第八話 マチナカカレーとタンドリーチキン
「・・・・・・――――そんなことがあったんですかー。大変でしたね、水紀さん」
「すごく疲れました。もうやだー。・・・・・・結局、会社も落ちたし」
「あいよ、ミズキちゃん。これ食べて、元気出しな。岬副社長も、同じので良いかな?」
「あ、はい、すみません仲島さん。・・・・・・って水紀さん、すごい勢いで食べてますね」
あたしは、先日の日雇いバイトのお金を持って、マチナカに来ている。
ニシダ出版の試験は、結局ダメだった。
イノシシ店長が気を遣ってくれたのか、あたしが頼んだカレーにタンドリーチキンもサービスしてくれた。スパイスが、とっても良い香りで元気が出る。
今日はちゃんと、イノシシ店長は唐辛子を抜いてくれたね。岬副社長の方には、真っ赤な唐辛子が一本入ってる。あたし、そんなの一本食べたら火吹いて倒れちゃうだろうな。
「それで、水紀さんはクラス会については欠席にしたんですか?」
「(もぐ)・・・・・・(ごくん)。・・・・・・はい。高校三年は、クラスに良い思い出は無いし・・・・・・」
ほんとそう。まだ、二年の時の方が良かった。
三年の時はみな、受験一辺倒で自分のことしか考えてないやつばっかりで、クラスと言ってもみな個人プレー状態。原本ゆかりも邪魔なくらいしつこく、うざったかった。
それに、担任教師がとんでもない「ろくでなし」で最悪だったんだ。
「そうですか・・・・・・。水紀さんの高校時代って、どんなだったんですか?」
「どんな?」
「例えば、その、部活以外の生活はどんな感じだったのかなって」
「・・・・・・普通に、黒い制服着て、電車で通って・・・・・・。まぁ、平凡で普通な感じかなぁ・・・・・・」
「そ、そうでしたか。いや失礼。ちょっと、気になったもので」
「はぁ」
岬副社長って、けっこう質問が多いんだよね。刑事の取り調べじゃないんだから、あたしなんかのことを、そんなあれこれ聞いたってしょうがないだろうに。
なんでそこまで聞くんだろう。
それにしても、原本ゆかりのせいで、あのろくでなし担任のことを完全に細かく思い出しちゃったじゃないか。嫌な思い出ばっかだ。ああ、嫌だ。
あたしは高校三年の時、文系選抜クラスだったのに、なぜか担任は化学の教師だった。隣の理系選抜クラス担任は国語の教師。どういう理由でそうなったのか、当時の校長に聞きたいくらいだ。
部活もとっくに引退し、受験モード真っ盛りだった頃、あたしは担任に化学準備室へ呼び出された。センター試験の化学がこのままの成績じゃまずいから補習をするってことで。
当時のあたしは何の疑いもなく、そこへ行ってしまった。
あたしはそいつに後ろから抱きつかれ、犯罪級のセクハラ行為をされた。肘当てを入れた覚えがあるけど、驚いて力が入りきらずに効かなかったんだろうな。
そこへ、部の同期だった子がたまたま化学準備室に来て、助けてくれた。
もしそれがなかったら、あたしはあの後、あいつに何をされてたかわからない。
思い出すだけでも鳥肌が立つ。本当に高校時代で唯一の最悪な思い出だ。
そんな変態教師だったのに、強力な国会議員だかのコネで騒ぎも揉み消されて、そいつはクビにもならず教師を続けていた。ふざけんなって思ったよ、本当に。
少なくともあたしの友達は、みんな嫌ってたやつだったな。ヤマゲンってアダ名の、あのろくでなし教師は絶対に忘れない。あたしの胸と尻を鷲掴みにし、うなじにキスまでした変態教師め。
「水紀さん? 水紀さん?」
「・・・・・・。・・・・・・え? あ! すみません」
そんな昔のことを思い出してたら、ぼーっとしちゃってたみたいだ。ごめん、岬副社長。
「もし・・・・・・なんですけどね?」
「え? す、すみません。はい・・・・・・。もし?」
「もし、うちの会社でスタッフ募集と言ったら、水紀さん、どうです? やってみませんか?」
え、なんだこれ。あたしが嫌な記憶から立ち戻ったと思ったら、岬副社長、いきなり何を言い出すのさ。びっくりするじゃないか。
「え? えーと・・・・・・。岬副社長の会社のスタッフってことは、岡山岬青果で・・・・・・ですよね?」
「ええ。社長である父が言ってたんです。本社で、次年度からスタッフを増やしたい、とね」
「そ、そうですか。・・・・・・でも、本社って、岡山・・・・・・ですよね?」
「ええ。良いところですよ。海も山も川もあって」
「それ、正社員募集・・・・・・ってこと?」
「もちろん。東京にあるような巨大なオフィスとかではありませんが、良い環境だと思いますよ」
なんてこったい。新しい就職先が見つからない状態だけど、いきなり岡山とは。栃木生まれの栃木育ちで今は東京暮らしのあたしが、場合によっちゃ来年から岡山県に、か。
まったく想像ができないよ。あたし、岡山県のこと、桃太郎がどうこうくらいしか知らないもん。
「どうでしょうか? 水紀さんがよければ、父にも話してみようかとも思うんですが」
「あ、あの、岬副社長。ちょ、ちょっと待ってね・・・・・・。まだ、その・・・・・・気持ちが・・・・・・」
「まぁ、そうですよね。よく検討していただければ、と思います。焦らなくていいので」
「わっはっは! 良かったなミズキちゃん。もしかすると、いい流れが来てるかもしれないよ?」
イノシシ店長まで、何言ってんのよ。でも、ちょっと待って。良い流れ、か。
不合格ばっかりのあたしは、「あんたなんかいらない」と言われてる感じがして、気分はずっと後ろ向きだ。でもこの話は、あたしを必要として声をかけてくれてるんだろうなぁ。
「(悪い話じゃないんだろうなぁ。でも、絶対ってこともないしなぁ・・・・・・)」
タンドリーチキンのスパイスがいつもよりも香ばしく感じる。窓ガラスには、外を眺めるあたしと、イノシシ店長や岬副社長が映ってる。そっちのあたしも、岡山行きに悩んでるのかな。
あたしは、東京に居座ってる理由はないんだよね。
でも、どうしよう。どうしようかなぁ。




