第二十一話 藤咲水紀、備前に降り立つ
プアアアアアァーンッ!
ガタコガタコガタコガタコ!
――― まもなく岡山~、岡山です。今日も新幹線をご利用いただき~・・・・・・ ―――
新幹線なんて乗ったのは、いつ以来だろう。総務省の役人時代に、関西出張した時以来かな。
窓に映るあたしの向こうには、様々な景色がスライドしていった。
山や川。
でっかい富士山の麓や茶畑。
商業施設にや工業地帯。
時々見える青い海。
古い寺社仏閣とに風情ある街並み。
これらはどれも、過去に新幹線に乗った時に一度は見たことはあるはず。でも、なんだか初めて見る景色に等しかった。
なんでだろう。その中では富士山の景色くらいかな、よく覚えてたのは。
今朝は東京駅を九時九分発の新幹線に乗った。自由席は、いくつか空きがある。ぎゅうぎゅう詰めで座るよりも、余裕があっていい。
通路を挟んで隣側の三人掛け席には、京都駅から乗ってきた黒ブレザー姿の女性が座って書物を読んでいる。胸に「KARATE」って書かれた金色の鷲型エンブレムを付けているから、きっとそういう関係者なんだろうな。
大会役員や審判としてどこかに出張するのか、審査会や役員会議に行くのか、何なのかは知らないけどね。
その人が読んでる書物に「朝香道場 藤川師範用」って書かれている。
惜しかったね、あたしは藤咲なんだ。藤の付く名字の人を見ると、少しだけ親近感が湧くのはあたしだけだろうな、きっと。
岬副社長は一昨日から岡山の本社に行ってるんだって。とりあえず三ヶ月間お世話になる分の荷物は先に送った。あたしがそこへ着いた時に受け取れるよう、日時指定もしたから大丈夫。
「岡山か。・・・・・・岡山ねぇ・・・・・・」
あたしは過去に一度、岡山は通過しているはずなんだ。高校の修学旅行が広島、大阪、京都だったから。その時も今と同じように新幹線に乗って、広島に向かう時に岡山駅は通ってるはずなんだよな。
もっとも、その時は友達と車内で喋ってたり、カードゲームでもして遊んでたりしてたから、記憶にあまりないんだろうね。そんなもんだよね。
外の景色は、見たこともない街並みが広がっている。岡山駅で降りる人たちが、荷物をまとめて降車準備をしてる。あたしはリュック一つだけだから、慌てなくてもいいや。
――― 岡山~、岡山です。お降りの際は~・・・・・・ ―――
独特の音をさせてドアが開き、午後十二時二十二分に、あたしは岡山の地に降り立った。
空気の匂いが、栃木とも東京とも、どこか違う。駅構内の感じは、あたしの地元の宇河宮駅とどこか似ている感じ。遠くに来たのに、遠くに来てないような、不思議な感じ。
東京から三時間ちょっとで来ちゃった。速いね、新幹線。これなら日帰りだって行き来できるじゃないか。あたしはやりたくないけど。
「えーと。東口、と・・・・・・」
岬副社長が、あたしの到着に合わせて、駅まで迎えに来てくれることになってるんだ。東口の先で待ち合わせになってるんだけど、全然降りたことない駅だから、右も左もわかんない状態だ。
駅東口を出ると桃太郎像が出迎え、その向こうには、ウニのようなオブジェと噴水も見える。
あたしの人生に、この岡山で体験する様々なことがこれから新しく刻まれてゆくんだろうね。岡山の地は、はるばる関東から来たこのアラサー女である藤咲水紀を、受け入れてくれるかな。どうか受け入れてほしいな。よろしくお願いいたします。
そういえば昔、歴史の授業で習った各都道府県の旧国名で、あたしはどうもこの岡山周辺の地理が苦手で覚えられず、よく間違った。一番古い名前は吉備国。その後、この辺は備前、備中、備後、美作に分かれたんだっけね。
京都や奈良に近い方が前だの上だのになるんだって早くから知ってたら、あたしは備前と備後をよく逆に書いて間違えることはなかったかも。
あと、それに関してだけど、高校生の頃に原本ゆかりが「群馬が上は嫌! 栃木は群馬の下じゃない!」なんて意味不明にわめいてた。群馬が上野で栃木が下野なのは、そういうことだから。
栃木も群馬も海はないし、形は微妙に似てるし、どっちが上も下もない。まぁ、どっちもどっちかな。
「・・・・・・ん。・・・・・・さーん。・・・・・・おーい、水紀さん!」
「え? あ、岬副社長! 今日はありがとうございます」
「いやいや、遠くまでようこそ来んさったぁ。でぇれぇ遠かったじゃろう?」
「あ、でも、東京からだと新幹線で三時間ちょっと、でしたし・・・・・・。あの、岡山弁・・・・・・」
「え! あ、ああ、すみません。ここ数日、こっちで生活していたものですから」
岬副社長はバイリンガルで面白い。日本語のバイリンガルだけどさ。あたしも、やる気になれば栃木弁と標準語を使いこなせるんだろうけど、面倒だからそれはいいや。
「水紀さんは、栃木県の方言ってあまり使っていない感じですよね? どんな感じなんですか?」
「・・・・・・え! と、栃木弁・・・・・・ですか?」
「はい。水紀さんのお国言葉も、聞いてみたいなぁって。ははは!」
今、それはいいやって思ったばかりなのに。岬副社長、ちょっと、タイミング悪いってば。
「例えば、『岡山に着いたけど、ふらふらしてたら迷っちゃった。大丈夫かなぁ』なんてのは?」
何言ってんのさ、岬副社長。
なぜ岡山に来て、栃木弁を丸出しにしなきゃなんないのさ。
言うとしたら「岡山さ着いたけどよ、うすらうすらしてたら迷っちった。だいじかなー」だろうけどさ。
「あ、あのー、岬副社長? そういえば、あたしがお世話になるアパートはー・・・・・・」
「ああ、そうでした! これから車で案内します。じゃあ、車はあっちなんで。どうぞ」
これからまた、この地でどんなことが待ってるのかドキドキだね。
よろしくね、岡山県。




