第4ミッション 見守ってくれている人に顔を向けて挨拶を 中編
お母さんが倒れて2日目の夜で病院から退院出来た事は嬉しかった。
検査を行って、結果は心労で疲れていると言う事だった。少し点滴をうって顔色が良くなり退院となった。
僕がもっとしっかりしていれば、お母さんに心配かける事にならず、こんな事にはならなかったと猛反省している。
しかし、お母さんの件は落ち着いたけど、懸念が一つ残った。
デスクトップのモニター左下に残ったアイコン。
゛ミッション゛の事だ。
僕はお母さんと会ってミッションをクリアーしたはずだった。自ら進んでのクリアーしたわけではなかったけれど、お母さんには会ったのだ。
これ以上、お母さんに何かするような事はミッションの内容にはなかったはずだけど。
まぁ、ミッションじゃなくても今後は少しずつ親孝行が出来ればとは思っている。そのためには、まずこの生活をやめないと。
それは今は置いておいてお母さんが退院するまではとパソコンを開いていない。洗濯などの家事など慣れない事をやっていたので、意外と時間が潰れてしまいパソコンを開ける暇がなかった事も原因ではあるけど。
゛ミッション゛のアイコンについて゛神様゛が何かのパソコン操作ミスか何か事情があって消せてないのかも知れない。
しかし、どんな事情があるにせよ今日で3日目だ。あの゛神様゛がこんな簡単なアイコンを消し忘れというミスをするものだろうか?
1台ぐらいパソコンが潰れても僕のパソコンをハッキングしていることから何台も持っていそうなイメージだけどな。
それともまだ僕が何かやり忘れていて他にしないといけないのかなと、アイコンをクリックしてミッションの内容を確認してみる。
゛見守ってくれている人に顔を向けて挨拶を゛
以前見た内容と同じだった。僕の眉間にシワがよる。考えても思い当たる事がないのだ。
ミッションの内容に書かれている僕の事を゛見守る゛人を考えてみる。
お父さんは、小さな頃にお母さんと離婚しているので除外だ。どこにいるのかもわからないし、今までのお母さんが一人で僕を育ててくれている様子からしてお父さんを頼って僕の事を相談しているとは思えない。
お母さん方の親戚は今までほとんど付き合いがない。お正月に田舎に帰るような事もなく、相手からも連絡がない。僕の事を相談していたとしても、お母さんを助ける為に動くような人たちとは考えにくい。
結局、疎遠になっている親戚が僕の事を見守っている人たちかと言えばそれは違うような気がする。
じゃあ他に誰かいたかを考える。
学校の友達。
大学に入ってあの件があって、大学の知り合いは僕に取って゛敵゛だ。例え神様が言う゛見守る゛と言う意味をあいつらは言葉を置き換えて゛また笑いのネタになって俺たちを楽しませてくれよ゛だろう。
だからあいつらは除外だ。
他に友達と呼べる人なんてオンラインゲームで遊んでいるギルドのメンバーだけだろう。
今までリアルについて話をしてた事がない。暗黙のルールというかオンラインゲーマーは普通そうだ。よほどの事がない限り、リアルの事情は話したりしない。
ギルド内での主な話題はPKのやり方や、敵の狩り方についてなどである。
リアルの僕を知らないので、”僕”を心配する必要はどこにもない。
全く思いつかず一旦、この件は保留にして一息つく。
この後、お母さんとご飯を一緒に食べる約束をしている。
さっきまで、オンラインゲームで最近加入したメンバーのアリッサ、ザンパと狩りに行っていた。今日は珍しくハゲマゲさんはログインしていなかった。
僕がこのゲームをやりはじめて、初めてかも知れない。
ま、たまにはそんな事もあるよねと、二人を連れて狩りに行くことになりその道中、2人とも元”エヴォルノヴァ”ギルドのメンバーだったので内情は良く分からないけど、そんなに中が悪いのかと思うぐらい狩り場に行く間、ずっと険悪な雰囲気で連携もくそもない。
急にパーティーチャットを使って、喧嘩を初めて売り言葉に買い言葉、最終には敵のいる所でPK対戦を始める。僕は必死に周りのモンスターを狩り、MPKになって二人が経験値が減らないようにするので精一杯だった。
けどチャットを見ていても喧嘩の理由がいまいちはっきりしない。元ギルドの事で険悪なのかと思っていたけど、どうもあるプレイヤーについて口論しているようなのだ。
そのプレイヤーは僕には全然浮かんでこず、原因がつかめないので話に入って止める事が出来なかった。
とりあえず、お昼と言う事で一旦ログアウトしPCをシャットダウンする。腰を伸ばし部屋の電気を切って扉のノブに手をかける。
この間のように手がドアを開けることを拒否するような事もなく、自室からすんなり出て一階のリビングにと降りる。
もうお母さんと会う事に嫌な気分とか、緊張するとかはない。
けどまだ僕が引きこもりを始めた理由は話していない。今は時期じゃない気がする。
いつか、気持ちが落ち着いたらあの胸糞が悪くなる話をできると思う。
リビングに降りると、キッチンから小刻みにまな板を叩く音が聞こえる。久しく聞いていなかった心地が良い音だ。
(トントンて音が子供の頃は当たり前だったのに、いつから当たり前じゃなくなったのかな?)
こんなちょっとした何気ない日常の事でも特別に感じる。
キッチンとリビングは食器棚を兼ねた壁で仕切られていて向こうは見えない。
(ん?しかし、この香りはなんだ?お母さん、香水変えたのかな?)
リビングに入ってテーブルの椅子に座りながら、ふとリビングに漂う香水の残り香が気になる。
芳香剤の可能性もあるが、昨日の夜、お母さんが帰ってきて部屋用の芳香剤を変える可能性は、微妙な気がするがまぁ僕と家で会うのは久しぶりだし、いつもと違う気分を変えたのだろう。
「しかし、いい香りだよね」
気がつくと独り言を無意識に口ずさんでいた。それに返事があるとは思ってなかったが、キッチンからうれしそうに弾む声が返ってくる。
「え?そう、ありがとう~!」
「!?(お母さんの声じゃない?!ぇ、え?どうなってるの?)」
若い女性?男性?中性的な声がキッチンから聞こえてくる。そんな事より今家には僕とお母さんしかいないはず!?
ど、泥棒?!しかし、泥棒だったとして、返事をして姿をすぐに表さないのはおかしい。
泥棒が自分の存在をばらした後は映画やドラマでは襲ってくるか逃げるのがお約束なはずだ。
現実にもそれが当てはまるかわからないけど、今相手は特に気にした様子もなくキッチンで鼻歌まじりの上機嫌で料理を続けている。
僕は戸惑いどうしようと焦って声を出せなかった。下手に行動して相手を刺激してしまうのではと、身動きが取れないでいる。
(どうしよう?!このまま、逃げたほうがいいのかな?けどお母さんが相手と鉢合わせになったら僕が助けないと!)
その時、追い討ちをかけるようにガチャっとリビングの扉が開く。
情けない話だけど、僕はビゥッ!と体を震わせ椅子から驚きのあまりこけ落ちた。
リビングに入ってきたのはピンク色の部屋着を着たお母さんだった。
「則道、どうしたの?」
「・・・」
何かを必死に伝えようとしたけど、腰を打ち付けて顔を歪めて傷みで声が出ず、脳の処理が驚きが続いたせいで整理が追い付かない。
「真澄さん。凄い音したけど大丈夫?」
「あ~なんか則道が驚いちゃったみたいで大丈夫よ」
「あ、そうなんだ。そそっかしいんだから」
さっきから、お母さんと知らない女性らしき声が会話をしている。なんなんだよ、この状況は?
ようやく頭が回転してきた所で僕は上擦った声で質問する。
「お母さん!いま、話してる人誰?!」
と聞いた瞬間、鍋を持って赤のエプロン姿で、茶色のポニーテール、長身の女性と思しき人物がリビングに入ってくる。
「ど、どちら様ですか?!」
転けている状態なので下から上を見上げるような情けない格好で、長身女性に上擦った必死感満載の声で質問する。本当に見覚えがない。
女性は僕の態度に゛あれ?聞いてない゛的に首を傾げる。その態度と話の流れから、この人が泥棒とかの類いではなく、お母さんの知り合いと分かる。
「ん~なんて言うか。あ、そうそうタッくん。お久しぶり」
手にしたお鍋を一旦テーブルに置くと、女性は僕を見て手を伸ばし、僕が立ち上がるのを手伝ってくれながら、軽くそう口にする。引っ張りあげられた時に、手の大きさや、腕から伝わる力強さを感じた。
(あれ?女性だよね?しかし、こんな美人な人からお久しぶりって言われる覚えがないよ)
こんな人知らないよと思うが、引きこもりが長いせいか、まあ昔からだけど対人スキルが低いせいでうまく自分の考えを伝える自信がなく、まず話を合わせる形でお久しぶりですと戸惑いながら返す僕。
今日は゛ミッション゛の事も、この目の前の女性にしても、昔の思い出を使った問題ばっかりだ。
まだ物忘れが激しい歳ではないけど、彼女の事について本当に覚えがない。
しかし不思議とどこか頭の隅っこのほうでチリチリとする何とも言えないまどろっこしさを感じる。
この女性を見るのは初めてなはずなんだが何処か違和感があって違うような気もする。まどろっこしいさが心にモヤモヤした気持ちを貯めていく。
(うーん。最近何処かで見かけた気もする・・・んだけどな)
ダメだ。思い出せない。と思っていると答えは彼女から出される。
「もう。忘れちゃったかな。カオルです」
「あぁカオルさんですか」
合点はいっていないが、名前を復唱してみる。それでもまだ記憶の糸が繋がらない。喉まで出かかっているんだけど記憶のワンピースが足りない。
そんな時お母さんがさらにヒントを追加してくれる。
「則道。カオルちゃんは昔゛くん゛だったのよ。覚えてない?」
何となくさっきの接触で女性ではないような気がしていたけど、と言う事はおねぇ系の方、それとも男の娘か。
またも僕はう~んと唸る。
問題はそこではなく、名前を名乗られても゛カオル゛とは誰かいまだに思い出せない。
アニメに出てくる何処かのガキ大将もカオルゥ~だった記憶はあるのだが。
ガキ大将・・・。
ものすごい何か脳に検索がヒットした気がするが、それを認めたくない自分がいて、ぴくぴくとこめかみがひきつき脳が拒否反応を起こしている。
そして、次第に拒否反応はスパークを起こしある記憶をちらつかせる。
今まで疑問を持っていたので曖昧に返事をしていたか、僕はある程度確定した記憶補正から、少し自信ありげに゛彼゛に質問する。
「かおる君だよね?」
僕がさっきまで使っていた゛カオル゛とはかなりニュアンスが違う。知らない人に尋ねる時のよそよそしさはそこにはなく、久しぶり感を出して尋ねている。
かおる君がにゃぁと笑みを浮かべてやっと思い出した?と爆弾発言を投下する。
以前の゛ミッション゛で小学生だった時の写真を見ていなかったらもう少し思い出すのに時間がかかったかも知れない。
小学生の時、地域の子供たちのリーダー的存在。
゛杉浦かおる゛
昔、僕が憧れていた人が今では、おねぇになっている衝撃は破壊力があった。
「なんでそうなちゃたの?!」
たぶん、聞くべき所は何で此処にいるのと言う事だと思うけど、そっちを聞くより僕にはこちらの案件のほうが重要だったので前のめりになりながら質問する。
「何でって初めから゛こう゛だったよ。あの頃はそこまでおおっぴらにはしてなかったけど」
初めから゛そうだった゛?そんなわけがない。僕の薄い記憶では喧嘩に強く゛彼゛のいつも大きな背中を見ていたはずだ。
しかし、記憶を辿っていくとまたチリチリとした断片的なイメージが沸いてくる。
確かに喧嘩に強かった。しかし、乱暴だったかと言えばそうじゃない。どちらかと言えば小学校では先生受けがよく、大人しい感じで格好いいと言う感じでは確かになかった気がする。
髪型もふわっとした柔らかい感じで、性格は天然系。周りから可愛いなと言われるタイプだ。
地域のリーダー的な存在で男なのに可愛いと言われるのは嫌ではないのかと聞いた事がある。
その時の答えは゛大丈夫。嫌じゃないよ、ちょっと嬉しい゛だったと思う。
あれ?答えが出ている?いや、そうじゃない。可愛い=女性的ではないはず。
可愛いにも゛子供的゛な無条件の可愛さもあるはずだ。かおる君はそんな感じだったと記憶している。
「タッくんは難しく考えすぎなんだよ」
「イヤイヤ、僕の美しい思い出が上書きされていく中、頑張って現実を否定しているんだよ!」
むちゃくちゃな事を言ってるのは分かっているけど、今の僕にとって゛思い出゛が全てだ。
引きこもりに現実的な数歩先の未来なんて関係ない。それすら遮断して楽しい事だけを体に脳に記憶していく。
現実を放棄するから引きこもりが出来るのだ。
過去の栄光にすがりながら、自分は今はちょっと休んでいるだけでやればすぐに出来るようになる。と思っている。
しかし、そうして閉じ籠った事で不幸な事を起こしてしまった。まだ自分に起こった不幸なら良かったのだけど、親とはいえ他人を巻き込むのは、間違っている。
だから、現実を受け止めよう。
「かおる君は、女装の人なの?それともハーフの人?」
たぶん、KY(空気読めてない)な事を聞いているとは思っている。けど、聞いちゃいけない事とは思っていない。
確認せずにこちらの価値観だけで判断して間違っている頓珍漢な事を聞くのは最もバカらしい。
「私は女性になりたいほうだからタッくんが言うハーフかな」
「そうなんだ」
聞いたけど、だからと言って何か僕の中でかおる君に対して変わったかと言えばそうでもない。
認識が男性からハーフに変わっただけだ。
嫌な言い方だけど、実際、そういう人を見て気持ち悪いとか、こちらの一方的な感情が沸いてくると思っていたけど意外と現実を見ようと思えばすんなり受け入れられている。
だって、僕がとやかく言う問題ではない。心と体に差違を感じで本人がそうなりたいと思うなら他人がどう思おうが関係ない。
「タッくんは嫌?」
「僕が恋人として受け入れるとなると抵抗あるけど、かおる君自身がそうであることに対しては嫌じゃない。むしろ、その辺にいる女の子より可愛くて良いんじゃない?」
「ありがとう」
はにかむかおる君は、本当に可愛らしく女性だった。
話が落ち着いた所で、本来の一番疑問が口をつく。
「けど何でかおる君が此処にいるの?」
「タッくんは知らなかったかも知れないけど、真澄さんに子供の頃に私がこうであることが、知られてそれからずっと相談していたんだよ。で、昨日病院から今日真澄さんに来ない?って聞かれてじゃお邪魔しますって事で来ちゃった」
「そ、そうなんだ」
今のこの気持ちをどう表現して良いのだろう。ぐるぐると僕の中で嫌な感情が沸いてくる。かおる君の話を聞く時についでにお母さんは僕の事をかおる君に何て伝えているのだろうと思うと急に怖くなってきた。
身勝手な話だけど、今の僕の事を昔の知り合いに知られたくない。こんな異常な事を続けている僕の事を見て軽蔑して欲しくない。
さっきのかおる君のカミングアウトじゃないけど、普通の人からみて゛普通じゃない自分゛は見られたくない。
隣にいるお母さんの顔が気になりチラミをする。
その時の頭を抱えられ、かおる君が僕を抱きしめた。ふわっといい香りがする。
「タッくん。それはダメだよ。人間には誰しも弱い部分があるの。そんな時、他人の力を借りる事は悪ではないよ」
かおる君が語った内容で、お母さんが相談していることが分かる。気が狂いそうだ。なんで、汚い息子の話を他人にするんだって吠えそうになる。
しかし、かおる君が僕の頭を優しく包んでくれているので、少し冷静でいられる。
お母さんに、僕の事を他人に悪くいってほしくなかったんだ。そうやってできた”僕”のイメージをかおる君に植え付けて、かおる君から嫌悪感を持たれるのは嫌なんだ。
勝手な話だ。さっき僕はかおる君の嫌だと思う事を簡単にさらっと聞いておいて、自分が汚れると感じることは聞いてほしくないとか、自分の汚さに腹が立つ。
そんな僕を優しく包んでくれているかおる君だから聞いてみたいことがある。
少し恐怖で僕の体が震えている。怖いけど、僕は少しずつだけど前に進むって決めたから、かおる君に思いきって聞いてみた。
「ぼ、僕の事軽蔑しますか?」
「私は、軽蔑しない。タッくんが部屋にいるようになった理由を全部知ってるから」
「ぜ、全部知ってるって?!」
目を丸くする僕を見てかおる君が頷く。
「あの事件の真相を私は許せない。だからタッくんに選択を聞きに来たの」
「せ、選択?」
「戦うか?このまま、逃げ続けるか?」