第3ミッション 部屋を大掃除してみよう 前編
必死でマウスの右をクリックしながら、ファンクションキー”F1”を連打しつつ、”F2”も連打。
画面では自分のキャラとして使用している細身で長身、耳が細く肌は浅黒でイケメンのゲーム内でも女子に人気が高いと思われる、ダークエルフが大剣を振り回しながら炎の魔法を大剣にかけつつ、目の前にいる蟹のようなでかいモンスターに、ファイヤーボールを5発待機させ、いつでも放てるよう空中に静止させている。
自分の攻撃が全部当たっても蟹モンスターのHPは、2割減るかぐらいだろう。逆に反撃をこちらが食らえばMAXのHPから8割も削られてしまうだろう。なんて理不尽な戦いなんだ。
しかし、それは当たり前。この蟹モンスターがいる狩場は、自分の適性レベルからすれば15も離れている。
レベル差15も離れてしまうと、装備がしょぼいと即死もありえる。2割残るだけでも、今いるプレイヤー達の中では上の下ぐらいの位置づけだろう。
ソロなら普段こんな無茶はしないが、今はPTプレイ中。それだけの敵をソロで戦うとなると、課金アイテムでHPを一瞬で回復してくれる回復アイテムを使わないと、回復が間に合わず2回目の攻撃で死んでしまう。
課金プレイヤーなら強引に一瞬回復アイテムで、回復しつつ強引な戦い方ができそうだが、そんな事しそうなプレイヤーはソロプレイに固執しており、かつトッププレイヤーとして”俺TUEEEE”プレイがやりたいのだろう。
実際、そんな戦い方をするとリアルマネーも持たないだろう。一瞬回復アイテムはなんと150円である。1個150円だ。1個買うとリアルで、安売りスーパーで1.5Lのジュースを購入できる。自分も一瞬回復アイテムはもっているが、課金ガチャのはずれアイテムとして扱われており、使い切りのアイテムに100円も出したのかと、正直泣きそうだ。
まぁ、そんな無茶な戦い方をしなくても、PTプレイをすると、回復役のプリーストにHPを回復してもらえるので、前線で戦う事ができる。しかし、このゲームはプレイヤースキルで、敵の攻撃をかわしながらこちらの攻撃を当てる事ができるアクション要素が強いMMORPGである。
仲間のプリーストに回復してもらわなくても、ようは当たらなければどうと言う事はない!といいつつ、大きな右のはさみを横殴りに体が吹き飛ぶ。
細身のダークエルフは、地面をごろごろと転がり、何事もなく起き上がるが、HPはレッドゾーンの1割まで削れている。
モロに攻撃を当てられてしまってクリティカル判定が出たらしい。
「死ぬ・・・」
口に出した瞬間、ダークエルフの体全体が緑の光で包まれ、HPが一気に回復する。
『もう油断するからぁ~』
リアルな自分の耳を覆う形のヘッドフォンから、かわいらしい声が聞こえる。少しかすれて声変わりしている途中のまるで少年のような声だが、聞きようによっては少女のような声にも聞こえる。
そして、今ゲーム内でヒール(回復魔法)をかけてくれたのはそんな声とはかけ離れたヒューマンタイプのゴリマッチョ筋肉ムキムキ、ハゲ男。ハゲてる部分には何かのタトゥが彫られている。
なぜか上半身はサスペンダーのみ、下半身はボロボロのハーフパンツという衣装で、胸にある2つの突起物を黒のサスペンダーで隠している。どっからどうみてもへんた・・・。ゲフンゲフン。
キャラクターネーム:ハゲマゲドン。
自分が所属するギルドのマスターだ。いつもハゲマゲさんと呼んでいて、僕がログインすると必ず、ギルドホームに座っている。
キャラが座っているだけなので、中身は離席しているのかと思いきや、チャットで挨拶すると、ヘッドフォンからちゃんと生の声で挨拶が返って来る。
『まってたーよ~』
どこか外人が片言の日本語で話をするような発言をするのだが、一切それには触れない。今日は僕と二人でさっきから戦っている蟹モンスターがいる狩場に来ている。
僕は必死でキーボードと、マウスを操りチャットできないのだが、先ほどからヘッドフォンから、『はぁはぁ、いいわ~それぇ。あ~んさいこう。もっとなめまわすように、そこじゃないぃ。もっとやさしくぅ~』という頭が痛くなるような吐息が聞こえてくる。変なボイスチャットでやめてくださいと返したいが、僕がチャットをするにはENTERキーを押して、キーボードをチャットモードに切り替える必要がある。そんな事をすれば確実にコントロールミスで死んでしまう。
普段はタンカーと呼ばれる盾役のプレイヤーを連れてくるのだが、誰もいないせいで、いつもは2列目から大剣でがんがん攻撃を仕掛ける攻撃力重視種族ダークエルフの僕がそのタンカー役になっている。
ハゲマゲさんでは魔法職なので防御力が、紙切れ並で即死してしまうらしい(本人談)のだが、実は前衛職である僕以上の防御力を持っているという噂を聞いた事がある。
僕以外のプレイヤーと、二人で狩りに行く場合なんか、盾役を自分からやってくれて、いつも楽な狩りをしていると、ギルドメンバーから聞いた事がある。
一度それとなく、聞いてみた事があるのだが返事は『女には秘密が一つや二つでは語られない事があるの』と返され意味がわからなかった。
”女”という部分なのだがどうも、ハゲマゲさん曰く、リアルではおねぇ~をやっているらしい。今、おねぇ~の種類は豊富で、説明されたけどよくわからないのだが、ハゲマゲさんは女の子らしい。つまりニューハーフという位置づけで、リアルでも女の子の格好で大学に通っているらしい。そして、それはばれていないという事だった。
まぁ本人が言う事なのでどこまで信用していいのかわからないが、じゃあ、ゲームで、男キャラを選択せずに女性キャラでやればよかったのではという話になった時に、『人を騙すのは好きじゃないの。本当の自分を知ってくれて、それで着いてきてくれればいい』らしい。
女性として生きたいのだったらそれは、騙す事になるのかという論争は置いておいて、素直に言葉を受け取って、ネカマ(女の子のフリをして行動する事)よりはいいのかもしれない。
女性キャラを使用してプレイとして楽しむ分には、いいと思うけどネカマを装って男性に対して何かを要求したりする輩がたまに出没するので、迷惑だ。
下心を抑えて、女性キャラと接するのは、なかなか精神力を使う。ダメと判っているのに、つい期待に答えたくなってしまう悲しき動物なんですよ男って。
そんなことを考えつつ、必死でキーボードを操作しつつ、マウスクリック。
どうにか30分かけて蟹1匹を倒した。もらえる経験値は正直おいしくない。1匹としての割合からすれば、適正レベルのモンスターと戦うよりは大きいのだが、戦っている時間、使った回復アイテムの数、すり減らす集中力、効率という部分で見て、おいしくないのだ。
大体5~8レベル内の敵と戦うほうが2人でやる場合、効率がいいとされている。
キーボードを叩く。
:今日はなんで蟹なんですか?:
『蟹が食べたい気分なの』
:ザリガニのほうがうまいじゃないですか?:
『だって~あれだとすぐ終わっちゃって、エロボイスできないでしょ?』
:そう!それ。まじでいりませんから!!:
『もぅ~私の声聞いちゃうと興奮しちゃうから?変態さん。あ、それより2匹目』
:あとで&%&&’(:
入力ミスで変なログが流れてしまったが、必死でチャットモードから戦闘モードに切り替えていたので仕方ない。
それから2時間、休みなく狩り続け、その間もハゲマゲさんのノリノリのエロボイスを放送できないような角度から攻めてこられ、心身共に疲れてギルドホームに戻ってきた。
『あ~すっきりした。お疲れ様~』
何かをやり終えたハゲマゲさんと、もうチャットすらするのがしんどい僕。しかし画面には、笑顔で立っているイケメンダークエルフとマッチョメン。
実に絵柄がシュールである。
『ロディもボイスチャットにすればいいのに』
:それは何回も断ったはずですよ。今、二人だけだからいいますけど、僕、人とうまく話しできないんです:
『チャットから受ける感じはそんな事ないんだけどな~』
:文字打つだけですから、そこまで気を使いませんよ。それに頭の中で一旦考えてから文字を打つことに対して、言葉って直感的に出るものなので、僕はそういう意味で言った言葉じゃなくても傷つけてしまう事もありますし:
『やさしいんだね』
:そんなんじゃないですよ:
ロディというのは僕のキャラクターネームだ。特に何かを参考にしたわけではない。ただキャラクターを作っている時に、このダークエルフにあう名前って何かなと思った時に閃いただけだ。
3年も使い続けていれば、愛着も湧いてくる。
そう3年。
このゲームが始まってからβテストを1年、正式開始から2年あわせて3年やっている。ずっとこのゲームだけをやっているので僕は、古参と言われるプレイヤーと言っていいが、課金を頻繁にしない。たまにイベントですごい武器などが当たる!と謳われた課金ガチャの時に、貯めておいたお金を使うぐらいだ。
初めは完全に調子に乗って、正式開始時、一気にレベルを上げて、弱いプレイヤー達をPKしたりして、優越感を得ていたのだが、だんだんとみんなが追い着いてくると、逆に狩られる立場になっていき、自分がどれだけ馬鹿な事をしていたのかに気がついた。
やったらやり返される。
それをわかっていなかった僕は、自分を狩って来るPKプレイヤーに悪態をつきながら、必死で逃げたり、立ち向かったりした。
調子に乗る怖さを、このゲームで学んだはずなのに、リアルではそれは起こらないだろうと、リアルで調子に乗った結果が・・・・。
忘れようと、心の奥底に締まっておいたパンドラの箱を開けそうになり、意識を元に戻す。
『だいじょうぶ?どうかした?』
心配してくれるハゲマゲさんの声が聞こえる。すごく心配してくれているようでいつものおちゃらけた感じではなく、優しく声をかけてくれている。
本当にこの人は、こういうことするから、ついうれしくなってしまう。ゲームだけのやり取りなのに心で触れ合っている感じがするんだ。
そしてそれを裏切ってしまうようで強烈な恐怖感が僕を襲う。
離れたくない。けど僕の現状をこの人が知れば、幻滅されてしまうのではという恐怖感。
何も心配事はないという姿を見せるために、いつも僕はロディとしてのロールプレイングを開始する。
:もちろん大丈夫ですよ。何を言っているんですか?しかし、今日の蟹何回死ぬと思った事か。ヒール結構ギリギリでしたよ:
無理やりゲームの話に持っていく。心配してくれたハゲマゲさんの優しい気持ちを、こんな逃げるような情けない返し方でしか返せず申し訳ないけど、人との関わりを絶ってしまった僕が取れる会話の幅なんてこれぐらいしかないんです。ごめんなさい。
『判ってるから。ロディががんばってるって・・・。狩りでは無理させちゃったかなごめんね。テヘ』
ハゲマゲさんに、わかっているといわれて、多分、俺の何がわかっているんだ!って叫ぶ奴もいるかもしれないけど、僕はそうはいえない。
好きな人に心配かけたくないんです。といえればどれだけいいのだろう。目から溢れてくる水が、うっとうしい。
:今日はもう落ちます。今度はエロボイス入りませんから!:
『わたしぃのボイス聞きたくて着てくれるギルメンいっぱいいるんだから』
:知ってますよ。僕もその一人かもしれません。じゃあお疲れ様でした:
『え?ちょ・・』
画面が黒色に変わり、天井を見上げる。ずっと画面を見ていたせいで、疲れてちかちかと光が見える。肩をほぐし、パソコンの横においてある時計を目にする。
「朝の9時?」
外ではみんみんとセミが鳴き、今日も熱そうな日差しが朝から降り注いでいる。パソコンをシャットダウンして、寝ようと思っているが、なかなか黒画面から切り替わろうとしない。
「あれ?このパターンって」
黒画面に白文字が表示される。
”神様からのミッション3”
例のあれだ。
だが正直、眠い。今回はパスしたいが、PCが爆発してしまうと表示されてしまっては黙って見過ごす事もできず、ミッション内容に目を向ける。
”部屋を大掃除し、布団をベランダに干せ”
ドクンと心臓が跳ね上がる。ベランダに布団を干す?今の僕にとってベランダとは言え外に出るとなると一番ハードルが高い。
そりゃ最近ダニなのかわからないが、布団に入ると急に体が痒くなる。それだけじゃない。周りを見渡して、本はこの間片付けたところだからいいけど、脱ぎっぱなしの服に靴下。エアコンから臭い空気まで流れてくる。
制限時間は5時間。
”レディゴー!!”




