第二十二話 三ヶ月後のあたしは・・・・・・
「〔・・・・・・――――良かったじゃん姉貴。そういう話なら、ありがたいんじゃない?〕」
「まぁ、そうだね。あたし、初めは聞いてビックリしちゃったけどさ」
「〔姉貴はさ、何だかんだで、こっちの方が良いって思ってたんじゃないの?〕」
「そんなことはないけどさ。でもまぁ、確かに、慣れた場所の方が気は楽かな」
「〔そりゃそうだよー。・・・・・・ねぇねぇ、こっちにはいつ東京から戻るの?〕」
「まだ先だよ。会社勤めは来年の春からだし、そんな急には・・・・・・」
「〔ふーん。・・・・・・アタシ、姉貴の部屋にいろいろ置いちゃってるから、片付けなきゃなー〕」
「は? ちょっと、優味! 勝手にあたしの部屋をまた物置代わりにー・・・・・・」
「〔かーたづけるってば! ・・・・・・姉貴。帰ってきたら、一緒に祝杯をあげようね!〕」
「・・・・・・そうだね。考えてみたら、優味と飲み交わすなんて、あんまりやったことないもんね」
「〔だよね。その時は、超高級なお酒、用意しとくかんね!〕」
「いいよ、普通ので。・・・・・・優味も、おめでとうね」
「〔ありがと! たくさん、土産話聞かせてよねー。・・・・・・おやすみ。じゃ!〕」
「うん。おやすみ。・・・・・・じゃ!」
ピロン!
・・・・・・ツー ツー ツー ツー・・・・・・
岡山に行っていた期間は、貴重な時間だった。
関東とは違う景色、風習、方言、全てが目新しく、あたしは「へー」と思うことの連続だった。
三ヶ月間滞在してみて、岡山の風土や人々の気質にも、少しだけ触れられたんじゃないかな。とてもいいところだったな。
岬副社長がごちそうしてくれた備前ばら寿司は、作り方も面白くて見た目も華やかだった。
ままかり漬けは、光り物の寿司ネタが好きなあたしにはストライクな郷土料理で、すごく気に入った。また食べたいな。ままかりは、サッパっていうイワシの仲間の魚なんだって。
岬副社長の会社も見学して、特別に何度か、インターン生のような職場体験もさせてもらった。
そんな岡山県だったんだけど、あたしがいる間に、岬副社長の父である岡山岬青果の社長が「北関東支社が来年春には始まるから」っていきなりあたしに言ったんだ。
その場所がなんと、栃木県宇河宮市の西側なんだってさ。ちょうど、柏沼市との境辺りなのかな。ほんと、驚いたよ。
お試し感覚のように行ってみた岡山県だったけど、あたしは来年から、岡山岬青果の北関東支社で正社員として入社することが決まったの。一般教養試験と面接試験、そしてプレゼンテーション試験に論作文など、一通りの入社試験をもちろん受けたよ。
あたしはファーム現場の調整と、北関東支社の営業職になるみたい。
岡山岬青果は小さな会社だけど業績は順調で、少しずつ、事業規模を拡大してるみたいなんだ。前に進んでいってるんだね。
実家の家族も、巡り巡ってあたしがこんな形で地元に戻ることになったことを伝えたら、ビックリするんじゃなく「おめでとうね!」と喜んでくれた。スマホ越しに母の喜ぶ声を聞いたら、何だか急に涙が止まらなくなった。
その後すぐ、母から聞いた話によって涙は止まったんだけどさ。
父が、刺身用じゃない魚を間違えて刺身にして食べてしまい、全身に蕁麻疹が出て急性中毒のようになり、救急車騒ぎになったんだって。
どうしてそうなるんだ。「新鮮そうだったからワサビ醤油で食べちゃった」と笑ってたそうだが、とても笑えない。そのせいで、せっかくいい涙を流していたのに全て止まっちゃったんだから。あたしの涙を返してよ。
まぁ父は、悪運が強い人なんだろう。
優味も、地元の明日市市役所の試験に合格し、来年の春から晴れて公務員一年生になるみたい。果たして大丈夫なのかなぁ。
あたしみたいなことには、ならないでほしい。姉として、切に願うよ。まぁ、彼氏と仲良く頑張って。
あたしも来年は、新しい職場で一年生としてスタートだ。
「あたしは結局、何だかんだで地元に戻る運命だったのかなぁ・・・・・・」
部屋の窓から、東京都心方面の明かりがたくさん見える。
ビルの上に明滅する赤いランプ。走り抜ける電車の白い窓明かり。オフィスビルの窓にはブルーやオレンジ色の明かり。道路を走る車のテールランプにヘッドライト。どれも、あたしの部屋から見える、東京の夜を彩る明かりたちだ。
「・・・・・・東京の明かりも、この部屋からあと何回眺められるんだろう・・・・・・」
それらの明かりたちは、ただ静かに、流れる時の中で光を灯し続けている。
あたしが人生で一番長く過ごした場所は、地元の栃木県明日市市。
その次がこの東京都島豊区の雑木ヶ谷の街。
それがいざ地元に戻ることが決まったら、この街がまるで一番長く時間を過ごした場所であるかのように、ものすごく愛おしくて名残惜しい感覚になってきた。
あたしにとっては、この街は栃木から出てきて一人でずっと住んでる、言わば「一人で生活を切り開いた街」だからなのかな。
実家の家族や親戚も、地元の友達も先輩も後輩も、みんなが知らないあたしがこの街にはいる。
みんなが知ってるのは、栃木の明日市市に住んでいた藤咲水紀だ。
「大学一年生の時から、十年か。時間はかかったけど、東京によく馴染めたなぁ、あたし・・・・・・」
もし、あたしがこの街を離れて地元に帰っても、この街はそんなことは全く影響なく時を刻んでゆくのだろう。
この部屋もあたしがいなくなったところで、また別な誰かが契約して入居し、そのまま住人としてその人が馴染んでゆくだけ。
人がいればその人の数だけ人生や運命があり、それぞれがあらゆる方向に向かって道を歩いている。あたしも、その中の一人。
あたしは東京に来てから、この部屋に様々な感情や声を染み込ませてきた。近所には、同郷の友達や知り合いはいない。
その「独り加減」は、初めの頃は程よい開放感があり、清々しささえ感じたこともある。でも時には、その感覚は孤独感に変異し、あたしを飲み込んだこともあった。
本当の孤独って「独りでいること」ではなく、いるはずの誰かが側にいない状況だとわかったんだ。
これからもきっと、あたしの人生は順風満帆ではない気がする。立ちはだかる壁や困難は、避けることができない。
ならばあたしはあたしらしく、背を向けずに正面突破していこうと思うんだ。




