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迷い道と目的地 ~藤咲水紀の日常~  作者: 糸東 甚九郎(しとう じんくろう)
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第九話  ウクレレの音は水紀の心に染み込むか

   ポンポロロ~♪  ポンポロポロロ~♪

   なーんだーろなー  なーんだーろなー

   なんだかなんだか なーんだろなー♪


 最近、うちの近所の公園で、変なおじさんがウクレレを弾いて変な歌を朝から歌ってるのを目にするようになった。あたしの部屋にまでそれが聞こえてくるから、目覚まし時計が無くても勝手に目が覚めるようになったよ。

 カーテンを開けると、道路向こうの公園に例のおじさんが見える。

 ここ最近、あたしの日課は牛乳を飲みながら、部屋の窓越しにそのおじさんを眺めるのが定番になってきている。


「ウクレレ漫談師、か・・・・・・」


 イノシシ店長に話してみたら、なんと、例のおじさんは昔、ウクレレ漫談で有名だったらしい(・・・)昭和の芸人賤ヶ岳鐘楼(しずがたけしょうろう)という人なんだそうだ。昭和の頃じゃ、あたしはまだ生まれてすらいないや。

 ハゲかつらに黒縁丸メガネ。

 そして年寄りがよく着ているシャツに腹巻きとモンペ姿。どこからどう見ても、怪しい。

 それにプラスして、ウクレレだもん。

 見てよ。うちの向かいのマンションに住むママさんたちが、そそくさと子供を抱いて早足で駆け抜けてる。逆に、高齢者は続々と集まってるのが妙にシュールな光景だ。

 暇だし、あたしは外の空気を吸いに行くついでに、ちょこっと公園に近寄ってみることにした。


   ポンポロロ~♪  ポンポロポロロ~♪

   なーんだーろなー  なーんだーろなー

   なんだかなんだか なーんだろなー♪

   どうしてネコは、にゃうーなのかな

   なーんだろなー

   どうしてイヌは、わんわかわーん

   それじゃあ、タヌキは?

   なーんだろなー なーんだろなー


 ほ、本当に有名だったんだろうか。

 あたしには、この謎の芸の面白さは、わかんないや。なぜか集まった年寄りにはウケてるんだけど。

 でも、このウクレレの音色は、ずっと聴いていたい。好き。


「・・・・・・はい、どいてどいて! ダメだ。この公園で芸をやるなら、ちゃんと許可申請をして!」


 あ、区役所の職員だ。朝からそんなコテコテのお堅いこと言わなくても良いのに。

 ほれ、見てみな。散らされたお年寄りがぶうぶう文句言ってるから。賤ヶ岳さんも、困った顔しちゃってるよ。


「ダメなのかえ? みんな、楽しんでくれてたんだけんどもぉ? 賤ヶ岳の芸なんだけんどもー」

「ダメダメダメ! あの都議も近隣住民の苦情を何とかしろって言ってるんだ。禁止! 禁止!」


 そんな一方的に言わなくたっていいのに。あたしだったら、どう対応するだろう。あ、だめだめ。もうあたしは役人じゃないんだから。


「終わったか? ちゃんと本人に、きちんと警告はしたか」

「はい、都議! もうこれで、大丈夫なはずです!」


 ん。んん。・・・・・・あたしは、あの男を知っている。区役所職員じゃない方。黒スーツを着て、ご丁寧に髪を固めた、あの都議会議員の方。

 あたしが総務省の新人時代に課長だった、東郷(とうごう)(りょう)っていう男だよ。

 昨年度、総務省を辞めて都議に立候補して、今春から議員になったんだ。


「ん? なんだぁ? どこの誰がこの俺を見てるのかと思ったら、藤咲ではないか」


 うるさい、寄るな。それと、あたしは一般住民だ。呼び捨てになんかするな。


「・・・・・・賤ヶ岳さんがかわいそう。・・・・・・話も聞かずに、辞めさせるなんて」

「規則は規則。決まりは決まりだ。あの者のせいで、近隣住民は迷惑してるんだよ」

「迷惑じゃない人だっていますよ? 一方の話しか聞かないスタンス、相変わらずですね」

「な、何なんですか都議。いや、これはこれは。いま、この人も向こうへ・・・・・・」

「いや、構わん。言うだけ言わせてやれ。聞くのも議員の仕事だろうしな。都民の声は重要だ」


 相変わらず、偉そうだな。いや、役人時代よりさらに偉そうだ。


「東郷さんさぁ、あたし、賤ヶ岳さんのウクレレ、好きなんだ。邪魔しないでよ」

「ダメだ。この者は、ここを使用する許可が出ていない。無断使用は、ダメだ」


 頭固すぎだなぁ、まったく。嫌いな上司だった男に、こんなとこで遭遇しちゃうなんて。

 原本ゆかりといい、東郷両といい、会いたくもないのに遭っちゃうと、面倒極まりないや。


「お嬢ちゃんや、ありがとなぁ。ワシ、もう、ここへは来んよぉ。迷惑らしいかんなぁー・・・・・・」


 ごめん、賤ヶ岳さん。あたしはお嬢ちゃんなんて年齢じゃないんだよ。実年齢よりはよく若めに言われるんだけどさ。そんな悲しそうな顔しないで、また、ウクレレ聴かせてほしいんだけどな。

 それよりも、この区役所職員と東郷議員がどうしようもないな。区役所のやつは議員の腰巾着みたいだし、もっと自主性持って仕事すればいいものを。絶対に、やってて面白くないでしょうに。


「藤咲。俺に大層なこと言って総務省を辞めて、その後はどうしてるんだ?」


 うるさいな。関係無いじゃないか。あたしは、型枠にはまらない生き方をしてるんだよ。


「後悔してるんじゃないのか? 国家公務員の地位を捨てて、今、何をやってるんだ? ん?」

「・・・・・・東郷さんにはできない生き方をしてます。あたしは、役人生活が合わなかったんで」


 そうだよ。そういうことだよ。この毎日は、役人時代のあたしじゃ経験できない。役人のあたしにはできない生き方を、今のあたしはしてるんだ。

 そんな言い方が効いたのか、東郷議員は区役所職員と一緒に、苦虫噛み潰したような顔で帰っていったわ。


「今の時代にゃワシは用無しと思ったけんども、お嬢ちゃんに出会えて、よかったわさぁー」


 賤ヶ岳さんは公園のベンチに座り、曇った空を見上げてまたウクレレを弾き始めた。

 あたしは、その場でしゃがみ込み、目を瞑ってその音をずっと聴いていた。

 やさしい音色。心が洗われそう。



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