第3ミッション 部屋を大掃除してみよう 後編
ヘッドフォンから聞こえるギルドマスターハゲマゲさんのヘルプコール。
ゲームを起動して、ギルドルームにダークエルフ”ロディ”が表示されたとほぼ同時だった。
ハゲマゲさんの焦っている声なんて、これが始めてではないかと思う。いつも、何か大きな感情を表に出すイメージがない。僕はそこに緊急性を感じ、課金アイテムで特定のプレイヤーの元に瞬間移動できるアイテムを使用する。
ロディの周りを魔方陣らしきエフェクトが青白い光を放ちながらくるくる回り始める。使用タイム5秒間、はぁはぁまだこないぃ~?とハゲマゲさんのセクハラボイスが耳のすぐそこで聞こえる。
やめてくれと心で思いながら、5秒後転移の為、マップロード画面になり、ロディが再表示されると、うっ!とロディが短いダメージボイスを吐きながら、画面にはチカチカと赤くダメージを受けているというエフェクトが。
「戦闘中?!」
ハゲマゲさんの焦った声で状況確認をしてなかった僕が悪いのかもしれないけど、まさか戦闘中だったなんて。まぁそういいながらでも、ハゲマゲさんの焦った声からしてある程度は想定はしていたので、ダメージ判定に驚きつつもロディを操作して、状況を確認しつつ、とりあえず敵と判断した1人の相手キャラクターに攻撃を仕掛ける。
ライトニングスラッシュ!有名声優さんの気合の入ったボイス直後、腰をかがめロディより大きな大剣を刀の抜刀術のように抜き放ち敵と認識したキャラクターの後ろにロディが出現する。
ライトニングスラッシュが綺麗に決まったエフェクトが敵キャラに起こり、大げさに後方に吹き飛ぶ。吹き飛んだ場所はロディが後ろで待っている場所であり、僕は吹き飛んでくる事を見越して次のスキルをタイミングよく入力していたおかげで、スキル使用後の硬直もなく大剣を抱え大きく飛び上がったロディはそのまま、吹き飛んでくる敵キャラごと大剣を地面に叩き着ける。
相手のHPが残っていなかったのか、そのまま敵キャラは光の粒子になって消えてその場からいなくなった。
「まずは1人」
たった2撃で敵キャラを葬ったロディから、周りの敵キャラ達は距離を取ったのか古いパソコンのせいで動きが重かったロディの動きが急に軽やかになる。
少し間が出来た事でとりあえず普通チャットでその場にいる全員に挨拶をしてみる。
:みなさんおはようございます。ロディです:
定型文に設定しているチャット機能を使ったせいで特に感情のない挨拶になってしまった。
しかし、このチャットに反応した、たぶん敵だと思われる見知らぬキャラから返事を受ける。
:ロディだと!?本当に生きていたのか?!:
:まぁ普通にゲームしてましたけど?:
:ロディイイイイイイイ!!:
なんだ急によくわからん展開になってしまい、首をかしげる僕。
街以外のフィールドでは相手の名前は基本的に表示されないゲーム仕様なので、目の前の男性ダークヒューマンキャラが誰かわからない。知っていたとしても装備は、レベル装備仕様ゲームのおかげで5も上げれば装備のビジュアルが変わる。
僕の名前を知っていると言う事は、知られるだけのことを僕にされたという事だ。
多分その知られる要因となっているのはPKされた時にチャットログに表示される殺された相手キャラ、つまりロディの名前が表示されていたのだろう。
:俺に殺されたプレイヤーか:
:キサマに殺される事25回、これほどの屈辱を味わった事は今までにない!:
:あぁ~そんなに殺されたんだ?それは悪いことをしたね:
:謝罪などするなーーー!!俺が惨めになる。毎度毎度レベルが上がって装備が変わる毎にPKしやがって貴様は俺の手で殺してやる!:
僕と男性ダークヒューマンの会話でログが流れていく。
とりあえず、その間攻撃を受けるそぶりはない。アニメや、漫画じゃないんだからいつでも攻撃してきてもいいんだけどな。と思いつつ、僕自身は少し昔の自分を知っている人物がいてうれしかったりする。
普段の僕なら、あの頃の自分を思い出すと、かなり恥ずかしさで地面を転がって気分を落ち着かせようとするはずなのだが、なぜか今はすごくうれしい。
ヘッドフォンからハゲマゲさんの声が聞こえる。
『ロディ、どういう事?なにかよくわからない展開になってきてるんだけど?』
急な展開すぎて、本来の話を忘れる所だった。
ハゲマゲさんに呼ばれて、この場に着た事を。
とりあえず、状況確認をする為に、特定キャラと話しができる内緒チャットをハゲマゲさんに送る。
:確かにこの展開は俺にもよくわからないんですけど、ハゲマゲさん俺が来る前はどういう状況だったんですか?:
『数日前に、今、攻撃を受けている彼らのギルド”エヴォルノヴァ”から脱退したいって私の今となりにいている女性キャラから連絡があったの。ギルドを脱退する場合に申請から30日間は、ゲームの仕様上、ギルドを脱退できないからそれまでの間、ゲームができないのはかわいそうじゃない。そこで、私が彼女についてレベルあげなどを手伝っていたんだけど、それが、彼らにばれちゃって、今逆恨みPKを受けているわけ』
:なるほど:
もともとギルド”エヴォルノヴァ”はPK集団として、このゲームでは広く知られており、ゲーム内マネー、リアルマネー問わず、金銭を受け取ると、ターゲットにしたプレイヤーキャラクターをひたすらPKし続ける集団だった。
普段キャラクターの名前は表示されない仕様になっているが、課金アイテムを使えば、名前がキャラクターの頭の上に表示される。
ではどうやって、ターゲットにしたキャラがどこにいるかがわかるかというと、それはたいてい、PKを依頼したプレイヤーの内部告発で、ターゲットがモンスターの狩場にいる場合、飛んでいきPK行為を行うのである。
運営にPK迷惑行為に対する抗議文が出てはいるが、あくまでもゲーム内仕様の為、取り合うつもりはないらしい。
僕も昔PK行為を繰り返した時、同じような抗議文を受けたものだ。内緒チャットで、暴言を吐かれたりした。
それは、モラルマナー違反という事で、暴言を吐いた奴のチャットをスクリーンショットで撮影して運営に報告したことが何度かある。
当時の僕はあくまでも”PK”はいやな言い方だが、ゲームプレイングの一環でしかないと思っていた。
俺最強とか言いながら、よわっちぃプレイヤーキャラクターをぼこぼこにして、楽しんでいたのだ。
モンスター狩りを楽しんでいるPTをわざわざ見つけて、喧嘩を売ってPKをする。仲間たちがどんどんやられていくのを見ているしかないプレイヤー達が滑稽に見えた。
自分で言うのもなんだけど、吐き気と頭が痛くなる腐った奴だ。
ゲーム内で全体のプレイヤーレベルの上昇と共に出来なくなっていくと僕のPK行為も減っていった。
今ではPK行為はやっていない。
当時PK行為をしていたおかげで、ロディは対人専用キャラになってしまっていて、モンスターにダメージを与えるスキルは初期にチュートリアルで絶対に取得しないといけないモンスター専用攻撃スキルだけだ。
後は、能力アップスキル、通称バフ関係も全部対人用。ダメージを与えるスキルも対人用だ。
そのスキルレベルもマスタークラス。
2撃で死んだ相手キャラはどんな戦闘スキルを持っていたかは知らないが、ロディにやられた所を見ると対した事はないのだろう。
:くそー対人防御が一番高いカムラを2撃で瞬殺できるなんて、昔よりロディは強くなっている:
あら、思っていたのとは違うようだ。
:おかしら、ここは下がりましょう。狂乱黒騎士ロディと戦うなんて無謀です:
あぁーーー懐かしい。そんな名前で呼ばれていたな。と懐かしさがこみ上げてくる。当時頭から靴まで黒い騎士風の装備をしていた事で、黒騎士ロディと呼ばれていた。
”狂乱”はPKをしすぎたことで後付けで付いて着たのだが。
:馬鹿やろう!ここでロディの首を取って”エヴォルノヴァ”の箔をあげるんだよ!:
この状況を動画で録画しておきたい。面白すぎで腹を抱えて笑いがこみ上げてくる。だってあんまりにも、ストーリー展開過ぎて、面白い。
人生の中で、ここまで台本があるような展開は記憶にない。
あ、一度だけあったっけ。あれは思い出したくない。本当に頭痛がひどくなる。
それにしてもだ。
ロディを倒して箔をつけるって。どこのヤンキー(死語)ですか。
まぁそっちがやる気ならこっちは準備はいつでもいいけど。
:あのさ。君たちを俺がPKしたら、今回追ってきている女の子キャラの事あきらめてくれないかな?:
:アリッサか。ふん!俺達全員を相手にするつもりなのか?1対1で十分だロディ!この俺、ザンパに勝ったらアリッサもあきらめて、俺がそっちにギルドに入ってやるよ!:
:別にお前はいらないんだけどな:
:ふざけんな!!俺に勝ってからその口叩きやがれ:
ザンパの容姿はロディに似ているダークヒューマン、設定では悪魔に魅入られ、悪魔と契約を交わして身体能力を飛躍的にアップさせた人間。ロディとの違いは耳がとんがっているかぐらいでしかない。
対峙するロディとザンパ。見た目はほぼ一緒。
しかし5秒後には、ロディの足元に倒れるザンパ。
何の展開もなかった。あれだけ会話が盛り上がったのに対して、オチがあまりにお粗末過ぎる。
ロディのスキル発動から3撃で沈んだザンパ。僕としてはもう少し楽しませてほしかったという言葉しか出てこない。
周りからも、もう少しロディ手加減しろよという雰囲気が漂っている。
なんともいえない空気の中、蘇生アイテムを使ったのか生き返るザンパ。
モニター越しだけど、悔しさが伝わってくる。
:・・・今日限りで”エヴォルノヴァ”は解散だ!!:
:おかしら!?:
:俺はPK集団”エヴォルノヴァ”を脱退する。ギルドマスターが脱退した場合ギルドが自動的に消滅する。後はお前らの好きにしろ。ギルドの金は副マスに渡しておく:
なんか、その場にいずらくなった僕と、ハゲマゲさん、女性キャラは、その場から引き上げ、今は別の町に来ていた。
女性キャラの紹介をハゲマゲさんから受け、彼女からお礼のログが飛んでくる。
:ロディさんって呼んでいいんですかね?とりあえず有難うございました。この町に来る際にギルドは解散された見たいで、私もギルドから解放されました:
:あぁ、そうなんだ。よかったね:
:ちょっと複雑ですけど、本当は話合いで解決しるほうがよかったんですけど:
:力ずくって場合も時には必要なんだと思うよ:
やっぱり、知らない人とはチャットでも話しずらさを感じながら、当たり障りのない部分を使って会話をする。
ハゲマゲさんも、ボイスチャットではなく珍しく、キーボード入力のチャットで会話に入ってくる。
:アリッサ、これからどうするの?:
:自分からギルドを脱退した場合は30日間のギルド入団ができない仕様ですが、解散されて、ギルドが消滅したので、その縛りはないので、できればハゲマゲさんのギルドでお世話になりたいんですけど。ダメですか?:
:うちはウェルカムだけど、いいの?:
:ハゲマゲさんの事は信用してますから。それにロディさんもいますし:
:俺?:
なんかすごい感謝されている雰囲気がする。
ちょっとうれしくなって、はしゃぎたくなるが、心に急ブレーキがかかる。
つい、うれしい言葉から興奮して前のめりになる自分を戒める言葉が頭をよぎる。
”はしゃぎすぎるから・・・”
過去の思い出から、心の鎖がしっかりと繋がれている。
ほっとする反面、こんなに利口的でいいのかと思ってしまう。冒険は時には必要だし、よくテレビで失敗は若いうちにするものだというフレーズを見る事がある。
まだ成人を迎えていない自分が殻に閉じこもってても面白くないだろうと思うのだが、なかなかその殻の強度を壊せるだけの、熱量を僕は持ち合わせていない。
:とりあえず、これから:
よろしくと言うはずだったんだが、僕のチャットに割り込むように別のログが流れる。
:見つけたぜ!ロディ:
僕とハゲマゲさん、アリッサさんの3キャラの横から現れたザンパ。
街中ではキャラ名が表示され誰かすぐにわかった。
それからひと悶着はあったが、しばらくうちのギルドに入ってこなかった新戦力のキャラが2人もギルドに加入し、騒がしくなった事が、すごく大変でうれしく感じた。
多分これが神様からの贈り物だったのかなと思う今日この頃だった。