白な廊下。花のような香りが、どっかから漂っている。清潔感のある会社だなぁ。
エントランスから外に出ると、空はやや曇りがかっていた。朝来たときは晴れてたのになぁ。
・・・・・・つか ・・・・・・つか ・・・・・・つか
ん、誰だろう。あたしの方に、向こうから誰か寄ってくる。絶対に、あたしに向かってきてるよね。後ろには誰もいないし。
これで変に手を振ったりして人違いだったら、超恥ずかしいからさ。
「藤咲さんじゃなぁーい! ・・・・・・なに? 今日は仕事? ねぇ、なんでこんな所に藤咲さんが?」
何てこった。こいつは、高校時代にあたしが一番苦手だった人間だ。なんでこんなところで遭っちゃうんだろう。はぁ、疲れる。
ねぇ神様、あたしそんなに、日頃の行い悪いですか。
「今日は・・・・・・その・・・・・・試験に、ね」
「はーぁ? えーぇ? しけんー? 何で? ねぇ、何で? まさかうちの会社に入るの!」
何なんだよもう。この甲高い声、わざとらしい口調、しつっこい質問の仕方、あたしはこいつがどうも苦手でたまらなかった。いや、現在進行形だな。変わってない。今も苦手だわ。
ちょっと待て。今、「うちの会社」って言ったか。ってか、こいつの首から下がっているネームカードを見たら「ニシダ出版 企画部 原本ゆかり」だって。今受けたこの会社の社員なんかい。
「藤咲さんはお役所ってイメージだったけど、何で今更試験を? ねぇ、どぉしてーぇ?」
何で勝手にイメージつけてるんだ。あたしはその役所がダメだったんだよ。だから民間企業を受け直してるの。ってか、何だっていいじゃん。あんたに関係ないじゃん。だめだ、もう帰りたい。
「待って藤咲さん。ねー、覚えてる? 私たちさ、高校三年間、同じクラスだったわよねーぇ?」
覚えてるよ。三年間、しつっこく絡まれたこっちの身にもなってみろ。本当、面倒臭かった。
「私、今でもトップランクの成績だった藤咲さんに、古典のテストで2点勝ったのが誇りでさ!」
あたしにとっては、そんな思い出は埃だからとうの昔に捨てちゃったよ。っていうか、今言われるまで完全にそんなこと忘れてた。
こいつに当時、うざったいくらいに「勝った!」って騒がれて、あたしは次の日に具合が悪くなって学校を休んだんだったわ。面倒くさいことこの上ないやつだ。
「あとさーぁ、世界史も藤咲さんに1点勝ったのもー・・・・・・」
「ごめん。あたし、もう今日は帰るから。用事があるんで」
「いーぃじゃない! 柏沼高校卒業以来だし! ねーねー、近々、高三のクラス会やるんだよ!」
行かないよ。あたしはクラス会や同窓会が苦手なの。少人数で、気心知れたメンバーとだけならいいけど、少なくともあんたとは絡みたくない。
それに、高校三年の時の担任にはトラウマ級のセクハラをされたから、絶対にクラス会なんか行きたくない。あたしには超ド級の黒歴史だ。
「ごめん。あたしは集まり事は苦手だから、パス!」
「なーんで? なんで? あ! じゃあ、来れば苦手克服できるよ! 藤咲さんの苦手克服に!」
なんでクラス会が、あたしの苦手克服特効薬みたいなことになるんだ。こいつのこういうノリも何もかもが、あたしは心底合わない。行かないっていってるでしょうが。
「あ! もし藤咲さんがうちの会社に入ったら、私の部署が良いな。私、藤咲さんの先輩だ!」
だめだ、これは。明日また具合悪くなったら嫌だから、反応せずに帰ろう。せっかく頑張って試験を受けに来たのに、なんだかモヤモヤしてだめだ。あたしは、帰る。
「あ、藤咲さーん? 私、来月結婚するから! 招待状、送ろうか? 良い服持ってたりする?」
送らなくていい。あたし、そういうの出ないから。つーか、こいつとそんな関係性じゃないし。
「ま、よく考えたら藤咲さんは場違いかもね! もし採用ダメでも、次はあるから頑張って!」
何なんだよ本当に。失礼にも程があるぞ原本ゆかり。場違いだと思うなら招待状の話なんかするな。わざとか無意識かは知らないけれど、あたしにいったい何の恨みがあるのさ。
磁石は、同極同士では引き合わない。あたしも、苦手な奴とは同極になってずっと離れたいよ。