07話 突如の出会い
目が覚めると知らない天井だった。
「あー、グランに来たんだった。」
そう呟いた後、重たい身体を起こして身支度を整える。
疲れていたのか、少し寝過ぎたせいで頭が痛かった。
昨日は登録を済ませてギルドを出た後。
藁布団で素泊まりの宿が、一泊銅貨10枚だったので、そこに決めた。
レンド村からこの街までの道中は、ほとんどが野宿であったので、屋根の下で眠れるだけで充分だった。
身支度を整えると、今日から活動を始めようと決めていたため、早速ギルドへと向かう。
ギルドには、受付の横の大きな掲示板に依頼書が貼られていたが、既に昼近くだったので、目ぼしいものはほとんど無かった。
(割がいい依頼は、朝早くに無くなるんだろうな。)
寝過ぎたことを反省しつつ、Fランクでも受けられる内容を見ていると、1つの依頼書に目が留まる。
【Quest】
依頼名:ゴブリンの間引き
難易度:★
資格:誰でも
依頼者:ギルド
場所:不死の森
期間:通年
報酬:1匹につき銅貨5枚
達成証明方法:魔石の譲渡
ギルドポイント:1匹につき1PT
ちなみに魔物には、心臓の中に1つ魔石があり、その魔石の中には魔力が詰まっている。
この世界では、その魔石が様々な場面に使われているのである。
例えばランプ。
個体差もあるが、ゴブリンの魔石を中に入れ、火の魔法をかけることで、魔石1つにつき2日間程度、明かりを灯すことが出来る。
使わない時は火を消せば良い。
(ゴブリンは繁殖力が高いからな。)
俺は、その依頼書を掲示板から取ると、受付に持って行き受領印を貰う。
通年の依頼は、年の初めから終わりまでを1つの区切りとしているため、今年受けた依頼は今年中に完了報告を行うようにと注意を受けた。
騎士団の養成所での野外訓練でも、何度かゴブリンを討伐した事があるので、3体くらいまでなら、まとめて殺せる自信はあった。
(最初の依頼としてはちょうどいいだろう。)
街から歩くこと30分。
門の外から既に見えていた【不死の森】に辿り着くと、平原との境目付近は冒険者で溢れかえっている。
恐らく、俺と一緒でランクの低い冒険者達か。
俺も、あまり奥に行き過ぎないように気をつけながら、太陽の傾きで方角を合わせ、じりじりと森の中を進んで行く。
✳︎
1時間ほど歩いただろうか。
辺りを警戒しつつ慎重に足を進めていると、少し離れたところに、木々の間からゴブリンの姿を視界に捉えた。
どうやら、木ノ実を2匹で集めているらしい。
(今から、冬に備えた準備か。)
ゆっくり、静かに。
物音を立てないように近付いて行く。
心臓の鼓動がやけにうるさかった。
ゴブリンは木ノ実の採取に夢中で、こちらには気付いていない様子。
そのまま真後ろまで近づくと、腕にありったけの力を込めて、背後から1匹の首を勢いよく刎ねる。
「っら!!」
その音に気付いたもう1匹だったが、首から吹き出した鮮血が顔を覆い、こちらを捕捉出来ていなかった。
振り抜いた剣にもう一度力を込めて、剣で再びもう1匹の首を刎ねる。
はぁっ!はぁっ。
「油断してたな。」
僅かな戦闘であったが、緊張で息が切れていた。
肩で息をしながらそう呟いた後、辺りを見渡し、この音につられて他の魔物が近付いて来ていないかを警戒する。
(大丈夫か。)
さすがに、今はまだ森の入り口近く。
他の魔物の気配は無さそうだった。
剣をすぐさまナイフに持ち替え、2匹の胴体を切り開く。
溢れてくる腹わたに、慣れない俺は圧倒されたが、ゴリゴリという音と共に、ナイフで肋骨を切断する。
持っていたナイフは、ゴブリンの脂ですぐにベトベトになった。
苦労して心臓を手に取ると、そのままナイフで中の魔石を取り出す。
(今日中に10匹分くらいは欲しいな。)
水筒の水で喉を潤し、魔石を洗ったらポケットの中へ。
ちなみにゴブリンの肉は、売ろうと思えば売れるのだが、この森でゴブリンの肉を持ちつつ、依頼を続けるのは危険と考え、死体はそのまま放置することにした。
再び足を進め、引き続きゴブリンを探している時。
それは起こる。
森のずっと奥に、綺麗な虹色の玉がゆらゆらと通り過ぎていくのが目に入ったのだ。
ーーあれは。
目に入ったのほんの一瞬。
しかしそれは、レンド村で魂の継承が行われた時に見たものと同じ。
俺は無我夢中でその方向目掛けて駆け出した。
先程までの警戒や、森の奥は危険という忠告もすっかり頭から抜け落ちた。
徐々に周りの木々が高くなっていき、太陽の光すらも入らなくなってきたのか。
辺りは昼間にも関わらず真っ暗に。
(随分深くまで来ている。戻るか?
いや、、、)
湧き出る不安を抱えたまま、それでも虹色の玉目掛け、森の奥へ奥へと走っていると、やがてそれは真っ白な光の中へと消えていった。
(明かり?太陽か?)
その光の先まで走ると、現れたのは突如拓けた場所に一際大きな大木が1本立っているという光景。
周囲の木々は、まるでその大木を避けるかのように乱立していた。
その荘厳さ。
言葉にならないという表現が相応しく、息を整えるのも忘れてしまう程。
見惚れていると、眼前の端に捉えた虹色の玉が、すっと木の中へと消えていく。
(消えた!?)
刹那。
大木の前には、まるで侍のような出で立ちの男が現れる。
「お主、拙者が見えているのか?」
男の質問は核心をつくものであったが、同時に俺も確信を得た。
(やっぱり俺には、魂が見えるスキルが、、、)
少なくとも、前世の記憶が戻るよりも前に、あの虹色の玉を見た記憶は無かった。
考えていた可能性が確信へと変わったところで、その男に質問を投げつける。
「あんたは、侍なのか?」
質問をした理由は単純だった。
その男の出で立ちが、まさしく前の世界の侍のような格好であったからだ。
全身を真っ赤な甲冑で固め、腰には2本の刀。
一見すると、太刀と脇差かと思ったが、2本共が同じ長さであり、1本は真っ白であったため、片方が太刀でもう片方は何らかの意味を成す刀だと推測された。
俺の質問に、男は不思議そうな顔をして答える。
「さむらい?それは知らん。
拙者は東の大陸に住む鬼の一族の当主である。」
そういえば昔、本で読んだ事がある。
東の大陸に住む鬼の話を。
彼等は狩によって、生活をする一族であり、かつては東の大陸で最大の力を保持していたこと。
その秘密は、彼等が内に秘めている鬼の力に由来していると言われているということを。
「それよりもお主、なぜ拙者が見える?」
空気が変わる音がした。
返答を間違えれば躊躇なく殺されると感じ、俺は現状をありのままに話す。
騎士団に所属していた時に、生死を彷徨ったこと。
それにより、前世の記憶が戻ったこと。
それ以来、魂が見えるスキルが備わったのではないかと思ったこと。
その疑問を解き明かす為に、貴族の家を出て冒険者を目指し、魂が集まると言われるこの森へと来たこと。
その疑問は、今確信に変わったということを。
そこまでを矢継ぎ早に告げると、張りつめた空気が和らいだ気がした。
「興味深いな。もう少し話が聞きたい。」
男はそう告げ、大木の前に俺を呼び寄せた。