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迷い道と目的地 ~藤咲水紀の日常~  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
19/28

第十八話  水紀、「危うき」に近寄られる!

 今朝、眠い目をこすってリビングでニュースを見ていたあたしは、一瞬で目を覚ました。

 あの東郷議員が、環境問題や福祉問題に関わる市民団体と癒着し、贈収賄の罪で捕まったんだってさ。

 やっぱり、怪しいと思ってたよ。総務省時代から、なんだか黒い噂も耳にしてたしさ。

 各団体に便宜を図り、合計で三千八百万円ものお金が東郷議員に流れてたんだって。それに関わった区役所職員も、一緒に逮捕された。

 ろくでもないことに関わったんだから、まぁ、仕方ないよね。バレないわけが、ないじゃないか。

 ニュースでは、東郷議員が警察に連行されてゆく映像が流れてた。彼が車に乗せられる前に「俺はそんなつもりじゃなかった。ちょっと意味がわからない!」とわめいてたのが、妙に頭に残ってる。

 そんなつもりじゃなくても、罪は罪。悪いことは、必ずいつか、裁かれちゃうんだからね。

 そうそう、そのニュースの他にもいくつか、訃報や事件のニュースがあった。

 あたしの地元である栃木県のとある駅で、女子高生に痴漢行為をしたゴミ収集業者の男が捕まったこと。

 その男も、テレビカメラに向かって「ボボボ、ボクはやってない! これだからテレビは嫌いだ!」と往生際の悪い様子で、わめいていた。

 みっともないね。不潔そうで、太ってて、絵に描いたような変態っぽさで、完全に女の敵。しばらく、ブタ箱に入ってればいいと思っちゃったよ。

 次にやってたのは、ボディビルの元世界チャンピオンだったっていう人が亡くなったこと。

 映像で見たけど、とんでもないマッチョマンだったよ。腕や脚が、あたしのウエストよりも明らかに太いの。どういう体型なんだよ、って言いたいくらい、艶々した筋肉ダルマみたいな外国人だった。

 筋肉増強のため若い頃に無理をしすぎてて、寿命を縮めてたみたい。「HAHAHA!」っていう笑い声が映像で流れてたけど、角刈り金髪と笑顔が妙に印象に残る人だったよ。

 「伝説のゴールデン」って呼ばれてて、その業界では超有名だったんだってさ。

 最後にやってたのが、今、あたしが住んでいる区内で、コンビニ強盗が出たっていうこと。

 しかも男二人組だって。警察の調べでは、暴力団の下っ端構成員による犯行にほぼ間違いないってさ。

 おっかないね。あたしもよくコンビニに行くから、気をつけなきゃ。

 最近、ほんとに良いニュースがないよ。

 ネットを見ても、テレビを見ても、ろくでもないことばかり。

 悲しくなるようなことも多いし、ネットのコメントも匿名を良いことに誹謗中傷の好き放題。

 こんな世の中で、本当にいいのかな。

 この国の行く末には、お互いが思いやって和み合える時代っていうものが、なんだか来ないような気がする。悲しくなるなぁ。

 また、そんなことをぼやいているうちに、あっという間に夕方になっちゃった。

 あたしの部屋の窓から、橙色の光が差し込んでる。窓際に置いてあるラッコのぬいぐるみが、きらきらと西日で輝いてる。

 このラッコ、あたしが小学一年生の時に、デパートの福引きで当たったやつなんだ。名前はミュンちゃん。かわいいでしょ。あたしの部屋にある、唯一のぬいぐるみだ。


「あれ? 冷蔵庫には・・・・・・無かったか・・・・・・」


 久しぶりに、パイン味の缶チューハイが飲みたくなった。

 前に一本だけ買ってあった気がしたけど、ブドウ味のやつだった。勘違いだなぁ。

 ま、いいか。散歩がてら、買いに行こうっと。

 そんなわけで、いつものラフな格好のまま、あたしは近くのコンビニに向かった。もう、どんどん日が暮れてくるね。

 西の空が、インディゴブルーとバーミリオンのグラデーションに染まってる。


「はー。夕方になると、少し冷えるなぁ・・・・・・。早く買って、家に戻ろうっと」


   すた  すた  すた  すた

   すた  すた  すた・・・・・・


 あたしは、何気に自分は早足だと思っている。

 昔から、他の人より少しだけ、歩くのが速いんだってさ。テンポの良い歩き方って言われたこともある。

 いや、あたしだけじゃないから。兄貴や優味もあたしと全く同じ歩き方なんだよ。あと、父もね。

 ま、藤咲家共通の歩き方なんだろうね。


   すた  すた  すた  すた

   すた  すた  すた・・・・・・

   ・・・・・・ごつり

   ・・・・・・ごつり

   ・・・・・・ざっ

   ・・・・・・ざっ


「(・・・・・・ん?)」


 コンビニは、この路地を進んで右に曲がった先にある。

 大通りには出ずに、ちょっと狭めのこの路地を通るのが一番近いんだ。でも、街灯が一つだけ弱々しく灯ってるだけで、けっこう暗くて人通りも少ないんだけどね。

 そんな路地で、あたしは、ちょっと気になった。

 あたしの足音の他に、別な足音が、同じ間合いで迫っている。

 振り向いても、誰もいないというか、よく見えない。固いブーツ系の足音と、スニーカー系の足音だったと思うんだけど。


   ・・・・・・すた  すた  すた  すた  

   すた  すた  すた・・・・・・

   ・・・・・・ごつり

   ・・・・・・ごつり

   ・・・・・・ざっ

   ・・・・・・ざっ


 やっぱり、あたしが歩くと、一緒に近寄ってきてる。あたしが止まると、その足音も止まる。

 やばいな。

 もしかして、変な奴につけられてるのかな。

 いや、足音は、前後からだ。

 挟み撃ちみたいにされているのかも。


   ・・・・・・すた  すた  すた  ぴたり!


「・・・・・・ねぇ! あたしに、何か用なの!? 誰!! つけてこないでよ!」


 こういう時、一番はまず逃げること。でも、今の状況は、前後から挟まれてる感じだから、逃げられない。

 そういう時は、大声で威嚇して、相手の気を削ぐことが大切だって言われた。

 誰に言われたかっていうと、高校時代の部活の監督。虎や熊を相手にするわけじゃないから、人間相手の場合は様々な駆け引きで逃げられることも多いんだって。猛獣じゃ、そういうわけにもいかないらしい。

 まさか東京のど真ん中で、夕暮れの路地に虎だの熊だのには遭うわけないもんね。

 朝見たろくでもないニュースが、何かの暗示だったのかな。


   ・・・・・・ごつり

   ・・・・・・ごつり

   ・・・・・・ごつりっ


「ちっ! 勘のいい女だぜ! 度胸良いじゃねぇかよ、あぁ? コラァ!」


 あたしの前から、がっしりしたチンピラっぽい男が近づいてくる。

 足音から察するに、爪先に鉄板が入った安全ブーツだ。高萩さんのとこでバイトした時、作業員さんが履いてたのを見たから、なんとなくそれだってわかる。

 口調からして、まともな人じゃない。絶対に危ない系の人だ。


   ・・・・・・ざっ

   ・・・・・・ざっ

   ・・・・・・ざざっ


「女子大生か? 若い女っぽそうだから、拉致って事務所に連れていきましょーや、アニキぃ!」


 後ろからは、軽い感じの声をしたチンピラ風の痩せ男が近づいてきた。

 二人ともストリート系でカジュアルな服装。そこに品の無い金のネックレスをしてるようだ。街灯の光が、たまにそれに反射して、黄色く光ってる。

 完全にあたしを狙ってたんだ。挟んで追い詰めてきたってわけね。


「コンビニを襲うより、女を拉致って闇風俗に売っとばした方が、金になるだろうからよぉ!」


 こいつら、もしかして、ニュースでやってたコンビニ強盗の二人組なのかな。まだ捕まってなかったみたいだけど、こんな所に潜んでたってことなのかな。

 よりによって、あたし、こんな連中にバッタリと出くわすなんて、最悪だ。


「来ないでっ! 警察呼ぶからね! 大声出すから! 来ないで!」


 これだけ大声を出してはみたけど、誰も駆けつけてこない。近くの家やアパートも、真っ暗。

 集中、集中、集中。どっちの男からも、目を離しちゃダメだ。気を張れ、あたし。


「呼ぶんなら、呼んでみろや! サツなんざ恐くねぇんだよこっちは! ヒャッハハハハハ!」

「警察が恐くて、ヤクザやってられっかってんだ! 大人しく拉致られやがれ、姉ちゃん!」


   ・・・・・・シュピィン! パチッ!


 うそ。そう来たか。

 二人でバタフライナイフっぽいものを光らせて、あたしを威嚇するか。

 あたしは、ブロック塀に背中をぴたっとくっつけて、左右から迫るチンピラ共の動きを逐一観察していた。

 少しでもそのナイフを持って飛びかかってこようものなら、もう、正当防衛で打ちのめす覚悟はできていた。

 心臓がものすごくドキドキしてる。どんどん鼓動が速くなってる気がする。


「うるせえから、意識失わせて口塞いでから、車へ強引に押し込めや! おい、やれぇ!」

「わかったっす、アニキぃ! さーぁ姉ちゃん、無駄な抵抗しねーで、オレらに捕まれやぁ!」


 じょ、冗談じゃない。あたしはパイン味のチューハイを買いたくて、この先のコンビニに向かってただけなのに。どうしてこうなるのよ。

 でも良かった、こいつら、同時にじゃなく弱そうな方からかかってきた。

 負けるなあたし。

 ここで藤咲水紀を守れるのは、藤咲水紀自身だ。


「姉ちゃんよぉ、さーぁ、オレらとぉー・・・・・・」

「はあああああぁぁぁいっ!」


   ヒュンッ!

   シュバッ! ズドゴォンッ!

   どんがらがっしゃぁんっ!


 痩せ男の持っていたナイフは、宙に舞った。

 ニヤニヤして右から飛びかかってきた男を、あたしは迷わずに横蹴りで迎え撃った。この蹴りのおかげでカニとお米を手に入れられたんだ。でも、本来はこういう護身のための技。

 変な泡吹いて白目剥いてるけど、死んでないよね。大丈夫だよね。


「な、何しやがったんだ今! こ、このクソ女っ! コルアァ・・・・・・」

「はあああぁぁぁーいっ!」


   すっ ババッ!

   ズドドドォンッ!

   どんがらがっしゃぁんっ!


 危なかった。

 もう少しで、顔をナイフで切られるところだった。

 でも、反射的に紙一重で避けられたよ。昔取った杵柄ってやつかな。

 避けた瞬間に、肘と肩と正拳を脇腹と喉の急所に叩き込んでやった。

 もう、あたしだって身を守るために必死。手加減なんてしてらんない。する気も無いけど。

 どっちの男も、本気で技を叩き込んだらぱたりと気絶しちゃった。

 とにかく、逃げよう。コンビニに行って、事情を話して、警察を呼んでもらおう。


   だっ!  だだだだだだだだだぁっ!


 あたしは、一目散に駆け出した。とにかく、息を切らせて、路地を駆け抜けた。

 事情聴取とかされるのかな。

 過剰防衛で実はあたしが逮捕ってなったらヤバいんじゃないかな。

 チンピラ、本当に死んだりしてないよね。

 そんなことを考えながら、あたしはコンビニに駆け込んだの。


「いらっしゃいませーぇ!」

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。け、警察一つ、お願いします!」

「は?」


 あまりにもテンパってて、わけのわからない客になっちゃったよ、あたし。この時の店員さんたちの顔は、忘れられない。みんな、鳩が豆鉄砲食らったような顔になってたんだもん。

 とりあえず、警察が駆けつけて、男たちは逮捕された。あたしは署で細かく事情を聞かれたけど、正当防衛ってことで普通に帰された。

 警察官たちからは最後に「よく無事だったね」と言われた。

 きっとあたし、空手やってなかったら詰んでたな。「君子危うきに近寄らず」と「危ない橋も一度は渡れ」って相反する言葉があるけどさ、その必要度はケースバイケースってことでいいよね。



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― 新着の感想 ―
[一言] 「危ない橋も一度は渡れ」 初めて聞きました 笑 本当、人生は矛盾を孕んでいますよね!
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