第十九話 マチナカカレーでフードマッチ?
「わっはっは! すごいじゃないか、ミズキちゃん。でも、無事で何よりだったね」
「確かに、そうですね。一歩間違えてたら、あたし、死んでたかもー・・・・・・」
「死ななくて良かったと思って、今日はたくさん食べていきなよ。サービスするからさ」
「ありがとう、イノシシ店長。また、ちょっと、居させてね」
あたしがチンピラに襲われた翌日、近所ではちょっとしたニュースになってしまった。
近くのマンションの住人が、あたしが必死に身を守って戦った映像を撮ってたらしく、それをその人がテレビ局へ勝手に流したみたい。
他人事のように撮ってる暇があるなら、通報してほしいんだけど。
昨日は夜にテレビ局の人が訪ねてきて、あっという間にあたしは「強盗犯退治のスーパーお姉さん!」みたいに扱われ、恥ずかしくて死にそうだった。
昨日警察から聞いた話だと、あたしを襲ってきたチンピラは、北関東を主に縄張りとしている暴力団「赤鉄連合」の下っ端だったみたい。
嫌だな、暴力団なんて。最近また全国的に治安が悪くなってるみたいだけど、何とか頑張って平和にしてよお巡りさん。
あたしみたいなアラサー女が、魔法少女のように治安を守れるわけがないんだからさ。
カランカラァン リンリリン
「はい、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞー・・・・・・って、あっ! これはこれは!」
店に誰か入ってきたな。イノシシ店長、いつもの案内の仕方じゃないぞ。誰だろう。
あたしは、窓の外をずっと眺めていたけど、気になって店の出入口の方へ目を向けた。
「ううっす! おらぁ! うまそうなカレーの匂いだな、おらぁ!」
「ははは。美味しいですよ、鬼霧関! 今日は、自分が持ちますから!」
「すまねぇな、岬さんよ! じゃあ、ごっつぁんです。おらぁ!」
えっ。岬副社長と鬼霧関が、一緒に来たってことなのかな。
「わっはっは。ミズキちゃん、岡山岬青果は佐土ヶ島部屋の『タニマチ』にもなってるんだよ」
「たにまち?」
「そう。無償スポンサーとでも言うのかな。後援者だね」
「そうなんだ。岬副社長の会社がねぇ・・・・・・」
「お相撲さんは、タニマチから提供されるものは基本的にいただくっていう習わしがあるんだよ」
「あ、だから『ごっちゃんです』ってことなのかな?」
「そこは、どうなんだろうね。もしかすると、そうなのかもね」
「へー」
なるほど、よく考えたら、あたしを佐土ヶ島部屋の稽古見学に誘ってくれたのも岬副社長だったっけ。そういう繋がりだったんだね。
「こんにちは、水紀さん。いらしてたんですね?」
「えぇ、まぁ・・・・・・」
「ニュース見ましたよ! すごいですね! でもケガが無くて本当によかった。安心しました!」
「ど、どうもです・・・・・・」
もう、嫌。恥ずかしい。岬副社長も、あのニュース見てたのか。
あたしが思いっきりチンピラを蹴っ飛ばすとこや、ぶっ飛ばしてノックアウトするところが、バッチリ映ってたんだもん。
「がはは! 岬さん、今日はどのくらい食べていいんだい? 食うぜ、おらぁ!」
「費用は会社が交際費として出しますんで。好きなだけ大丈夫ですよ、鬼霧関!」
「おお、そうかい! がはは! じゃあ、ビーフマチナカカレーの超大盛りを三人前だ!」
すごいな、鬼霧関。さすがお相撲さんだ。マチナカカレーの、しかも、ビーフ入りの方を六人前だなんて。
なんだか、あたしも、ガッツリ食べて気合いを入れたくなってきちゃったな。
「イノシシ店長! あたしにも、鬼霧関と同じやつ、ちょうだいっ!」
「え! ミズキちゃんも、三人前・・・・・・食べるのかい? 超大盛りだよ? 大丈夫?」
うん、平気。あたしはここのカレーだったら、四人前でも五人前でも食べられる。
スパイスの力で気合いを入れて、また明日に繋げるんだ。
「がはは! お姉ちゃんは以前、部屋のちゃんこも食いまくってたな! 食おうぜ、おらぁ!」
「はい! あたしも、ガッツリいただきます!」
「すごいな水紀さん。本当に、元気な女性ですね。ははは!」
「岬副社長も、どうですか? あたしも、鬼霧関も、美味しいカレーをガッツリ食べますが?」
「え? ・・・・・・自分も、ですか?」
「ねぇ、岬副社長? 体育会系の底力、あたし、見てみたいなぁー」
「水紀さんにそう言われたら・・・・・・断ることはできませんね。じゃあ、こっちも同じものを!」
イノシシ店長は大笑いしている。あたしと岬副社長に「無理しすぎないでな?」と言ってから、厨房で大量のカレーを出す準備している。
この時間だけで、一日分の仕込み量が無くなるかもしれないってさ。
そうだよね、超大盛りをさらに三人前頼む人が、三人だもん。超大盛りって、普通盛りの三倍あるんだってさ。一気に、二十七人前じゃないか。
お店の売り上げとしてはいいんだろうけど、減る時間としては普段から見るとありえない早さだろうね。
どん! どん! ずどどどんっ!
「はいよっ! 三人とも、ごゆっくり。わっはっはっは!」
銀色の大きなカレー皿によそられた超大盛りカレー三人前が、あたしたちの目の前に置かれた。
それはもう、とんでもない量。ご飯の形が、昔の学校の体育館みたい。かかっているカレーも湖みたいになってるよ。
でも、今日のあたしは、この量もいけちゃいそう。いや、絶対いける。
「がはは! じゃあ、岬さん、ごっつぁんっす! いただきますぜ、おらあっ!」
「あたしも、いただきます!」
「(す、すごい量だな。想像を絶するデカ盛りだ。水紀さん、大丈夫かなぁ・・・・・・)」
明らかに顔が引きつっている岬副社長をよそに、あたしと鬼霧関はそれぞれの席で、どでかいビーフマチナカカレー超大盛りを食べ始めた。
この際、量はもうどうでもいい。スパイスと牛肉の出汁が利いた美味しいカレーを、とにかく頬張る。
ほんと美味しい。食べてると、美味しさで頭の中が無になる感じ。まるで、大空寺で座禅をやっている時のような感覚みたい。それによく似てる。
がつがつがつがつ!
がががががが!
ばくりばくりばくりばくり!
ぱくりぱくりごくん!
もぐもぐもぐもぐ!
ぱくぱくぱく!
「わっはっは! 二人とも、すごいね! ミズキちゃん、鬼霧関に負けてないねぇー」
少し間が空いた隣の席で、鬼霧関が一気にカレーを消し去っていく。
あたしの目の前からも、どんどんカレーが消えていく。
でも岬副社長のカレーはちょっとずつしか減ってない。
「いやぁ、すごい。この量には自分、圧倒されてしまって。普通に食べるようにします。ははは」
そういうことか。岬副社長って、実はガッツリ食べない人なのかも。
体育会系でスポーツマンのイメージだけど、体育会系だからご飯も大量に食べるっていう比例グラフは存在しないもんね。
「わっはっは! 何だか、大食い番組の会場みたいになってるなぁー。良い勝負じゃないかー」
「す、すごすぎますね、ミズキさん。鬼霧関以上の食欲・・・・・・に見えます」
だって、美味しいんだもん。あと、なんだか今日は、無性にこのカレーのスパイスがあたしの身体にマッチしてる感じがする。これだけ食べても、まだまだ入りそう。
でも、スプーンを止めたら、一気にお腹いっぱいになっちゃいそうな気もするな。
「(もぐもぐもぐ)・・・・・・(ぱくぱく)・・・・・・かりっ! え! か、辛っ!」
ちょ、ちょっと、イノシシ店長。また、やったなぁ。あたしのカレーに、唐辛子が丸々一本入ってたよぉ。
舌がヒリヒリする。あぁ、すっごく辛い。って、やばっ、スプーンを止めちゃったよ。
あと三回口に運べば完食なのに、一瞬で満腹度が急上昇。胃袋の中に小さなスイカを放り込まれたかのような苦しさになってきた。
「あれ? わっははは。すまんすまん。急いでて、ミズキちゃんの方に入りっぱなしだったか」
「イノシシ店長ーっ・・・・・・。しかもこの唐辛子、いつものよりさらに辛いよね? きっついもん」
あたしが辛さで涙目になって水を飲んでいる間に、鬼霧関は完食していた。
岬副社長はあたしのカレーも一緒に支払うと言ってくれたけど、そこはきちんとお断りした。
その代わりなのか意味がわかんないけど、今度、岡山で「備前ばら寿司」ってのをごちそうしてくれるってさ。
あたしの慣れ親しんだマチナカは、今日も笑い声が絶えずに響いている。
水を飲みながらあたしは窓の外を眺めて、「この街から離れるのか」と、ちょっとだけセンチな気分になっていた。




